魔女の気持ち
◇◇◇
修二が最初に感じたのは尋常ならざる――悪寒だった。それと同時に男の楽しそうな声が耳を微かに聞こえる。
それは尋常ならざる興奮と歓喜、今この瞬間を楽しんでいる者の声だ。
『あはははは、ここに隠れてる能力者ってのはどいつだあああああ!!!』
距離は離れている……普通の人間なら聞き逃すレベルだ。だけど、ねばりっこく心に絡みつき、死の恐怖がまとわりつくような感覚だ。
「…………火の能力者だ。距離は400メートルと言ったところか」
(的確にこっちに向かってきている……? 場所がバレてる……。はぁ、俺に隠れる才能がないのか、火の能力の応用か……それとも、『心』からおれの居場所を買ったか?)
「なんにせよ、放置はできないな……」
修二が小さく呟くと近くにいた香奈枝は悪戯っぽい笑みをこぼす。それには尊敬するような視線が含まれていた。
「へぇ~、私よりも10秒近く気が付いてたね……『血だらけの猛犬』は発動している私よりも。くすくす、すごいなぁ」
「…………」
(『血だらけの猛犬』……銃の能力の1つか。察するに索敵能力だな。こいつの話だとまだいくつも能力がある……)
「まったく、能力って言うのは不公平だな。嫌になるぜ」
「あはは、そんなに嬉しそうな顔で言われても説得力ないよぉ~? それでどうするの?」
香奈枝は上目遣いで修二を見る。その表情は修二が次に言う言葉を期待するような感情が込められている。
「もちろん、せっかくのお誘いなんだ。迎え撃つ。だが――俺はまだお前を信用したわけじゃない。そんな奴と一緒に戦うなんて御免だ」
修二は突き放すように言う。その言葉に遠慮はなく、『邪魔をするな』という感情がありありと出ていた。
それは明らかな拒絶だ。
「…………」
香奈枝はそんな修二をきょとんとした顔でまじまじと見て、軽くうなづく。
「うーん、私って尽くすタイプなんだよねぇ~」
「…………はっ?」
殺されるかもしれない状況で真面目な顔でそんなことを言う香奈枝。修二は意味がうまく呑み込めず、動揺を見せる。
そんな修二を置いてきぼりにして香奈枝は言葉を続ける。乙女的に恥ずかしいことを言っている自覚は頬を赤く染める。
そんな感情は修二が香奈枝に対して感じている「こんな時に何を言ってるんだ?」という感情と食い違っていた。
「わ、私は好きな人にしてあげたいの。君が望むならその……え、えっちなこと以外なら」
「こんな時に何を言ってやがる? これから殺し合いをするんだぞ? こうやって、悠長に話してる時間も――」
『見つけたぜ!!!』
備え付けの窓の外から声が聞こえる。もうホテルの真下まで敵は詰めてきていた。
「ちっ、的確に居場所を特定されてる……もしかして火も索敵能力があるのか」
「ああ、そうそう。使える人は珍しいけどねぇ~。赤外線のモニターみたいな機能を目に付与できるんだよね~。結構、能力を使いこなした人だなぁ。もしかしたら『扉』を開けるかも」
「お前……」
外の火も脅威だが、修二は目の前の少女にも同じぐらいの脅威を感じた。
この少女は殺し合いが始まる直前だというのに……余りも『現実』にいる。まるで現実を楽しそうに生きていた修二の最愛の妹を思わせるように……。
そう……香奈枝の表情も態度も普通なのだ……まるで試験前にテスト内容を話しているようだ。
そんな日常の一部とゲームが一体化している思考に修二は同族感を持つ。
「なるほど……」
(思うところはある。命を懸ける戦いだ……こんな爆弾女いい加減にはできないが……でも)
窓の外から火が大きく燃え上がるのが見える……言い争う時間がないのは明白だった。
「お前は好きにしろ……」
「うん! 勝手にする! そうだなぁ、最初は黙って見てる! でも君がピンチになったら私が助けてあげる!」
「…………」
(どこまで本気なのかわからないな。まあ、自分の身は自分で守ればいい……俺の目的は火の能力者との戦闘を楽しむことなんだ……)
自分にそう言い聞かせ、修二は戦場に身を投じる。香奈枝のことなど問題点はあるが……この高揚する気持ちを抑えきれない。
「なんにせよ……ついにバトルだ……」
そう呟く修二の頭の中にはもう『どうやってこの戦いを楽しむか』その思考に固定されていた。
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