能力者同士の激闘
◇◇◇
2車線のラブホテル前の道路にて――。
修二は拠点であるラブホの前に陣取っている火の能力者、豊田龍治の前にやって来た。
手には布で包まれた長ぼそい、野球のバッドのような形のものを持っている。それは龍治に対抗するための『武器』だ。
対して龍治の周りには身に纏うオーラの様に火が浮遊している。
互いに5メートルほど離れたところで足を止めた。
「火の能力者か……」
(あの燃え盛る火……今感じられる熱気……あはは、マジで俺を殺す気だな)
龍治は恵まれた体格の筋骨隆々の男でどこかの修羅場をくぐってきた『裏の者』のような雰囲気がある。
あまり人を外見で判断しない修二からしても普段の生活では関わりたくない人物だ。
「あははは、やっと出てきやがったな!! さあ、最高の殺し合いをしようぜ!!」
「ああ……そうだな。雨がくるまでには終わらせるか。天気……あんまりよくないしな」
「雨だァ? これから殺し合いをするって言うのに、変なことを気にするやつだな」
そんなやり取りをしながらも、両者の内心は同じだ。戦いが楽しみで仕方がない――。
ただ……その感情が宿っている根本は別だ。
龍治は己の力を誇示したい。
修二は自分が主人公の物語を楽しみたい。
「なんだぁ? お前も戦うのが好きなのか?」
「いや、ただの殴り合いには興味はない。俺が興味があるのは能力者同士の心躍る殺し合いだ」
(俺の予測通り、『火』は真正面の戦闘を好むタイプか……悪いけど、俺の能力は正面から戦うのには全く向いていない。だから、『能力以外』のもので戦ってやる)
互いの緊張が高まり戦闘が始まろうとした刹那――。
修二は手に持っていた荷物の布をほどく――するとそこから綺麗な黒の刀身の刀が抜き身で出て来た。
「はっ……? それがお前の獲物か……? 『刀』なんていう能力あったか?」
「これは『黒眼』。警察の倉庫から頂戴した。とあるヤクザから押収したものらしい。あいにく俺の『能力』は戦闘向けじゃない。だから道具を使わせてもらう」
「戦闘向けじゃないだァ? はぁぁぁ、何だハズレか。あの女、適当なこと言いやがって」
龍治は修二の言葉を聞いた瞬間、せっかくの獲物が大したことないと知り、あからさまに落胆の表情を見せる。
「ああん? そういえばお前もう一人仲間がいるんだろ? そいつを出せよ。2人がかりで――」
「ふっ、必要ない――」
修二がニタリと笑う……すると龍治の視界から突然かき消えた。
修二は龍治の『死角、人間の盲点を利用した』。
「はっ……?」
龍治は戸惑いの声を漏らした瞬間、『死』の気配を感じた……自分は死ぬ、そんな考えに囚われ――。
「うぎゃあああああああ!!!」
龍治の右腕の肘から下は大量の鮮血をまき散らしながら空中に舞った。
そう、修二が何のためらいもなく、動揺もなく、ただ歓喜の心で鋭い刃で切り裂いた。
(ああ……俺はこの世界で生きている)
何をしても得られなかった『生への実感』をひしひしと感じていた。
「こ、このヤロウ!」
「……ちっ、一撃で仕留めるつもりだったんだけどな。あんた反応いいな」
「調子に乗るなアああああああああ!!」
修二が連撃を加えようとすると、龍治は血走った眼を見開く。
火が燃え上がり、龍治の両手を包み込む。
「くっ……!!」
あまりの焼けるような熱気に修二はたまらず距離をとる。熱さの問題はあるが……修二にはこのタイミングで1つホッとしたことがあった。
(……大丈夫、俺は人を傷つけても冷静だ……戦える)
自分の精神にほころびがないことを確認する。
初めて……普通の人間なら手は震え、強い恐怖や罪悪感で精神に揺らぎが発生するだろう。だが、修二にそんな感情は芽生えていない。
芽生える感情は歓喜……ひたすらの歓喜だ。
「テメェ、普通じゃねぇな……」
龍治は修二の表情を見て、人間らしくない感情の発露を認識し、ようやく修二を『殺すべき敵』だと認識する。
「かっかか!! なめて悪かった! テメェは最高だ!! テメェとなら最高の殺し合いができる!!」
龍治は自分の斬られた腕を拾い上げると傷口に合わせる。
火が舞い、やがて腕は結合し、傷口が塞がっていく……。
「なっ……」
「かっかか、驚いたか! 俺様もよくわからねぇんだけどよお! 火の能力の『副産物』らしいぜ!」
「…………つくづく、能力ってのは不公平だ!」
「はん!? そんな嬉しそうな顔で何を言ってやがる!! さあ、心ゆくまで戦うぞ!!」
「ああ……」
修二は再び龍治の『死角』を突いて奇襲を仕掛ける。
龍治はそれに能力の火で応戦する。火が刃をはじき、刃が火を切り裂く。
人間以上の運動能力を持つ修二と火を操る龍治の戦いはまさに『人外』と呼べるものだった――。
◇◇◇
黒江香奈枝はそんな二人の戦いをビルの屋上から見ていた。
その顔は恋する乙女のようだ。
「す、すごいなぁ。修二君、初めての戦いで、火を圧倒してるよ! あれなら私が出る必要はないかも……うーん、あの身体能力……『ボーナス』だけでは説明できないあなぁ。Sランク相当かも。何か秘密があるねぇ~」
香奈枝はニコニコと上機嫌そうだ。『自分が見出した人間はすごかった!』と、どこか自慢気でもある。
そんな時――。
香奈枝の電話番号が鳴る。画面には『七川三咲』と表示された。
その名前を見た瞬間、香奈枝の心に影が差し込み、怒りがふつふつとわいてきた。
「…………今、私に電話を掛けられるってことは、『あの子』も参加者なんだ。ふーん」
香奈枝は『犬猿の仲』ともいえる三咲からの電話を無視しようかとも思ったが、『前回のゲーム』のことを一言文句を言わなければ気が済まなかった。
「もしもし……」
『ごきげんよう……』
二人ともとても不機嫌そうだ。
「よく電話できたね……まさにどの面下げってって感じ」
『あなたこそ……よくもわたくしのお気に入りの彼にちょっかいをかけてくれたわね』
「お気に入りの彼……もしかして修二君のこと? ふーん、彼に手を出したら殺すよ?」
『それはわたくしのセリフです。あなたと男の趣味が同じだなんて吐き気がするわ』
「ふふっ、私も同じ気持ちだよ。私たち気が合うんじゃないかな? 吐き気がする」
男を取り合っている修羅場のような状況だが、二人とも現実ではありえないぐらいの殺意が言葉に込められている。
『あなたが惚れるなんて、彼は相当な男みたいね……』
「『殺人鬼』に答えることなんてないんだけど……」
香奈枝は言葉を濁すも……目の前で激闘を繰り広げている修二について語りたくて仕方なかった。
彼がどんなにすごい男か、誰かに聞いて欲しかった。それが、ゲームで裏切られた経験がある宿敵でも……。
そこまで香奈枝の乙女思考は末期の状態だ。
「もう一目惚れだよ! ゲームの適応能力はもちろん……もう、何よりその思考回路が大好き。私って直観で生きている人間だから、なんとなくそういうのわかるの! なんかびびっときちゃった!」
『同感ね……はなはだ遺憾だけど。あなたから見て彼はゲームに適応できそうかしら? あの身体能力……尋常じゃない』
「ふーん、それが聞きたくてわざわざ私に電話してきたんだ」
香奈枝は少し不満そうにするが……ニヤリと笑う。狂気を孕んだ笑みだ。
「修二君はきっと『扉』を開くよ。もしかしたら『獣』さえも倒せる能力者になるかもしれない」
『……そう、貴方が参加者と自ら組もうとするなんて初めてだから……まさかとは思ったのだけど。ふぅ、聞きたいことは聞けたわ。それではごきげんよう』
「ふふっ、じゃあね。『心』の能力者さん」
『……わたくしの言葉から能力を見抜いたのね。本当に……恐ろしい人』
三咲からの電話を切れる。
「…………あはは、修二君は……私の王子様、私だけの王子様。誰にも渡さないんだから」
香奈枝は修二と龍治の戦闘を見ながら、つぶやく。その声と瞳は『魔女』と呼ばれるだけの深さと黒さがあるようだった――。