同盟宣言
木曜日0時に現時点での人物紹介を更新します。その関係で本編はお休みします。
姫は自分の脳みそがフリーズを起こしているのを自覚した。突然のことに脳の処理が追いつかない。ここまでの驚きは人生で数えるほどだ。
こと命を賭けた戦闘においては致命的な隙だが、敵である空也も状況を掴み損ねているように見えた。
場の空気は凍りついたように重く、慎太の存在感だけが主張していた。
「…………」
わかっているのは自身の能力『機械』で作り上げた大蛇の頭部周辺と空也に水の槍が吹き飛んだということだけだ。
機械の部品がバラバラと音をたてて床に落ちる。
「…………はっ!」
そこでようやく脳が思考を再開する。このままでは死ぬと脳が警報を鳴らす。
「くっ……!」
何故自分の能力が壊されたかはわからない。わかるのは姫と空也の間に立つブレザータイプの制服を着た高校生、慎太が全て原因であるということだけだ。
慎太の右腕はーー禍々しい緑色のサーベル型の剣に『侵食』されているように見えた。
戦闘経験が浅く、能力者として半人前の姫でもわかる……『あの剣はまずいと』。知識でもなく経験でもなく、防衛本能が囁く、『身を守れと』。
「くっ、再展開ーー『フォルムーー』」
「警戒しなくていい。『武器庫解除』」
慎太の腕から緑のサーベル『那由多』が消失し、慎太は言葉を続ける。
「僕は君たちに危害を加えるつもりはないよ。話し合いをしにきたんだ。
場の空気の重さと反比例するような、慎太の優しい声ーー。それは戦場において敵に向ける感情ではない、慎太の真意がわからない姫からすれば未知との遭遇時と近い恐怖を抱かせた。
(こ、この人は何者っすか……あたしや執事さんとは違うステージにいる気がするっす)
この場から逃げ出したい……そう思った。
「あ、ああ、神様かな……」
姫の後ろで恐怖から身体を震わせている早沢は動揺しすぎてよくわからないことをくちばしっている。
「…………」
人間、自分よりも慌てている人間を見ると少し冷静になるものである。早沢の言葉でようやく姫は少しだけ冷静になる。
『ふふっ、これは予想以上に面白いメンバーが集まったわね』
そんな楽しそうな声が聞こえてきた。小柄で黒のワンピースに身を包んだ少女、『心』の能力者、三咲だ。
「皆さん、ごきげんよう。わたくしは七川三咲、今回の『提案』のホストですわ……」
「ふふっ、提案ですか……?」
三咲の言葉に真っ先に反応したのは、これまで注意深く慎太を観察していた、空也だ。
その顔はいつもの笑顔ながら……どこか狂気の孕んだ喜びがあるようだった。
「ええ……この場にいる『5人』で同盟を結びたいのですわ」
「ええっ? ま、マジっすか?」
「ご、5人って……」
姫と早沢から驚きの声が上がる……それもそうだ。このゲームは4人しか生きられないのだから……。
「お嬢ちゃん、それマジで言ってるんすか? そんなの成立するわけが……」
「……わたくしはあなたよりも歳上よ」
「あっ、それはごめんなさいっす」
「4人しか生き残れないシステムを危惧してるのかい? それなら安心していい」
慎太は少しいじけたような態度の三咲の態度に苦笑いを浮かべると。姫の疑問に答えるように優しい笑顔を浮かべながら、答える。
「仮にここにいる僕たち5人が最後まで生き残ったとしたら……僕が喜んで死のう」
「…………えっ?」
「…………それはそれはすごいっすね」
「…………ふふっ」
慎太の自分の命を顧みない提案。そんな人間として狂っている提案をしたにも関わらず……慎太の言動に焦りや死の恐怖はまったく感じられなかった。
そんな普通の人間として自分の命を軽視したありえない提案をする慎太に対して、提案された側の反応は様々だ。
早沢は単純に慎太の言葉に驚いていている。どういう考えなのか、単純に気になるようだ。
姫は完全に信用していない『なんか、適当なこと言ってるっすね。騙されないっすよね』みたいな冷めた視線を送っている。
そして空也は……うっとりと、羨望の眼差しで慎太のことを見ていた。
そんな空気の中、ただひとり楽しそうに笑い声を漏らす、三咲が口を開いた。
「彼の言うことは本心よ? 信じられないでしょうけど」
「むっ、なんでそんなことが言い切れるっすか……? お姉さんこの人の仲間っすか?」
「くすくす、ええ、彼はわたくしの相棒。言い切れる理由は……わたくしが『心』の能力者だからよ?」
その言葉に各々同様の驚いた反応を見せるが……三咲はそれを気にすることなく、姫の方を見る。
「お嬢さん、好きな食べ物は何? 3つあげてもらえる?」
「えっ……」
「…………ポテトチップスとコーラ、それにブッシュドノエル…………余計なお世話かもしれないけど、もっと栄養管理に気を使った方がいいんじゃないかしら? 貴女ここ一週間お菓子しか食べていないわね?」
「姫ちゃん……今日は僕が栄養のつくものを作ろうか? 僕、料理は得意なんだ」
「もううう! おじさんも余計なお世話っす!! あたしの幸せを奪わないで欲しいっす!!」
「ふふふっ、わたくしの能力を信用できないのならもう少し試してもいいわよ?」
「ううぅ、いらないっす!」
三咲は不敵に笑う。
「ふふふっ、わたくしが皆さんの前に姿を現したのは協力関係が結べると思ったからよ? 今の状況からしてね……」
「今の状況っすか……」
「ええ、ここにいない『火』は誰とも群れない戦闘狂。『獣』は論外。そして――『死』『銃』『雷』は手を組んでいる……」
ゲームの正確な情報を把握していない、姫と早沢の顔に驚き、焦りが浮かぶ。
「えっ、もうチームを組んでいる人たちがいるの!? それに『死』は……」
「まじっすか……? まずいっすね。YESかNOに見せかけて……あたしたちに『選択肢』がないっす。はぁ、あの『死』のお兄さんとは戦いたくないなぁ」
「ほら、すぐに来るわよ。また『女』が増えてるのは気に入らないのだけど」
三咲は言葉の最後で少し不機嫌そうな感情を表しながら、空也が雨の弾丸で開けた屋根の大穴に注目する。
しばらくするとにぎやかな声が聞こえてきて――。
『ああああ!! お前らがもめるから、出遅れちまったじゃねぇか!! せっかくの大規模戦闘なのにさあ! これで誰か脱落してたら呪ってやる!!』
『だ、だって……ライバル出現だよ!? もめるでしょ!? もめちゃうでしょ!? もうやきもちやきまくりで、もう本能寺だよ!!』
『うるさい……はぁ』
バチッ……っと『雷』のはじける音がしたと同時に――。
『雷』の能力を使い突然やって来た3人は体育館の屋根に着地し……中を覗き込んでくる。
「おーおー、5人も居やがるな。これは面白くなってきたじゃねか!!」
「ふふっ、ここで子供みたいに喜ぶ修二君かっこいい!! 可愛い!!」
「あんた……趣味悪いわね」
やってきたのは――『死』の能力者『新島修二』と『銃』の能力者『黒江香香奈枝』、そして……『雷』の能力者『竜胆つぼみ』。
この場にゲームの参加者10人中、8人もの能力者が集結した――。