リピーター
◇◇◇
時は少し過ぎ――。
自然公園にて――
『水の能力者』、小川空也VS『銃の能力者』、黒江香奈枝の戦闘は先の修二と龍治の戦闘に劣らないほど激しさを増していた。
空也が雨を操り水の弾丸で大木をなぎ倒すも、致命傷になる攻撃は全てかわされていた。
雨粒の弾丸はいくつも香奈枝の身体を貫通し、大量の血を身体にまとっている――が、それは致命傷にほど遠く、受けた瞬間香奈枝の『能力』によって治癒していった。
さらに香奈枝は空也にじわじわとダメージを与え、左腕に関しては完全に撃ち抜かれ、能力の『副産物』である自己治癒を待つしかない状況だ。
「……まさか、これほどの『怪物』だとは。『銃』の能力はそこまで強くはないはずですのに……」
「魔女の次は怪物かぁ……むぅ、どんどん普通の女子高生からかけ離れていく気がするでござる……」
空也は戦闘中に自分の中で湧き上がる恐怖の感情を抱きながら自然とそんな言葉が出た。
雨の弾丸を一瞬で回復する能力のことを言っているのではない……空也が恐怖の念を抱いているのはその圧倒的な『戦闘センス』だ。
(決して……僕の猛攻に対して致命傷は受けず、こちらには精密に急所を狙ってくる。雨が降っていなければとっくに僕の急所を貫いているでしょう……彼女と僕では能力者としての『質』が違いすぎる)
空也は前のゲームの経験により、『銃』の能力の弱点は熟知している。
それは能力の換装、銃の切り替えに5秒ほど隙ができるということだ。だが、香奈枝は他の銃に一切換装せずにライフル『テンペスト』のみで空也を圧倒していた。
(……あのライフルも初めて見る形です。くっ、僕が知っている『銃』の能力とは別物だと考えた方が良さそうですね)
数手のやり取りで空也は自分と香奈枝の実力差を実感した。
その時、香奈枝がふと構えていたライフルを下げ、楽しそうな笑みを浮かべる。
「ふふっ、現状の戦力分析は済んだ? 尻尾を舞いて逃げるんなら見逃してあげないこともないよ? 私は大暴れして気は済んだし。ヤンデレタイムはお終い。修二君の『獲物』を横取りするのも気が引けるし」
「こちらの考えはお見通しですか……ええ、それも1つの手ですね。プライドではこのゲームは生き残れませんから……」
空也は過去に2度このゲームを経験している。その中で『何よりも自分が生き残ることを優先する』それは強く学んだことだ……だがこれはチャンスでもある、魔女を倒すーー。
「申し訳ございませんが……もう少しだけお時間を頂けますか? 『雷』の能力者が現れる前にはこの戦闘を終わらせますので」
「んん、なして雷?? 確かに『水』と相性は悪いけど、雨が降っている今なら『少し厄介な程度』でしょ?」
「ええ、能力だけで言えばそうですね……脅威度で言えば『獣』の方が数段上でしょう……しかし、問題はその能力者の女性です。ふふっ……」
空也は不適な笑みを浮かべながら天に向かって手のひらを伸ばす。
「驚異的な『能力者適正』を持つのは貴女様だけではないのですよ……先の火様との戦闘見て確信しました……あの方も『天才』です……私みたいな凡人には頭の痛い問題です……」
「…………へぇ、それは楽しみだけど…………今はそれよりも君をどうにかしなくちゃいけないみたいだね。『切り札』を使う気だね」
「ええ……ここで貴女様が脱落すれば僕の生き残る可能性が格段に高くなりますから、もし通用しなければ……ふふっその時はその時です」
「……リピーターなだけあって、戦闘狂だね……だから君はエセ執事なんだよ」
「……エセですか。その通りでございます。僕は『ご主人様』のいない『出来損ない』の執事ですからーー」
空也は一瞬悟り切ったような、自傷的な笑みを浮かべるが、すぐにいつもの柔らかな笑みを浮かべる。
その笑顔は顔に張り付いているようだった。
「貴女様が僕のご主人様になって頂ければ話が早いのですがーー」
「やだ、私は修二君一筋なの」
「ふふっ、これ以上の会話は無駄ですね。戦果の魔女様、貴女様を殺させて頂きます。いきますよ――『アナザー・レイン』」
空也は自らの頭上に空気中の雨を集める……そのせいで空也の周りだけ雨が止み、上空に数千、数万の『水の矢』を作り出す。
それはもはや……『兵器』とよべるものだった。
しかしーー。
「おーすごいすごい、すっごく綺麗な光景。修二君と2人っきりで見たかったかも。とってもロマンチック!」
香奈枝は観光名所を見るようにはしゃいだ反応を見せる。それは余裕の現れで、今の香奈枝は恐怖心を感じていない。
いや、感覚が麻痺しているのだ。この命をかけた状況こそ、香奈枝の日常だから……。
「さすがは魔女……大した余裕ですね」
対して空也は執事として丁寧に冷静に対応する。それは空也が自分で決め、『縛り付けられた』生き方だ。
空也はーー『執事であることを自ら望み、押し付けられた』。それ以外の生き方を知らない。
常に冷静にーーどんなことがあろうとも。この時まではーー。
『あーあ、綺麗なだけでいればいいのに。逃げればよかったのに。こうなっちゃ、私もやるしかなくなる。『ブラッド』ログオン』
空中に浮遊していた水の槍が空也の意志とは無関係に、一斉に弾け飛ぶーー。
「えっ……?」
空也にとっては何が起こったのかわからない……頭が状況を理解しようと思考を始める。
数秒前と変わった点は3つ。
1つ目は空也の能力が『強制解除』されたことにより、空也の周囲に雨が再び降ったこと。
2つ目は笑顔で立っている香奈枝が手にしている銃だ。それは大型のライフル『テンペスト』から『真紅のリボルバー式の拳銃』に差し代わっていた。
3つ目は自身の心臓から流れるおびただしい血と、強烈な痛みだ。
撃たれたーーー。
「がはぁぁぁ、くあああ、い、いつの間に」
(いつの間に撃たれた? いや、それよりも『予備動作』と『能力の換装スピード』が速すぎますーー。くっ、あれも見たことのない銃! 恐らく今打ち込まれた弾丸の能力はーー『能力の強制解除』)
「わお、その顔、もう私の銃のカラクリに気がついたんだぁ。さっすが! うーん、『レギュラースリー』がこれぐらいで死なないことはわかってるから……ありったけぶち込む」
(ーー殺されます!!)
「僕を護りなさい! 『リバティ・レイン』!」
空也がそう叫ぶと瞬時に水の壁が現れ、空也と香奈枝を遮る。だがーー。
「遅いーー。『テンペスト』」
「天候を操れる僕が逃げることしかできないなんて!! 『ミスト・レイン!!!』」
その瞬間、空也の周囲の雨が細かくはじけ飛び、霧上になり空也の姿を隠していくが……この技を発生させ時には空也はわかっていた。
(くっ、この程度で逃げられるはずがありません――次の手を考えなければ)
リピーターである空也は16回クリアという圧倒的な記録を持つ香奈枝の恐さを理解していた。だからこそ、もう一手何かをしなければあるのは死だけだと考える。
背筋が寒くなり、じわりじわりと死の気配が近づいてくるのを感じる。恐怖、不安、焦り、敗北感、それらが心にわいてくる。
さらに脳裏にはかつて失った『ご主人様』姿が浮かんでくる。
(ああ、僕は死ぬのか……)
だが――。
『グガガガガガガガガガガ!!! ガアアアアアアアアア!!』
そんな考えは遠くから聞こえた、このゲームの『最強のジョーカー』の咆哮にかき消された。凶暴で、野性的な声……だが、その中に女性らしさが混じっている。
距離で言うと1キロ離れているかぐらいからの声――。2人がそれに反応する。
「…………!!」
「…………とうとう『獣』が起きたね。この声質……今回の『獣』は若い女の子なんだ……可哀そうに」
香奈枝は悲しそうな表情を見せるが……何か思いついたのか、ハッとした表情になる。
「あああああ!! 修二君に『獣』のことを注意してなかった!!! あ、ああ、どうしよう!? あの子、絶対に面白がって獣にちょっかいかけるよ!!」
頭を抱える香奈枝。それは先ほどまで空也を圧倒していた魔女の顔ではなく、歳相応の高校生の顔だった。
「ごめん! 勝負はお預け!」
そう言って香奈枝は能力者の身体能力ボーナスを生かしてその場を去っていく。1人残された空也は短く息を吐く……。
「……くっ」
そして、張り付いていた笑顔を消して無表情で雨が降り注ぐ空を見上げる。
「だめだ、だめだ、だめだ、僕は執事になり切れていません、僕は執事になり切れていません、僕の唯一の生き方なのに……早くこの忠誠捧げられる僕のご主人様を見つけなくては。僕はいつまでたっても不完全です」
感情がない、ただうわ言のように呟く。その顔に人間らしさはなく、まるで機械のようだった。
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