因縁の2人
◇◇◇
同時刻――
豊田龍治はおよそ10分前に『水の能力者』の奇襲を受けて、修二との戦闘を中断し、デパートの地下街に1人逃げ込んでいた。
怒りをあらわに足音を鳴らし、酒売り場に入り、高級酒コーナーのガラスケースを拳でたたき割ってブランデーを取り出し一気にあおる。
そして――。
「くそがああああああああ!!!! 」
咆哮を上げて、飲み切ったブランデーの瓶を床にたたきつけ、派手に瓶が砕け散る。
「絶対に許さねぇ! あの水ヤロウ……!」
イライラする……。
せっかく下らない現実を捨てて、素晴らしい世界に来れたというのにーー。
◇◇◇
2年前――。
龍治は海外のとあるスラムの出身で、力こそ全てという環境で育ってきた。力のないものは死に力あるものだけが至福を肥やす、単純な世界。
『またボスが1人で敵チームを壊滅させたのか! あ、あの人は鬼だな』
『ああ間違いない。ジャパニーズオーガだ』
『下らねぇこと! 言ってるんじゃねl!!』
『ぼ、ボスいらしたんですか!?」
『テメェら!! さっさと次の強い獲物を探してこい!!』
だが……そんな力だけが全ての世界でも……限度はある。龍治は力を持ちすぎていた。
『もうあの人にはついていけねぇよ。利用するには強すぎる』
『ああ、住む世界が違う……化け物だ』
恵まれた身体能力に悪知恵が働く頭、野性味あふれる危機管理能力。
その全てが誰よりも遥かに上回っていた。
そんな龍治が集団から疎まれ迫害されるのは自然の流れだった。
しかし、その集団による暴力さえ、龍治は力で対抗し、返り討ちにした。
さらには信じて目をかけていた『仲間』と『妹』にさえ龍治の力を恐れ離れ、裏切られた……。
『ボス、死んでください……あんたを殺せば、俺達は組織に迎え入れられる』
『テメェらああああああああ!!!』
『あんたはいい兄貴だったが、俺達はあんたの強さについていけない……』
全てはみんな弱いのがいけない……そう龍治は考え世界に絶望していった。
◇◇◇
そんな龍治がやっと手に入れた全てを出し切れる本気の戦場――それが今いる世界だ。
それなのに……つまらない邪魔が入ったのが許せなかった。さらには勝ち続けてきた龍治から敵に命を気遣われるなど、屈辱以外なにものでもなかった。
「修二ぃぃ!! 決着は必ずつけてやる!!」
龍治初めて対等な殺し合いができる相手に心が躍る。その敵意はまさに燃え盛る火のようだった。
◇◇◇
同時刻――。
新島修二は龍治とは真逆の方向のオフィス街に逃げ込んでいた。
今いるのは建築系の会社のビルの10階建ての7階のオフィスで、当然誰もいないので赤い空と相まって不気味さを感じる。
「………もう傷が塞がり始めてる……この身体自然治癒能力も高いのか」
修二は応接に室にあったソファーに座り『水』の雨の弾丸で負った怪我の応急処置をしながら、『冷静に冷静に』と自分に言い聞かせる。
(火との戦闘を邪魔されたのは非常に腹立たしいが……正直、命拾いした……あのまま戦えばもしかしたら『一度』死んでいたかもしれない。はぁ……マジで融通の利かない能力だな……)
「…………ん?」
自分の能力の脆弱さに頭を抱えていると……その時、ビルに人が入る気配を感じ取った。
修二のいる7階から距離は離れていたが、優れた五感はその足音を正確に聞き分ける。
(この足音……聞き覚えがある。心か……くそ、咄嗟に忍び込んだビルだから、逃走経路が確保できてない。くっ、それがわかっての来訪か……話があるってことか?)
修二は小さく溜息をはくと、ソファーにもたれかかる。ビルの高い天井を見つめる。
(……火との戦闘楽しかったな。俺の五感と身体能力は十分正面からやりあえる。白い火、やつに切り札を出されなければ……)
自身の突出した身体能力に疑問は残るものの、先の戦いは修二に忘れられない高揚感を与えた。
もっと戦いたい……そんな考えが頭をよぎる。
『くすくす、話に応じてくださるということは、わたくしは嫌われていないようね。安心しましたわ』
すると、心の能力者、七川三咲が応接の入り口からひょっこり顔をのぞかせる。
その顔には小悪魔的な笑みが浮かべられている。
「やっぱり火に俺の情報を売ったのはお前だったか……あいつは一直線に俺のアジトに向かってきたから、おかしいと思ったんだ」
「ふふっ、気に入って貰えたかしら?」
「ああ、最高だ」
「それはよかったわ。気になる人に喜んでもらえて幸せだわ」
三咲はそう言いつつ、スカートを気にしながら修二の正面のソファーに腰掛けた。そんな些細なしぐさ少女の年齢にそぐわない蠱惑的な魅力を感じる。
「……それで? 今度は何の用だ? さっきの火との戦闘の礼だ。好きな質問に答えてやる」
「ふふっ、それなら一つ話を聞いて貰おうかしら?」
「話だと……?」
「ええ、あなた……このゲームに呼ばれる条件ってご存知? ……ふふっ、答えなくていいわ。知らないみたいね」
「……勝手に話を進めるな。事実だけどな。なんか条件はあるのか?」
「ええ……それは『現実世界に絶望している』ことよ」
「…………」
(なるほど……俺が呼ばれるわけだ)
修二は三咲の言葉をすんなり受け入れて、納得する。なぜならそれは『まぎれもない事実』だからだ。
「くすっ……わたくしが話したいことはそれだけよ」
用はすんだとばかりに三咲はソファーから立ち上がる。
「…………?? お前何しに来たんだ?」
そんな話だけならわざわざ危険をおかしてまで会いに来ることはない。修二は三咲の真意がわからず首をひねる。
三咲はそんな修二を小悪魔的な笑みで見る。
「ふふっ、しいて言うのなら修二さんのその可愛い顔を見に来たのよ。ああ、そうそう、最後に――あなたの持つ『死』の能力。『死ぬ』のはギリギリまで我慢した方がいいわ? 面白い『副産物』も持っているみたいだし」
(俺の能力を探るのが本命か……)
「はん、戦闘中に俺の心を読んだのか……お前に言われるまでもない。元から俺の切り札は『副産物』だ。1回死ねる能力なんていう、『試せない能力』を宛てにするつもりなんて最初からねぇよ。あくまで最終保険だ」
「ふふっ、本心のようね。心を読む能力は細部まではわからないので……心配になってしまいました」
「お前に心配されるいわれはないんだけどな……火をけしかけたのはお前だし」
「ふふっ、それは失礼。修二さんとはまたお話したいわね。それではごきげんよう」
そう言い心は出て行った。
「くえないやつだ……何を考えてるんだか」
戦闘能力は0の心を読む能力……本来はそこまで警戒する必要のない能力だ。
しかし、修二にはあの『火』よりも厄介な存在のように感じられた。
「さて、そろそろ……俺も動くか。まだ雨は降り続いている『水』はこれを機に能力者狩りをはじめるはずだ。それに豊田との決着もつけてやる」
修二はゲームに心を躍らせる。修二にとっては……この世界に現実世界にはなかった幸福が確かにあった。