アイドルマッチングアプリ
ある男がいた。彼は大学生で今年就活を迎える。彼はアイドルが好きで、ガチなアイドルオタクほどではないが、そこそこのアイドルオタクであった。推しは、松本春花であった。彼は、どうしても会いたかった。会いたくてたまらなかった。それなら握手会に行けばいいではないかというかもしれないが、そうではなかった。五秒間握手をして終わりではなく、もっとじっくりと二人で会いたかったのだ。アイドルとしてではなく一人の女性として会いたかったのだ。
そんな彼に、朗報がきた。彼はたまたまスマホで検索をしていると、そこに、「アイドルマッチングアプリ」というアプリがあった。怪しいなと思い、更に検索してみると、名門大学が作成しており、詐欺ではなさそうだった。中身を見てみると、一時間二千五百円で、一日一万五千円で、アイドルと二人っきりで、デートを楽しめるというものだった。キャッチコピーは、「猫じゃない私とずっと一緒にいてくれる」と書いてあり、本来の素の姿のアイドルと擬似デートができるそうだ。彼は、思わず発狂してしまった。早速インストールし、推しメンを検索すると、「松本遥花 一件 空きあり」と表示された。 彼は、迷うことなく、予約をし、一万五千円をクレカでキャッシングした。
後日 アプリの運営から電話がかかってきた。
「こんにちは お世話になります。ご予約いただきありがとうございます。早速ですが、予定されていた日にちにお間違えないでしょうか 」
「はい」
「かしこまりました 。それでは、プランのご確認ですが、本当の私だけ見て?プランでお間違えないでしょうか?」
「はい 大丈夫です。」
そう プランが二つあった。 一つは「アイドルプラン」 もう一つは「本当の私を見て?プラン」だった。私は、飾らない彼女を見たかったので、後者を迷うことなく選択したのだ。
「かしこまりました 。それでは、朝九時に東京駅でお待ちください」
「はい」
「それでは、当日最高の夢の時間をお過ごしください。何かありましたら、こちらのコールセンターの方までお電話ください。それでは失礼いたします」
と、電話は終わった。電話を聞く限り丁寧な接客で、しかもアフターフォローもあるとは、しっかりしているなと感じ安心した。そして、ついにその日を迎えた。
東京駅には、朝八時には着いていた。前日に楽しみすぎて眠らなかったのである。彼女のために何をきたら喜ぶか迷いに迷ってしまい服選びに二時間かかってしまった。春ちゃん喜ぶかな?こんな気持ちになるのは初めてだった。こうやって好きな人とお金の関係でも一緒にいられると思うと余計に嬉しくなってしまうものだ。三十分経つと、春ちゃんのような、姿の女性がこっちに向かってきた。目の下と口元にある黒子 二重のまぶた そしてお似合いのショートヘアー 彼は確信した。
「あの 松本さんですか」
「はい 今日はよろしくお願いします。」
ドキドキして緊張していた。春花さんは、どちらかというと、少し無口な感じだった。でも誠実そうだった。
「あの どうかな? 喜ぶかなって思ってきてみたんだけど」
「そうなんだ ちょっとダサいかな なんかもっとこうジャッケトみたいなのきた方がかっこいいよ」
まさかのダサい評価にイラッとしたが、でも今推しメンが目の前にいるのだ。そんなことで折れてどうすると思い、笑顔で振る舞った。
「そっかごめんね」
「ううん 大丈夫」
彼女は目を逸らした。そういえば彼をみて彼女は一度も笑ってくれない。なぜ笑ってくれないんだ。もっと笑えよと思った。こっちは金払ってんだからと言いたくなった。しかし話題が悪かったのだと感じ、別の話題をふることにした。
「あのさ今日 どこ行きたい?」
「うーん そうだな? 」
おそらくカフェというだろう 彼はもうおしゃれなカフェを予約してあるのだ。これで、挽回できると、気の利くアピールができると彼は確信していた。
「あ 秋葉原 あそこがいい うち ゲームめちゃ好きやねん」
彼女は、照れ臭そう笑ってくれた。嬉しい反面 カフェをキャンセルしなきゃいけなくなってしまった。まあそんな犠牲はさておいて、彼らは秋葉原に行くことになった。でも隣に笑顔を浮かべる春花がいてくれると思うと胸が熱くなった。
彼らは、三駅お隣の秋葉原駅に向かった。秋葉原に行くとSEGAのお店に向かった。
実は彼は、秋葉原が大の苦手だ。そもそもオタクという品種が苦手で、それが集まる聖地と呼ばれるこの場所はもっと苦手だ。そして、オタクといえばゲームであり、まさにこのゲームが、彼女のプロフィール欄で唯一合わない点である。ゲームは特に苦手で、ゲームの話をされてもちんぷんかんぷんなのだ。
SEGAに入ると、春花は目を輝かせながら、UFOキャッチャー覗き込んだ。
「あ これみて うわー めっちゃレアやん」
と彼女は、そう言って千円札を両替しに行った。いや まさかな一回くらいのプレーで終わるだろう。まあ でもこんな純粋なアイドル番組では見れない彼女の一面を見れるんだと思うとすばらしいではないかと自分に言い聞かせた。案の定 彼女は、早速レアアイテムの入っているブースに両替したての百円玉を投入した。
「うわ〜 むずいわ〜」
彼女は、楽しそうにまた、百円玉を投入していった。
「UFOキャッチャーよくするの?」
「うん せやで グループのみんなでめっちゃやるねん」
彼女は、どんどん投入し、気づけば千円を使い果たしていた。
「ごめん もう一回両替してくるわ」
と、千円をまた両替し、結局十五回目の挑戦でやっと取れた。
「ほらみて やっと取れたで」
「おめでとう」
彼は棒読みの役者のような声でいった。ともかく疲れてしまったのだ。ただでさえうるさいこのゲームセンターは頭がキンキンしてきて嫌なのだ。すると、彼女がスマホを渡してきた。
「はい とって」
「うん」
そう言って自撮りをしようとすると、
「あ ごめん これブログ用なんねん」
「そっか」
彼は、彼女と彼女に抱きしめられたフィギュアの写真を撮ってあげた。
「はい これでいいかな」
「うん バッチリ ありがとう」
彼女は、笑顔でそう言ってくれた。その時の笑顔は天使のような可愛さで今まであったことを許せたような気がした。やっとここから解放されると思ったが、甘かった。次に、二階のリズムゲームに行った。 今度は、彼女だけでなく彼もプレーさせられた。ゲームが苦手なためもちろんイージーモードでやったが、なかなかうまくいかず、楽しくなかった。
「ああ 楽しかった 次 うちが好きなカフェがあるねん きてくれる?」
「うん」
そう言って連れられると、今度は、メイド服を着たお姉さんがいっぱいいたのだ。そう秋葉名物「メイド喫茶」だった。
あちこちで「萌え萌えきゅん」が聞こえる中、彼は恐る恐る店内に入った。メニューも高額だったり、何よりメイドの「萌え萌えきゅん」が恐ろしく嫌だった。今自分一人だったら逃げ出していたはずだ。彼はメイドの洗礼を受け放心状態になっていたが、やっと気を取り戻し春花に聞いてみた。
「よくここは来られるの?」
「うん せやで めっちゃメイドの子がかわええからかな。 あとは、ここでぶりっこ学べば、バラエティーで使えるからね」
「そうなんだ」
「うん せやで 嫌だった?」
「うんうん」
彼は、ここを抜け出したい 早く違うところに行きたいという衝動を抑えた。そして、ご飯も食べ終わり、そろそろ違うところに行こうと思った瞬間
「待って 今 ごめんめっちゃすごいレア当たった ちょっとプレイしてええかな?」
「いいよ」
と言って春花はスマホを、机の上に取り出し、プレイし始めた。気づけば三時間くらいいたのではないだろうか。もっと長く感じたが、いくら声をかけても、聞こえないみたいなので、だんだん声をかけるのも諦めてしまった。ゲームが終わると、ハッとしたように春花が彼をみた。
「ごめん めっちゃ 集中してて もうでよっか」
「うん大丈夫 そうだね」
気がつくと夜になっていた。彼が考えていたプランは何も実行できなかった。おしゃれなカフェやレストラン行ったり、スカイツリーで夜景を見たりと、そんな願いが何もできなかった。でもまだ、どれかせめて一つだけでも叶えたいと思った。
「春花さん あの ごめんちょっと行きたいところあるんだけど、まだ大丈夫?」
「ごめん このあと収録あるからさ もう時間ないんだ。 ごめんね 今日は楽しんでいただけた?」
「う〜ん うん楽しかったです。」
「そっか じゃあまた予約してね 握手会も来てな」
「うん」
と言って、秋葉原駅で解散となった。
彼は、そのあと、家に帰り 押し殺していた気持ちを、酒で誤魔化そうとした。しかし、全く酔えずむしゃくしゃした。
「なんだ あのクソ女 自分のやりたいことばっかじゃねか 一万五千円損したぜ 」
そう言って、缶を握る潰した。
「あ そういえば よし、」
そう言って、彼は、アプリのコールセンターに電話をした。
「こんばんは こちらアイドルマッチングアプリです」
「おいなんだ あのクソ女は、金返せよ」
「申し訳ありません。何かお気に障りましたでしょうか」
「ああ なんだよ 人に気を使わねーし 客の言うことひとつも聞かねーし 聞きたくもない話ばっか聞かされるし散々だよ」
「そうでしたか 大変申し訳ありません。しかし、お客様 本当の私を見て? プランは、アイドルの素の私生活を状態と時間を共有できるというプランになりまして…」
「ああん つべこべ言わず 金返せよ」
そう言って、男からの電話は切られ コールセンターの女は、受話器を置いた。
「どう? クレーム〜来た感じ?」
「はい もう 教授 こんな電話ばっかですよ。 もう嫌になっちゃいます」
「仕方ないさ そういう実験なのだから」
「どういうことです?」
「う〜んまあ簡単にいうと、アイドルの彼女をみる時は、本人を見ているようで、自分の理想を照らし合わせてみているかどうかという実験だよ。 まあ結果は見え見えだろうけどな でも中には、高評価のもあるそうだ。つまり 理想を照らし合わせるだけの人間でなく、違いをわかちあえる人間こそが、愛しあえるんだろうな」
教授は、そういって缶コーヒーを飲んだ。
感想などありましたら是非教えていただければと思います。よろしくお願いします。