女子中学生と中年
◇◇◇
同時刻――。
新宿内にある中学校にて――。
学校の地下にある図書室で『機械』の能力者で中学生の『加能姫』は机にお菓子を大量に並べて、食い散らかしながら、上機嫌に携帯ゲーム機をプレイしていた。
「ふ~ふふ、にひひ、この世界は最高っすね。高級なお菓子が食べ放題~」
姫は地味な雰囲気でぼさぼさの背中までの長い黒髪と目が隠れるほどの長い前髪が特徴的だ。
普段、人前では常に周りの反応を気にして、人の反応にびくびくしている姫だが……今は何かが吹っ切れたように生き生きとした表情をしている。
図書室には姫の能力の『獣の機械たち』と姫を遠慮がちに見て、おずおずと話しかける小太りの中年がいた。
「あ、あの姫ちゃん……あまりお菓子ばかり食べてたら、身体によくないよ?」
「ええ~いいじゃないっすか、おじさん。こんなよくわからない世界に来てまで、そんなことを気にしなくてさあ」
「それもそうか……そうだね」
「そうそう! おじさんも普段は飲めないすっごい高いお酒とか飲んだらいいっすよ? さっき酒屋さんから持ってきてたすっよね?」
「…………」
中年、『火』の能力者に『殺されかけた』『催眠術』の能力者、早沢は自分の手に握られている高級ブランデーの小瓶をまじまじと見る。
これは酒屋の鍵付きのショーケースに保管されていたもので値段は手のひらに収まる小瓶のくせに、数十万はくだらない。
現実世界では安月給の早沢には手が届かないものだ……若い時から密かに憧れていた。
「まさか……こんなところで夢が叶うなんて……」
この世界に来てからも散々なことばかりだった。それを思うとどうしようもなく酒が飲みたくなる。
だが、小心者の早沢は最後の一歩を踏み出すことができない。
「にひひ、そんなに考えることないのに。あたしなんか新作ゲームを根こそぎ持ってきたっすよ? ここはクソみたいな現実世界じゃない。そんな細かいこと気にしなくていいんすよ」
姫はそんな早沢を尻目にクッキーを1つ口の中に放り込む。
「現実世界じゃない……」
早沢の頭に先日起きた『火に殺されかけた』悪魔のような出来事が蘇ってきた。
「そ、そうだ……まだ君にちゃんとお礼を言ってなかったね。あ、ありがとう助けてくれて」
「にひひ、いいっていいって。あたしは『能力』で少し治療しただけなんだし。あたしよりも『謎のお兄さん』に感謝した方がいいっすよ」
「その彼も僕を助けてくれたんだよね?」
「うん! あたし……あの火の能力者を見た瞬間、最初逃げちゃったんだ……でも、それじゃだめだ、と思って……戻ったら」
◇◇◇
1日前――。
ゲームが始まって最初の戦闘――。
『ここで逃げたら現実世界と同じっすよ……! あたしは変わるんだ!』
姫は火の能力者、龍治が早沢を襲った瞬間、その場を逃げ出した……。
学校でいじめられていた姫は強者の暴走の恐さを嫌というほど理解していた。
強者は笑いながら全てを奪っていく――。
『はあはあ、あたしが助けなきゃ……!! あのおじさん死んじゃうっす!!』
だが、それでは駄目だとすぐに気がついた。今の自分にはいじめられている者を『守る力』があるのだから。
姫は小さな勇気を振り絞り、能力を発現させ、『機械の犬』を作り出し、現場に戻ると――。
『…………おじさんから離るっす!』
『この人の仲間か……? その犬……『機械』の能力者。安心しろ、命に別状はない』
現場には龍治はおらず、火に焼かれて、大きい火傷を負った早沢と制服を着た、修二がいた。
修二はしゃがみ込んで右手で早沢の頭に触れていた。
『えっ……傷が治っていく……あなたがやったんすか?』
早沢が負った怪我が魔法のように感知していく。姫は驚いて修二の顔を見る。
『…………』
修二は早沢の頭から手を離し、何かを考えるふうな素振りをして、口を開く。その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
『ふっ、俺は主人公だからな』
それだけ言うと、修二はその場を去ろうとする。
『あっ、待って……!』
『そのおっさんは『催眠術』の能力者だ。頭には触れられないようにしろ……まあ、あんたは戦闘向きの能力っぽいから問題なさそうだけどな』
そうおちゃらけた笑みを浮かべながら修二は去っていった。
◇◇◇
姫は修二との出会いを思い出していた。無償で弱き者を助けるヒーローの姿を……。
「どうしたの姫ちゃん? 機嫌よさそうだけど……」
「ううん~。何でもないっすよ! それでおじさんはこれからどうするつもりすっか? 戦わなきゃいけないすっよね?」
「……そうだね。ぼ、僕の能力は戦闘向けじゃない……対象の頭に触れる必要があるからね……」
催眠術の能力――。
対象の頭に5秒以上触れて、対象を意のままに操る能力。
この能力の最大の弱点は『対象の頭に5秒以上触れる』の部分だ。
化け物揃いの能力者相手にほぼ不可能な条件だ。
「にひひ、大丈夫! あたしが敵を拘束するすっからっ! 今のあたしには『力』があるからね。あたしたちは『同盟関係』すっよ!」
姫は無邪気な笑みを浮かべる。
『力』に虐げられた弱い自分はもういない……自分にそう言い聞かせて。
「そ、そうかい……」
早沢は二回り以上違う姫の言葉に安心感を得た……それと同時に強い劣等感に襲われる。
「…………」
「? おじさんどうかしたすっか?」
「いや…………僕にできることを探さないとって思ってね」
早沢は持っていたブランデーの小瓶の封を開けて、口をつけて一気にあおった。
「……それ強いお酒なんすよね? 大丈夫――」
『ワンワン!!! ワン!!!』
姫がそう声をかけた瞬間、部屋に設置していた『犬の機械』が吠え始める。
それは敵の襲来を意味していた。