【心】の能力者
◇◇◇
世界がつまらない……。
修二がそう考えたのはいつだっただろうか……父親が人を殺し、捕まり、人殺しの家族となった時か……
母親が精神をおかしくて……修二と心中自殺しようとした時か。
詳しい時期は覚えてない……。
そして――世界が悪くないと思ったこともある。
その時期は今でもはっきり覚えている――
妹の夕と初めて出会った時だ。
あの時から修二という人間が始まったのかもしれない。
◇◇◇
ゲームが始まって2時間。時刻は15時をさしていた。修二は新宿でも有数のホテルの警備室でくつろぎながら、昔の思い出にふける。
周りには近くのコンビニで拝借した菓子や弁当が散乱している。
30階建ての巨大なホテルだ。このレベルのホテルになると警備室も学校の教室ぐらい広く、数百台のPCなどの設備がある。
この世界はでたらめで、どうやら電気は生きている……単純に人だけがいなくなっていた。
(ここの設備で過去の映像を見られれば何か調べられたかもしれないんだけどな……)
最もここの社員でもない修二には警備システムなどのシステムにアクセスできない。そのせいでこの場所に入るのにも苦労した、窓ガラスを破壊するなど非人道的な手段をとった。
だが、その価値はあった。こうして出入口の監視カメラの現時点の映像を眺められるだけで、十分有益な場所だ。
「それにしても…………何で過去のことを今思い出すんだろうな」
自然とそんな言葉が口から出る。
久しぶりに『人の死』に触れて、ナイーブになっていたのだろう。先ほどまでのゲームを楽しむ子供のような笑顔が嘘のようだ。
「夕は無事か……? はぁ、こんな超常現象に巻き込まれて安否なんか確認できる筈ないのにな……それよりも今はゲームを生き残ることを最優先にしないとな……もう会えるかもわからねぇんだから」
修二はそう自分に言い聞かせる様に言葉にする。
すると、いくらか心配する気持ちが薄れていくような気がした……修二は自分でも薄情だとは思うが……今の修二にはやることがある。
このゲームに勝つことだ。
そうすれば……何かが変わりそうな……そんな予感があった。
「さて……他の参加者はどうしてるかね……」
ホテルの周りに取り付けられている監視カメラの映像を眺めながら呟く。
修二がこの場所をいの一番に陣取ったのはこのためだ。修二の考えが正しければ、このゲームは情報が重要だ。
誰がどこにいるのか? どの能力を所有しているのか?
そんな情報に命が懸かっている。
その点、この拠点は言うことがない。
高級ホテルということもあり、監視カメラは百台近くはある。
能力が『戦闘向きではない』修二にとってはありがたいことこの上なかった。
(さて……俺の考えが正しければそろそろ『大規模な騒ぎ』がこの街で起こるはずだが……)
修二の脳裏には先ほど遭遇した「火の能力者」のことがよぎっていた。火の能力者は中年男を殺すと、修二には気が付かずどこかへ行ってしまった。
修二としては命拾いした気分だった……。
(あのまま戦闘になれば俺は間違いなく『1度』死んでいた。それほどまでに火の能力者の力は凄まじかった。何せ20階建てのビルを人間が燃やすんだ……真っ向勝負じゃ絶対に死ぬ――待て、なんだあいつは)
その時、修二が見ていた監視カメラの映像に見知らぬひとりの少女が映し出されていた。歳は修二と同じぐらいの17歳そこそこ。黒を基調としたワンピースを着用しており、優雅に日傘をさしている。
身長は小柄で150センチあるかないかぐらいで……整った顔をしていて、どこかのお嬢様のようだ。
そして……何よりも修二の興味を引いたのはその落ち着いた表情だ。
とてもではないが……その顔に浮かぶ感情は殺し合いに巻き込まれた者のではない。まるで、昼下がりにホテルにランチに来たような……そんな軽さが、妙に浮いて見えた。
(……さて、逃げる用意だけはした方がいいな。あいつが戦闘特化の能力なら俺に勝ち目はない)
修二がそう考えた瞬間――。
少女がにやりと笑う。それは今の状況を楽しんでいる顔だ……この歪な世界での殺し合いを。
修二は感情的に同族感を持つ……この少女もこの世界を望んでいる人間なんだと。
「ん? 何か喋ってる……?」
修二は備えつけられていた、監視カメラのマイクのボリュームをあげる。
すると――。
『ええ。その通りよ。クスクス、こんな素敵な出会いがあるなんて神様に感謝しなくてはいけないわね。ねぇ、私と【取引】をしない? 修二君?』
監視カメラに向かってほほ笑む少女。まるで修二がカメラの映像を見ているのがわかりきってるといった表情だ。
(いや……わかってるんだ。俺の現在地、そして……感情、『心』が、こんなことができるのは……)
『クスクス、ご明察、わたくしは【心を読む】能力者よ。そして――クスクス、修二君には特別に教えてあげる。私は【リピーター】よ』
少女は監視カメラに向かってほほ笑む。それは楽しそうに……。
その笑顔は純粋だ。だかろこそ――恐怖を感じる。
こんなでたらめな状況だからこそ、日常では心をいやす『純粋な笑顔』は、純粋であればあるほど【狂気の笑顔】に思えた。
普通の精神の持ち主なら気味悪がって少女と関わりあいにならないだろう。
「……………」
『クスクス、どうやら会っては頂けるみたいね』
しかし――修二はあえて少女と会うことにした。
彼女が持つ雰囲気、そして『リピーター』というワード……修二は会わないことのデメリットの方が大きいと考えた。
修二は少女を新宿のビル街が一望できるホテルの一室に案内した。
あえて逃げ場のない上層の部屋を選択したのは少女を信用しているというアピールだ。
相手は心の能力者だ。小細工なんてしても見抜かれる。ならば……友好的に取引を進めた方がいいというのが、修二の考えだ。
「ふふふっ、いいホテルね」
そんな考えを見抜いてか、少女はホテルに入ると上機嫌で外の景色を眺めた。
敵意はない。あるのは強い好奇心だけのように思えた。
無害そうな少女……だが、修二は気を許さない。相手は心を読む化け物、そう決めてかかり、話を進めようとする。
「さて、取引のことだが……」
「もうっ、せっかちだわ。わたくしの能力を警戒していですの? それも無理もない話ではありますが……」
つまらなそうに言いながら少女は大きめのベッドに腰掛ける。
さすがにいい材質を使ってるのか座った瞬間、少女の身体が少しベッドに沈む。
「あら、いいベッドね。それで貴方は――」
「待て、質問をするのは俺だけだ。あと、余計なことは一切喋るな。それぐらいが『フェア』だろう」
少女の言葉を遮り、修二はぴしゃりと言い切る。
修二は世界に退屈を感じ、二次元に陶酔できる数多のゲームや漫画を自分の知識としてきた。当然その中には心を読む能力者が出てくるものがいくつもあった。
それらを参考にした結果、導き出したのが……少女に質問させてはいけないというものだ。
「心を読む能力者というのは大抵、質問をトリガーとして情報を得る場合が多い。質問して、その答えを考えた俺の思考を読む。違うか?」
(まあ、それが能力の全てというわけでもないだろうが……そうじゃなきゃ、俺の名前を知っていた理由と……何より……こいつの能力の『効果範囲』が気になる。こいつは距離がある相手の思考さえ読める筈だ)
「あら、まあ……クスクス、【初参加】なのに能力への理解が鋭く、早い。思考を読んだ時も感じたけど、貴方やっぱり面白いわね……いいわ、質問をしなくてもこちらはある程度正確な情報を拾えるから、それで話を進めていいわ」
自分の能力が分析されているにもかかわらず、少女は余裕を崩さない。それは修二が自分に危害を加えないのがわかっているのか、はたまたはこの状況にスリルを感じているのか、それとも何も考えていないだけなのか……情報を持たない修二には判断が出来なかった。
「ああ……」
(こっちが……圧倒的不利だが……ここは仕方ない。心を読まれるデメリットを容認してでも、この女から『あの情報』は得た方がいい)
「ふふふっ、貴方に損はさせないわ……でも、やっぱり1つだけ質問してもいいかしら?」
「ああ、だが……余計なことを聞けば――」
修二は一呼吸置く、次に言おうとしている言葉を発すれば、後戻りできない気がした。そんな考えが一瞬よぎるが――。
「お前を殺す。俺にはお前を殺す準備がある」
修二は躊躇いなく口にした。
もう日常に戻る気などない。生きるか死ぬか、殺すか殺されるか。その世界に望んで足を踏み入れる。
この時点で修二は一般人として……壊れている。簡単にゲームを受け入れ過ぎている。
「クスクス、最高ね……確かに修二君の『能力』なら、わたくしを殺せるわね。まあ、今の状況なら全参加者にわたくしは殺せるのだけど。わたくしは戦闘面に関しましては、全能力者で『最弱』ですし」
だが、少女はそんな壊れた修二を見て、心を読んでも、その顔に張り付いたような笑顔を消さない。むしろさらに口の端をつり上げて、楽しそうに笑っている。
少女が自分で言う通り、一歩間違えば自分が死ぬというのに。
修二はそんな少女を見て本能的に感じる。
(ああ……こいつも俺と同じで壊れてやがる)
「クスクス、それでわたくしの質問なのだけど……」
修二に緊張が走る。少女が余計なことを口走った瞬間に、人間としての道徳を捨てるつもりでいた。
だが――修二の緊張をあざ笑うように、少女は笑う。
「クスクス、貴方童貞……?」
「……はっ? お、お前一体何を……」
少女の口から出たあまりにも突飛した質問に、修二は思わず間抜けな声を出してしまう。
少女はそんな修二の反応を楽しむように笑う。
「ふふふっ、もう、答えなくていいわ。嬉しいわ。貴方はわたくしの運命の人なのかもしれないわね」
「どういうことだ……?」
「初めては初めて同士の方がロマンチックじゃない? というお話よ」
「…………」
修二は深く考えるのをやめる。心を読む能力者相手に、あれこれ考えるのは得策ではないと……感じた。
「ふふふっ、それでは修二君、お話を続けましょう。わたくしは『七川三咲』以後、お見知りおきを」
少女、三咲はひまわりのような微笑みを浮かべた。
修二はその笑みに全てを吸い込んでしまうような、黒さを抱えているような歪みを感じる。
(さっさとこの取引を終わらせるのが先決だな。話せば話ほどこちらが不利なる)
「お前の目的はなんだ……? 俺に差し出せるもの等ないぞ」
「ああ、それは考えなくていいわ。クスクス、気が変ったわ」
「なんだと……それじゃあ、この取引はお前が俺の質問に答えるだけということか?」
「そうね。まあ、強いて言うなら、このホテルを出るまではわたくしを殺さないで欲しいのだけど……わたくし、その答えはもう得ていますので」
「……」
(やりづらい相手だな……さっさと終わらせてしまおう)
「クスクス、嫌われちゃったわね」
「あんた、さっき『リピーター』って言ったな。それは前回のゲームの参加者という認識でいいか? 漫画とかの場合なら、ゲームが終わった後、リピーターになるか現実に帰るか選択させられる……っていうのがベタだけど」
「ええ、大正解よ。わたくしは6度、このゲームを生き残っている。まあ、リピーターといっても毎回与えられる能力はランダムですし、アドバンテージは情報と経験ぐらいかしら」
「なるほどな……それでも十分脅威だ……最後の質問だ。リピーターは大体何人ぐらいいる?」
「あら、もう最後でいいの? もう少し、お話ししたいのだけど、わたくしの能力を考えると仕方ないわね。大体毎回多くて2人というところね。ふふっ、さっき心を読んだのだけど……ふふっ、『戦火の魔女』が参加してるみたいね」
(戦火の魔女……? 何だそれは……まあ、これ以上俺から聞くとつまらないよな)
修二は小さく息を吐く。
もう三咲から聞きたいことはなかった。
「そうか……それがわかればいい。取引はおしまいだ」
「本当にいいのかしら? わたくしから引き出せる情報はまだあるわよ? 能力の詳細とか。特にわたくしは『レギュラースリー』については詳しいわよ。それと……ふふっ、修二君と『チーム』を組むのも面白いかもしれないわね」
「…………」
三咲の言うことはもっともだ。修二は心から得られる情報の一端にしか触れていない。他の参加者の能力、性格……など、このゲームに置いて最も重要な情報を聞き出そうともしない。
だが、修二はそれでいいと考えた。
なぜなら――。
「そんなの聞いたらつまらないだろ? 俺は最低限のルールの把握のためにお前と取引したに過ぎない」
(あとは心の性格を知ることだ。心はこのゲームに置いてジョーカーになりえる)
「ふふふっ、それはどうも。修二君みたいな考えは嫌いではないわ。それではおまけしてあげる。忠告よ修二君」
修二は小さく舌打ちをする。これ以上の情報はゲームを楽しむ上で邪魔にしかならない。いうなれば大好きな漫画のネタバレを聞くようなものだ。
だが三咲はそんな修二の心を察しつつも、言葉を続ける。
今まで顔に張り付いていた笑顔を消して、無表情になって――。
「リピーター『戦火の魔女』と能力者『獣』には注意なさいな。戦火の魔女は『16度』ゲームをクリアしてる怪物、獣は――出会ったら何を優先にしてもひたすら逃げなさいな。あれは能力者の範疇をゆうに超えている――化物よ」
三咲は恐怖を孕んだような感情で語る。これは心からの忠告なのだろう、ということがすぐにわかる。
だが、修二の胸中にはわくわく感がわいて出てくる。。
結局修二はこのゲームを楽しめれば何でもいいのだ。
例え自分の命を危険にさらそうとも……。
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