闇
「マサムネくーん! おかーさーん!」
紫織は暗闇の中を歩き続けていた。
何時からこうしているのか自分でも判らない。少し前からのような気もするし、もう何年も歩き続けているようにも思える。ここに来る前、何をしていたのだろう?
大好きな人たちと楽しい時間を過ごしていたような気もするが、どうしてこんな事になってしまったのか思い出せない。
「だれかーッ、だれかいないのーッ?」
叫びに応える声はない。寂しくて、心細くて、怖くて、涙が溢れる。
「おねぇーちゃーんッ、ジィジーッ、おじちゃーん!」
声は闇に飲み込まれる。
「ボンちゃーんッ、アキにいちゃーん! ……おとうさーん!」
ここはどこ? どうしてまっくらなの? どうしてダレもいないの?
世界は滅んで自分だけ取り残されてしまった、そんな荒涼とした思いが心を支配する。
「マサムネくーん!」
呼べばいつでも直ぐに駆けつけてくれる犬の名前を再び叫ぶが、周りは寂として空気の揺らぎすら感じられない。
「みんな……みんな……どこ……?」
歩き疲れて、とうとうその場にうずくまる。
紫織は赤ん坊のように泣き出したが、それも長くは続かなかった。それほど疲労困憊していた。
ダレでもいいから、へんじしてよ……。
紫織……
誰かに呼ばれたような気がして、少しだけ顔を上げる。
周りは相変わらずの闇で、眼を閉じているか開いているのかもよく判らない。再び顔を伏せようとすると、
紫織。
先ほどよりハッキリと声が聞こえた。しかし、顔を上げると、やはり誰もいない。
紫織、こっちだよ。
また声が聞こえた。改めて首を巡らすと、遠くに光が見えた。
こっちへおいで。
「ムリだよ、もうつかれた……」
独りぼっちは嫌だろう? だったら頑張るんだ。ここまで来れば僕がいる。
紫織はヨロヨロと立ち上がり、今度は光に向かって歩き始めた。
中々近づけなかったが、それでも少しずつ光は大きくなっていく。
やがて光の中に人影が見えた。
「あんたは……」
中の人物の顔がハッキリ見えるまで近付いた。
「よくここまでたどり着いたね、紫織」
少年は手を差し伸べた。
「僕が誰かわかるかい?」
「ヒムロ タツヤ」
「うん。もう、君は独りじゃない。君には僕が、僕には君がいる」
再び紫織の頬を涙が伝う。だが、これは安堵の涙だ。紫織は差し出された達也の手をギュッと握りしめた。
* * *
そこは窓一つない暗い部屋で、ある物はベッドが一台だけだ。
紫織はそこで横になっていたが、今は立ち上がり、スポットライトの光の中にいる御子神の手を握りしめていた。
「そうだよ、紫織、君には僕がいる。だから、僕の言う事に必ず従うんだ。そうすれば、僕は君の側から離れない」
「うん……」
虚ろな表情で頷く彼女を見て、御子神は口元に笑みを浮かべた。