最強のヒロイン
◇◇◇
香奈枝が空也との戦闘を切り上げて数分後――
新島修二は雨が降る地上を避け、新宿に張り巡らされた地下鉄の内部を移動し、新宿3丁目のホームに到着した。
普段なら人がごった返しているが、今は静かで電気だけがついている。
『グガガガガガガガガガガ!!! ガアアアアアアアアア!!』
その時、獣のような声を聞いた――
その叫びの距離は遠い……おそらく3キロ以上は離れている。だが、それでもその叫びからは得体の知れない化け物が近くにいる恐怖を感じる。
さらには修二の研ぎ澄まされた五感はその叫びに対して、言いえぬ不安を抱かせる。
「…………『獣』か」
修二は以前の心の能力者の七川三咲の言葉を思い出していた。
『リピーター『戦火の魔女』と能力者『獣』には注意なさいな。戦火の魔女は『16度』ゲームをクリアしてる怪物、獣は――出会ったら何を優先にしてもひたすら逃げなさいな。あれは能力者の範疇をゆうに超えている――化物よ』
「…………『魔女』に『獣』か中二病にはたまらない設定だな」
修二はわくわくしながらつぶやく。是非とも戦いたい――そんな気持ちが溢れてくる。
(獣は叫び声の方に行けば会えるだろう……魔女は……来たか)
『修二君……!! よかった、まだ獣のところ行ってなくて!』
その時、近くの階段から香奈枝が慌てた様子で降りてきた。
「相変わらず俺の居場所は把握してるみたいだな……」
「愛の力かな……!!」
「…………」
(俺って妹の夕以外の女子には避けられる人生を送ってきたからな……こういう時、どういう顔したらいいかわからん)
「ん? ああ! 修二君もしかして照れちゃってる!? うぅ、ああもうっ、可愛いなぁ! これが萌えというやつか!」
香奈枝は身もだえながら、修二に抱きつこうとするが……修二はそれをさらりとかわす。
香奈枝ほどの美少女に抱き着かれるのは男としては嬉しいが……戸惑いの方が大きい。
「むぅ、触れ合うのはもっと仲良くなってからって言ったけど! 凄まじくびしょ濡れになる最強の修羅場を潜り抜けたんだよ? 再開のハグぐらい大目に見てよ!」
「お前の例えはよくわんねぇよ……なんで泣きそうになってるんだよ」
目の前の小動物のような少女に心を許したくなる……が、どうしても聞いておかなければならないことがある。
「さすがは『魔女』だな。この短時間で何人殺した?」
「……なっ! い、いやだなぁ……私は少し人生を悟る散歩をしていただけだよ? ま、魔女とか何? 確かに修二君とベッドに入る時は性欲旺盛になって夜の魔女になるかもしれないけど! エッチの経験ないから知らないけど!」
香奈枝は急に饒舌に語り始めて、何かをごまかすように目の前で手をぶんぶんと振る。
(はぁ……どさくさに紛れてとんでもないことを聞いた気が空けど……スルーしよう)
「俺は五感が強化されてる……お前からは血の匂いがする」
「…………えっ」
修二がそう話すと香奈枝は驚いた顔でたっぷり5秒ほど固まる。そして顔がだんだんと赤く染まり――。
「わああああああああああ!!! お風呂! お風呂はどこ!? すぐにお風呂入る!」
「いや……問題はそこじゃねぇだろ……」
「そこでしょ!? わ、私、気になってる男の子に血の匂いがするとか言われたんだよ!? よ、よし、今日はちょっといいボディソープ使ってシャンプーもいいのちゃおう。うん」
「…………」
(はぁ、こいつどこまで本気なんだろうな……あまり演技しているようには見えないけど……余裕なさそうだし)
「それで? 1人、2人は倒したのか? 魔女さん」
「…………あっ」
修二がそう聞くと、香奈枝は修二から視線を外しギクっとする。まるで悪事がバレた子供のようだ……。
「い、いや、誰も倒してないです……うぅ、修二君、私のこと知ってる?」
「16回ゲームをクリアしてる化け物なんだろ?」
「むぅ……『あの子』がチクったのかおのれ……」
「あの子? ああ、心の能力者のことか。リピーター同士知り合いなのか……あいつからは魔女がいると聞いただけだ」
「なら私じゃない可能性もあるじゃん?」
「お前みたいな『特殊な雰囲気』のやつは絶対に普通じゃない。お前の反応からして案の定だし。隠してたのか?」
「いや! 違うんだよ! 別に隠してたつもりはなくて! た、ただ、そんなの普通の女の子じゃないし……気になる人にいきなり嫌われたくないし……」
香奈枝はぶつぶつと独り言を言い始めた。そんな香奈枝に修二は首をひねる。
「? 何を慌ててるんだ? ゲーム16回クリアの魔女とか最高にかっこいいじゃねぇか」
「本当!?」
香奈枝は目を見開きずいっと修二に顔を近づける。その目は真剣でまるで戦闘の時のようだ……。
(う、うーんどう答えれば……そういえば妹の夕が『お兄さん、女の子はとりあえず可愛いって言っとけば上機嫌になります。好きな人限定ですが……』とか、言ってたな)
「あ、ああ、最高のヒロインだ。最高に可愛いと思うぞ」
「か、か、か、可愛い!? い、いや、よ、容姿には気を使っているつもりだけど……ま、まさか修二君にそう言われるなんて、うぅ、ますますお風呂入りたい。うん、まずはお風呂。お風呂」
「…………」
慌てる香奈枝をよそに修二は今の状況を冷静に分析し始めた。
(もしかして、俺は最強のカードを手に入れたのか? いや、この女が信用できるとは限らない。だけど……無闇に追い払うのは損するな。一緒に行動するべきだ。何より……この女は面白い)
修二の目的はこのゲーム楽しんで勝つことだ。その目的を達するために香奈枝を利用することにした。
その決断が修二の運命を決定づけるとは知らずに……。