憧れのヒーロー
◇◇◇
今日何度目かの大きな戦闘が始まった。それは何度目かの『雨の弾丸』による攻撃ーー。
「あっ…………」
早沢はただ見ていることしかできない。
「くっ、ぼ、僕は……」
己の無力感を痛感し、惨めな気持ちで『水』と『機械』の戦いを傍観する。
数分前ーー。
水の能力者空也が襲撃を仕掛け、雨を用いた広範囲攻撃は中学校を一瞬で半壊させた。
そのあまりの威力に早沢と姫はたまらず図書室を逃げ出し、校舎に隣接されている体育館にたどり着いたが……すぐに追い詰められる。
「鬼ごっこはお終いですか……? 申し訳ございませんが、貴方様方にはここで死んでいただきます」
「あ、悪夢だ……」
空也はにこやかな笑顔、軽い口調ではあるがその目は冷たく輝き、それが空也の言葉が事実であると物語っていた。
空也との距離は20メートルほど。
早沢には空也の姿が死神の様に見え、心は折れてしまう
だが……逆に姫の心は奮い立った。
「いじめられるだけの自分はもういないっすよ……」
姫は早沢を守るように前に出る。
決心を胸に――。脳裏に蘇るのは弱く惨めないじめられている自分。
「あの時のあたしじゃないっす」
自分は戦う力があるとーー。
現実世界の惨めな自分ではないとーー。
何より、1度助けた早沢を見捨てないと、裏切らないとーー。
「あたしは……あたしをいじめていた人間のように筋の通らないことはやらないっす。いじめをただ傍観するだけの偽善者にもならないっす!!」
姫が自分に言い聞かせるように感情を表に出す。先ほどまで図書室にだらけていた姿はない。
「ほぅ……貴女様はとても若いながらとてもいい目をなさる」
「にひひ、イケメン執事に褒められたでござる。うれぴー! ……でも」
「戦果様といい、雷様といい、今回のゲームは本当に……レベルが高いですね」
しばらく、照れたような笑顔を見せていた姫の顔からすぅっと笑顔が消える。それはまるで熟練の暗殺者が持つ空気の重さだ。
「これは狩る側のつもりいると失礼ですね」
空也もただの女子中学生と侮ることを辞めて臨戦態勢を取る。
「でも……執事さん、いくらイケメンでもあたしはそのあなたの『虐げる者』の目が大っ嫌い!」
ズドオオオオオオオオ。
体育館に鳴り響く地響き、それが近づいてきてーー。
体育館に無数の『機械の獣』が飛び込んでくる。今まで周囲を警戒させていた『全ての獣』を一か所に集めたのだ。
犬型、鷲型、虎型、象型、蛇型……その種類は数十に及び、大きいもので体長3メートルを超え、戦力はゆうに100を超える。
『機械』たちは姫と早沢を守るように空也を警戒する。
「こ、これが姫ちゃんの能力……すごい」
「…………素晴らしい。『機械』の能力を見るのは初めてですが……ここまで機械を操ることができるとは…………ですが、戦果様を相手にした後では若干見劣りしますね」
空也が目を細めて、まるでオーケストラの指揮者の様に両手を上げる。
「さあ、奏でますよ」
「…………!! おじさん!! 逃げるっす!! その方が安全っす!!」
「で、でも、ひ、姫ちゃんを置いてなんて……」
「あああ、もう! 能力の性質上、あたしは機械たちの『近く』にいないといけないっす! そうじゃきゃ勝てないっす!」
「で、でも……僕にも何かできることが」
早沢の足は動かない……それは恐怖から来るものではあるが……何よりここを動けば『人間として終わる』気がしたから……『生き地獄』それは早沢が最も嫌うものだ。
それは早沢が手放せない弱さであり、最後の線引きだ。
(…………おじさんは馬鹿だな。これは殺し合いのゲームなんだからあたしなんか見捨てて逃げればいいのに)
「…………にひひ、でもやる気が出てきたっす」
姫は心の中では悪態をつきつつも、かつてないほどやる気に満ちていた。
今はいじめられる側ではない。
かつて憧れ、欲した、いじめから助けてくれる『ヒーロー』が自分だ。
「さあ、あたしの本気見せてやるっよ!! さあ、かかってこいイケメン執事!!」
「ふふふっ、貴女様はもしかしたら僕のご主人様なのかもしれませんね……」
「えっ……それは意味不明っすね」
「ふふふっ、今は無粋ですね……」
「…………」
双方の言葉のやり取りがなくなった時――。
『機械の獣』と『雨の弾丸』が交わり、激しい戦闘の火蓋が切って落とされた。
無数の雨の弾丸が体育館の屋根を貫き、獣に襲い掛かる――が、獣は足がもげても、身体を貫通されても、部品が飛び散っても、一斉に空也に襲い掛かろうとする。
「機械に痛みはありませんか……ならば本体を狙わせて頂きます」
空也が雨を操作して数十の1つ2メートルほどの『水の槍』を作り出し、姫と早沢に向かい投げ下ろす――。
「わあああああ、こ、こっち来る!!」
「『フォルム――ブレイド』!!!」
姫が早沢の悲鳴を打ち消すように叫ぶと、体育館の中を飛行していた『鷲型の機械』達が変形し、一機につき三刀の剣になり、水の槍めがけて飛んでいき、撃ち落とす。
さらに姫の能力は止まらない――。
「『フォルム――シールド』!!!」
今度は周りの『犬型の機械』がシールドになり、『機械の剣』で撃ち落とせなかった『雨の弾丸』を完全に防ぎきる。
それは空也にとっても予想外だったのか、にこやかな表情のまま、わずかに眉を吊り上げる。
「…………なるほど、『ルーキー』としては格段に能力の『馴染み』が早く、『適正値』が高い。これは時間をかけている暇はなさそうですね。『獣』の問題もありますし」
空也のまとう殺気が一段と強気なる。
「『グランド・レイン』」
体育館の雨によって貫かれた屋根の隙間から姫は見た。先ほどの数倍、いや数百倍の大きさの1つの巨大な槍が形成されて行く。その大きさはゆうに10メートルを超えている。
「!!!……まずいっす!!」
次に空也の仕掛ける攻撃は『必殺』になりうる。姫のシールドを難なく貫き、命を奪う。そう本能的に直感した姫は自分も『必殺』の一撃の準備に取り掛かる。
体育館にあるすべての機械たちとその壊れた部品が中に舞う。
「『フォルム――アナコンダ』!!!」
全ての機械が集まり――。
『ガアアアアアアア!!!!!』
機械たちは集まり全長30メートルはある『巨大な蛇』の姿になる。
その蛇は尾の部分で姫と早沢を守り――頭は巨大な『水の槍』に対して臨戦態勢を取る。
「蛇ですか……なんとも面白い能力ですね」
「イケメンのお世辞は大好物っす!! だけど、あたしの方が強いっす!!! ここは譲らないっす」
姫は自分の後ろを見る、そこには怯えた表情で身体を震わせている早沢がいた。早沢の姿が『かつての自分』と重なる。
「ひ、姫ちゃん……」
「にひひひ……」
自分でも単純だと思う。力を手に入れた瞬間調子に乗り過ぎだと思う。自分ごときが他者を助ける『ヒーロー』になるなどおこがましいと思う。
だけど……絶対に引きたくなかった。
「あたしは『弱い者を助けるヒーロー』っすよ!」
そうして姫の強き想いと共に――『巨大な機械の蛇』と『巨大な水の槍』2つの強大な力は衝突する――。
そのはずだった――。
「えっ……」
姫の目に戦闘の中心に飛び込んできり人影が映った。
『2人とも能力を収めてくれ――『武器庫解放――右の羅刹・那由多』』
そんな冷静でどこか暖かさのある声が空也と姫の耳に入った。
すると空也の水の槍は、比喩表現ではなく、妄想でもなく――こっぱ微塵に吹き飛び、姫の大蛇も頭部から身体半分はバラバラの機械部品へと破壊された。
それをやったのは強引に戦闘に割り込んだ『武器庫』の能力者『宗像慎太』だった。