ゲームを望む者
電話が切れて修二は今の状況を頭の中で整理しようとする。
だが、うまく考えがまとまらない……どうすれば、最善の策か、わからない……。
(いきなり特殊能力と言われてもな……『シシミー』はメールが送られてくるって言ってたけど……ゲームか……)
「…………くくくっ」
修二は乾いた笑みを漏らす。
今は訳のわからない状況だ。それは間違いない。
普通の人間なら、動揺して錯乱するか、現実として受け入れず小馬鹿にしているだろう。だが……修二が感じている感情は――好奇心だ。
修二は今の状況に、子供がおもちゃを前にして持つワクワク感と似た想いを持っている。この超常的な現象の前であまりにも幼稚な考えだ。
修二も決して知能が低いわけではないのでそれは自分でも理解している。
だが……修二にとっては『普通の日常などに価値はない』。だからこそ、この非日常を簡単に受け入れられた。
(こんな『ゲーム』……ワクワクしない訳ねぇだろ……さて、俺はどの能力を得ることになるか……くくくっ)
そう……修二はこのゲームを否定するつもりはない。
心の底から楽しむ……もう頭にはその考えしかなかった。子供みたいな好奇心が非日常にいるという恐怖を凌駕し、修二を突き動かす
(まずは……メールが来るまでの間に、フィールドの端に行ってみるか……ルールが単純でも把握しなくてはいけないことはたくさんある筈だから)
修二は静かに歩きだした。この非現実に希望を感じながら……。
◇◇◇
中小企業で営業をしている小太りの中年『早沢道長』は絶望していた。
デパートの地下にあるトイレで膝を抱えて恐怖に耐えていた。
何もわからない……考えたくもない。突然……人が消え空が赤く染まった……そして、先ほどの電話の主『シシミー』は殺し合いをしろという……。
「もう……うんざりだ。上司や部下からは馬鹿にされて、僕だけ苦労して……それで最後は殺し合い……? ふざけるな、ふざける。何が特殊能力だ! 試すことができない『ゴミみたいな能力』でどうしろって言うだ!!!」
早沢はぶつぶつと愚痴を漏らす。心の奥底から湧き上がってきたような重く、暗い声だ。
早沢は自分の人生はろくなものではなかった……と、考えていた。傍から見れば早沢自身の能力の所為だが……早沢はそうは考えない。
『悪いのは自分ではなく、世界』そんな子供じみた言い訳を胸に今まで生きてきた。
できれば生まれ変わり、やり直したい。今ではない現実にいきたい……それが早沢の願いだった――。
――そして、その願いは幸か不幸か叶えられた。
突如鳴り響く建物が崩壊するような轟音と軽微な地震。早沢がいる建物がガタガタと震え、その轟音は耳に残り続けていた。
「ひっ、ひっぃぃぃぃ、な、なんだ!? 今の音は!?」
恐怖で体が震える。恐怖で思考が固まる。恐怖で涙があふれ……数秒すると生存本能が思考を占めた。早沢は節に思った『死にたくない……と』――。
「わああああああああ」
大きい悲鳴を上げてトイレから飛び出し、必死に走り出す――。必死に必死にただ走る――。恐怖が身体を蝕むが、それを振り払うように走り、4車線の大きい道路に出る。
すると、まず視界に入ったのは『煙』だ。
それは『火』だ。見たこともないような強大な火と煙。嘘かと疑いたくなるような光景で――4つ隣のビルが大きく燃えている。
「なっ、なんだ、あれは――」
『あははっはははっはははははっははは、そうだ。この力は俺様のものだああああああ。あはははっははは、まんまとネズミが出てきやがったぜええええ!!!』
早沢の声は低い男の笑い声によって遮られた。
その笑い声には狂気、愉悦、喜び、様々な感情が含まれている。
「あっ、あっ………あ」
早沢は30メートルほど先にいる男の姿を見る。
180センチ以上ある身長に筋肉質な身体。
そして何より特徴なのが――両腕の肘までの部分が大きく『燃えて』いた――。
シシミーからきたメールの内容が頭に再生される。
「ま、まさか、『火の能力者』…………!」
「その通りだああああ!!! あはははっはははは、見せてくれおっさん! あんたの能力をな!!!!!」
「の、能力……!!!」
――早沢は瞬時に悟る。自分が『得た能力』ではこの男には太刀打ちできない。
それは絶望なほどに――。頭の思考を占めていた恐怖が、考えることを辞めさせる。人間が恐怖に先に辿り着くのは虚無だ――。
もう何も考えられない。
ただ、涙を流して、よだれを出らして、虚ろな瞳で男を見る。
早沢はもう生きることを諦めていた――。
◇◇◇
修二は歓喜していた――。
高い場所に行き街の全景を眺めて情報を得ようとして、駅ビルにやって来た時、その光景を目撃した。
修二は駅ビルの3階から、100メートルほど先の道路を眺めている。そこには筋肉質の男と、小太りの中年男がいた。
「あ、あはは、人の身体から『火』が出てやがる。能力は本当だった!」
小声呟く。恐怖よりも好奇心が先行する。
自分は間違いなくつまらない『日常』から『非日常』にいるという証明ができた。
「クククク、あの火でビルを燃やしたのか……それだと……俺の能力は『ハズレ』だな」
先ほどシシミーから知らされた能力ことを思い出す。そう、修二が得た能力は他の能力に比べて決定的な『欠陥』がある。
今、火の男の前に出ればすぐに火炙りにあい、殺されてしまうだろう……。
そんな絶望的な状況だが修二は――
「クククク、最高じゃないか……最弱の能力で最強を倒す。これこそがゲームの醍醐味じゃねぇか」
修二は視界で男に燃やさている中年を見ながら、そんなことを考えていた。人の死さえを『ゲーム内イベント』として、脳内で処理され、ゲームの戦略を導きだそうとしていた。
そんな感情や考えを抱く修二は、日常に置いては異端だったのかもしれない。
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