雷の意思
◇◇◇
修二と香奈枝が再会する少し前――。
新宿内にある大企業『竜胆カンパニー』の支社ビルの社長室にて――。
若い20歳ぐらいのスーツ姿の女性『雷の能力者』、田中――いや、『竜胆つぼみ』は『火』から負った傷を能力による『副産物』により、ゆっくり、ゆっくりと丁寧に治療していた。
その表情は暗く、目は虚ろだ……。
「…………帰りたい」
つぼみはボソッとそう呟く。
つぼみはこのゲームに巻き込まれる前までは現実になど興味はなかった。
実の親に名家、竜胆家へ売られた。それから優しい竜胆家の人たちの奴隷。
奴隷と言っても竜胆家の人たちはとても優しく、つぼみが嫌がることは一切しなかった。対等な家族として扱ってくれた。
そんな『家族』と過ごすうちにつぼみは思う――。
『……私はこの家族と一緒に過ごす資格がない。ここは私の居場所じゃない。家族との絆なんておこがましい。消えたい』
それは『実の親に捨てらた』劣等感からくるものだと自覚していた……嫌というほど自覚していたからこそ、つぼみはどうしようもなく『世界に絶望した』。
得られた幸せを素直に受け取れなかった……自己否定が止まらない。
でも今は――。
「帰りたい……帰りたい……あの家に帰りたい」
自分の愚かさを呪いたくなる……失ってから大切なものだったということに気がついた。
つぼみは『火』との戦闘で『死』を覚悟した瞬間、『恐怖』した。死んで二度と『家族』と会えないことを――。
気がついたら、能力を本能的に思いっきり振りかざし、戦場から逃げ出した……。
「絶対に生き残る……生き残って『家族』の元に帰るんだ。『私のまま』で……」
つぼみの目に光が灯る。
強い意志――決意がつぼみの中に芽生えた。
「でも……もし……私が人を殺したら家族は悲しむ……笑って食卓に並べない気がする。だから、私は誰も殺さないで現実世界に帰る」
このゲームで夢を見ている子供のような発言だ。
だが、香奈枝は本気だ――『自分のままで現実世界に帰る』。
それが全てだ――。
「…………」
その時、竜胆家当主の言葉が頭に浮かぶ。
『社畜の心得。つらい時には誰かに頼る。できないことを自分自身だけで何とかしようとするやつは3流だ。人間わがままなぐらいが丁度いい』
「そのためには仲間がいる――」
そうしてつぼみは仲間を探し始めた。このゲームを生き残るために……。
◇◇◇
新宿の地下、地下鉄のホームにて――
修二と香奈枝は今後のことを話あっていた。
「すぅーはぁー、すぅーはぁー……おほん、修二君、私はすっごい魔女だから何でも聞いてよ!」
修二の言葉で取り乱していた香奈枝だったが、深呼吸をして落ち着いたのか、きりっと真面目な顔をして修二に問いかける。
「今更真面目にされてもな……」
「さっきの見苦しい私は忘れて! お風呂入りたい! 綺麗に洗い尽くしたい」
「まだ引きずってるじゃねぇか……聞きたいことって言われてもな……俺はネタバレはされたくない」
「うーん、君ならそう言うと思った。ナイス中二病。でも……これだけは言わせて」
香奈枝は呆れながらも心配そうに修二のことを見る。
「『獣』とは絶対に単独で戦わないで……お願い。あれはこのゲームの開けてはいけない『ブラックボックス』なんだから」
「…………」
「『獣』の対処法は『放置』と『集団討伐』しかない」
「…………」
「それほど強力な能力者なんだけど……」
そこで香奈枝は修二の顔をまじまじと見て、呆れたようにジト目でにらむ。
「……修二君? 私結構真面目な話をしてるんだよ? 何でそんなに嬉しそうなの?」
「よし、お前は引っ込んでろ。俺1人で戦う。俺の邪魔をしなければ最後まで生き残らせてやる」
「ああああ! 修二君わくわくしてる……!! 本当に危険なんだよ!? だいたい――」
その時、頬を膨らませて怒っていた、香奈枝が言葉をきる。その意味はすぐに修二にもわかった。
「電車の線路から……誰かが凄まじいスピードで近づいてくるな……」
「うん……やっぱ修二君の五感はすごいね。私の能力索敵と同等だもん」
「そんなこと言ってる場合じゃない来るぞ」
その時、バチッと何かが弾ける音と、白い閃光が一瞬視界をくらますと共に一人のスーツ姿の女性が線路に立っていた。
「雷の能力者だね……」
「ああ、真正面から来るとはな」
修二と香奈枝は警戒するが……女性は両手を上げて戦う意思がないことをアピールする。
「戦闘の意志はないわ。悪いけど……『能力』であんた達の会話を聞かせにらった。その上で提案があるわ」
「提案だと……?」
「ええ、特に男の方、修二と言ったわね。私と利害が一致する――私と手を組まない?」
雷の能力者、竜胆つぼみは真剣なまなざしでそう言った。
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