動き始めるゲーム
◇◇◇
同時刻――。
新宿が一望できる超高層ビルの屋上にて――。
雨の能力者、小川空也は命からがら、香奈枝との戦闘を切り抜けた。
「…………くっ」
一歩間違えば……いや、『一歩間違った』からこそ自分は生きている。その考えが空也の心に恐怖を植え付け、次の戦いへの戦意を鈍らせる。
だが――。
空也としては雨が降り続いている『好機』を逃すわけにはいかない。
これを逃せば期間中、雨は降らないかもしれない……そうなれば海や大きな川がない新宿では不利だ。
(雨のおかげで……他の能力者相手にはうまく立ち回れます……獣も動き、ここからが正念場ですね)
空也は両手を上げて、雨に語り掛ける。
『コネクト・レイン』
この技は空気中の水分を利用して、人間の生体反応を索敵する。
さらに雨が降っていれば探索範囲は広くなり、会話を盗み聞ぎ、自分の言葉を送ることもできる。
先の修二と龍治の会話に割り込んだ技がこれだ。
『火』『水』『雷』の能力はゲームでは『レギュラー3』と呼ばれ、必ず舞会のゲームに組み込まれる。
他の能力よりも水準は高く、さらには応用力もきくため、勝利者になることも多い能力だ。
特にリピータがこの能力を得た時の力は絶大で、空也は自分ができることを正確に理解していた。
「…………なるほど。戦果様は『雷』様『死』様と行動を共にしておられるようですね。あと私の探知範囲にいるのは『機械』の能力者様と『催眠術』の能力者様ですか……」
ここで空也は考える……いかに雨が降っているとは言え、香奈枝を含めた3人の能力者を相手どれるとは思っていない。
そもそも、この三人が手を組んでいることが空也にとっては非常事態だ。
このゲームは『4人』しか生き残れないのだから……。
「…………この先、僕が誰かと手を組むことになるとしても…………最低『1人』は誰かを殺す必要がありますね」
タイムリミットの3日まであと1日と少し……それを過ぎればキル数の多い上位4人が生き残るのがルールだ。
「キル数が同列の場合は……戦闘回数が多い方が生き残る。僕は安全です。僕は既に7回ほどの戦闘を起こしている……ここまでは、計画通りでしょう」
執事は自身の考えに間違いがないことを再確認すると軽くうなづく。
「…………僕のご主人様はいつ現れるのでしょうか。それまでは僕は絶対に死ぬことはできない」
空也の脳裏には初めて参加したゲームで失った『ご主人様』の笑顔が浮かんでいる。空也を最高の執事と信じてくれた唯一の存在――。
そんな主人の『願い』を叶えるために空也は今、血塗られた道を歩んでいる。
「僕は……狂っているのでしょう。だけど……僕は戦うことを辞めません……例え戦果様や雷様よりも劣っているとわかっていても、足掻き続けます」
空也はもう止まらない……『止まれない』。ゲームをクリアして、この地獄で本物の『ご主人様』を見つけるまでは……自身の感情を殺す。
「さて……僕の狙いは『機械』様。『催眠術』様、彼らの能力……とくと拝見させて頂きましょう」
空也がぼんやりと、呟くように言った言葉は、まるで雨にとけていくようだった。
◇◇◇
同時刻――。
新宿、神楽坂にあるとあるファミレスにて――
「ふふふっ、ゲームが本格的に動いてきたわね」
「うん……」
ファミレスのソファー席には向かい合い、2人の男女が座っていた。
「このゲームを止める方法は本当にないのか……」
苦々しい表情で呟くのは『武器庫』の能力者、宗像慎太だ。正面に座るのは『心』の能力者七川三咲。
「…………くそ」
慎太はこの数時間、必死に参加者全員でゲームから抜ける方法を考えた。だが……たかが数時間程度ではできることは限られてくる。
しかも、ゲームには3日という期限がある。
「それでこれからどうしましょうか? ゲームをクリアして『外』で『黒幕』を追い詰めるのかしら?」
「……いや、僕は最後まで足掻くよ」
「それで何も見つからなかったら?」
「喜んで誰かのために死ぬよ……僕ができるのはそれだけなんだから」
慎太は力なく笑う。だがその瞳には強い思念が宿っているようだった。
「…………」
そしてその考えていることもとても綺麗だ。このゲーム状況には適さないが…とても綺麗だ。
(ふふふっ、このゲームが終盤に差し掛かった時、この信念がどのように黒く染まるのかを……見たい。そのためには他の能力者に会わせていた方が『面白い』わね)
「ねぇ、このゲームからの脱出方法を探すのもいいのだけど……1度他の参加者に会ってみるのはどうかしら? そろそろ『最初の脱落者』が出てもおかしくないわ」
「そうだね……七川さんの話だと、『誰かが死んだらメールで連絡』が来るんだよね?」
「ええ、その通りよ」
「『まだ連絡はない』けど……戦闘はいくつも起こっている……そうだよね?」
三咲もそこに偽りはなく、騙すつもりもないので、慎太の言葉にうなづく。
「……僕は会ってみたい。僕と同じく『世界に絶望』している人達に」
慎太は深く何かを考えながら軽くうなづく。その表情と心には悲しみ、哀れみ、同情、怒り……様々な感情が入り乱れていた。