魔女の凶弾
◇◇◇
「さて……行くか」
修二が火の能力者の打倒を決めて数時間後――。
日付が変わろうという時間、【準備】を終えて自分が根城にしていたビルを出た。背にはバスケットボールが二つ程度入りそうな大きめのリュックを背負っている以外はいつもと変わらない。
「…………」
修二はこれまでの時間、何度も対火の能力者のシミュレートをした。しかし、勝つ確率は多く見積もっても4割。火の能力の『底』によってはさらに下がるだろう。
よって――修二は6割以上の確率で死ぬことになる。
修二も人間だ。勿論そのことに恐怖を感じないわではない。死ぬのだ。それが怖くない人間などいない……だが、それでも。
心にあるわくわく感が、恐怖を凌駕している。この死さえ蔑ろにする人間性こそが修二の本質なのかもしれない。
「……雨……振ってこなきゃいいけどな」
修二は赤黒くなっている空を見て呟く。雲が多く、湿気もある気がした……下手すれば一雨あると、修二は考えていた。
「今更、ビビっても仕方ないか。さて、火の能力者はまだ『繁華街』にいてくれればいいが……」
昼間、修二は他の参加者の場所を割り出そうとし、高い場所から街の外観を見ることにした。すると、とある場所が火の手や爆発が起こっているのを目の当たりにした。
情報が大事なこのゲームで自らの場所を知らせるように……。
(あれは……明らかに『誘っている』。自分を殺しに来る能力者を……ふっ、強い能力を得た奴は余裕があっていいな……さて向かうか……日本最大の歓楽街、歌舞伎町へ――)
◇◇◇
修二が拠点を出てから30分程が過ぎた――修二は歌舞伎町まで数百メートルの裏路地を慎重に進んでいる。回りには飲み屋やキャバクラが入ったビルなどが多くあり、独特の怪しさをかもし出している。
さらにそれに夜の静寂さと、赤い空の不気味さが加わる。
電機は生きているので、街中は普段通り明るい。それなのにひと1人いないのだから、不思議な感覚だった。
修二はまるで異世界に迷い込んだ感じさえした。
それと同時に――。
「おかしい……」
1つの違和感を持つ。
(俺の分析では火は自信家で、目に入った標的を焼き払う狂犬のような男だ……そんな男が、昼間あれだけやっていた他の能力者への挑発を辞めてから、1時間は経つ……)
修二は言うほど火の能力者のことを把握しきれていないのかもしれない。言葉すら交わしたことすらないのだ。それも無理はないが……そうなってくると事情が変わる。
(ちっ、『保険』があるとはいえ軽率だった。他の能力者に狙われる前に撤退するべきだな……俺が用意した策は奇襲にしか使えない。それに……なんか嫌な予感がする)
今は好機ではない。修二がその決断を下すのは早かった。修二はこのゲームを楽しみたいだけで自殺志願者ではない。むしろ生に対してどん欲だ。
自分の命をチップの様に簡単にベッドするのに、泥をすすってでも、自分が
楽しむために生きるタイプの人間。 そんなアンバランスさが修二だ。
(ともかく、一度戻るか……はぁ、火の能力者はどうしたんだよ……拠点を変えてのか、ただ寝てるだけか、それとも予想以上に厄介な奴か……)
修二は歩いてきた道を戻ろうとする――その瞬間、背中に寒気がゾッと押し寄せた。反射的に後ろに下がる――。
ガン!! ガン!! ガン!!
金属が地面にぶつかる鋭い音と共に、修二が数秒前までいた場所の地面が小さい穴が3つできる。
「撃たれた――!」
そう考えた瞬間、修二は周りを警戒する。明かりのついた飲み屋が立ち並んでいる……だが、人の気配は感じない。恐らく、遠く……視認できないような……遙か遠く――。
(くっ! 【銃の能力者】による超遠距離射撃か!?)
修二はパッと周りを見渡すと、数キロ先に高層マンションが建っているの見えた。それが視界に入った瞬間、言葉では言い表せない程の悪寒が走る。
(あそこか! う、迂闊だった! 狙撃の可能性を考えて地下道を通るべきだった。くそ! 地下の密室によるデメリットに注意したのが裏目に出たか……くくくっ)
「能力の【身体ボーナス】がなければ【1度】死ぬところだった! くくくっ、これが殺し合いか!! 見てろ! お前に勝つ!」
修二は身を隠すためにその場を駆ける。命からがらの必死の逃走劇だ。
一歩間違えば命を失っていたそんな状況を修二は楽しんでいた。
自分はこの世界で生を謳歌している。その感覚が修二にとって堪らなく嬉しい。
◇◇◇
修二が撃たれた直後――。
とある高層マンション屋上にて――。
黒江香奈枝は自分の身長ほどある漆黒の禍々しいスナイパーライフルを構えていた。
これは香奈枝の『銃』の能力1つである。
「…………嘘、避けられた」
小さく呟く声色には驚きが多分に含まれている。
必中の筈だった……能力の副産物として得た『超視力』により、相手の筋肉の動きを計算に入れて、人間ではかわせないタイミングで、さらには人間の死角を利用した発泡だ。
「追撃は……弾の無駄遣いだね。また回避されるの落ち……テンペスト、ログオフ」
香奈枝がログオフと口にすると、ライフルはその場から消失した。元からそんな物はなかったかのように……。
「ふむ。でも……驚きだなぁ」
香奈枝は自分の射撃能力に絶対の自信を持ち、いかに人知を超えた能力者とはいえ回避されるとは思わなかったのだ。
「【耐えられる】なら全然わかる。【能力で防がれる】のもわかる。でも……『回避される』のは驚きだねぇ……能力によるものかなぁ。でも……私の攻撃をかわせるのなんて獣ぐらいのはず……後は『身体ボーナス』が高い、『武器庫』、『死』の可能性か……うーん、でもなぁ」
身体ボーナス。
それは能力の副産物である身体強化だ。最初の開戦時に全員に送られたメールにも記載があり内容は――。
【火を操る能力】身体ボーナスB
【水を操る能力】身体ボーナスB
【雷を操る能力】身体ボーナスB
【1度だけ死ねる能力】身体ボーナスA
【催眠能力】身体ボーナスC
【武器庫になる能力】身体ボーナスS
【心を読む能力】身体ボーナスE
【銃を操る能力】身体ボーナスB
【本能のまま暴れる獣になる能力】身体ボーナスS
【機械の獣を操る能力】身体ボーナスD
以上になる。
Cランクで通常の人間の約、倍の恩恵を得ている。そこから1つランクが上がる度に能力は跳ね上がる。
だが、これはあくまで身体能力を上げているに過ぎず、五感までは強化できていない。
だから能力や肉体に、銃弾が阻まれたのなら納得ができる
だが、標的は回避をした――。それは五感を強化している可能性が高い。
そして、五感が強化されているとすれば、香奈枝の【超視力】ように能力による『副産物』が関係する場合だが……。
「私の銃弾を回避するほどの五感強化能力……厄介だねぇ~。もしかして……【扉】を開いちゃってる……?」
香奈枝は大して困ってないような口調でおどけながら呟く。
自分の能力が通用しない可能性がある敵の出現であるのに、香奈枝には言葉ほど慌てた様子はない。
それは自身の能力からくる自信と、『戦ってみたい』という願いが強く出ているからだ。
そんな香奈枝にとって――『彼』は興味を持つ対象だった。
「…………ん? あれ?」
そして、引き続き観察していた標的がこちらに視線を向けてくるのが見えた。
「こっちの位置を察してる。クスクス、あの人、命を狙われたのに笑ってる――。本当に面白い人。ん? 何か喋ってるみたいだね……なになに?」
香奈枝は超視力を応用した読唇術で言葉を拾う。
『くくくっ、これが殺し合いか!! 見てろ! お前に勝つ!』
「ふっ……あははははっ、なにそれ? 最高のプロポーズじゃん! いいね。いいね。顔も好みだし。くすっ、人に興味を持つ始めてかも。ときめいちゃった! クスクス、楽しみが出来たなぁ♪」
魔女は陽気に笑う。
彼の言葉を胸に、まるで恋する少女の様に純粋で危うく……。
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