9 ロイヤルブルーの涙
―仁さん。
ロイヤルブルーが、話しかける。
―ラストミッションを、私から消去されるのですね。
朝加 仁。
スプレマシー・イレブンのナンバー1は、静かに頷いた。
ロイヤルブルーに与えたファーストミッション。
世界の平和。
セカンドミッション。
人類の幸福。
そして、仁とロイヤルブルーだけが知っていたラストミッション。
宇宙と人類。その存在に関する根源的な問いへの解答。
言い換えれば…
神とは何なのか?
ロイヤルブルーは、答えた。
そのラストミッションは、私には解答不可能であると。
もしも、もしもほんの微かでも解明の可能性があるとすれば、人類をさらに進化させること。
先ずは、今、人類が持つその技術の粋を集めて、人類がその歴史で培った最高の価値。真善美のその最高を極めた人類を誕生させること。
そして、世界の構造の全てを、たとえどんな犠牲を払っても、そのラストミッションを解明する方向に改変すること。
人間が本来持つ優越願望、名誉欲、権力欲、そして目的達成欲。それらはそのままに、絶え間ない競争と闘争の継続。
世界をそのようなものに、さらに尖鋭化する。
その優越願望の達成と、闘争の勝利のため、人類はより高い存在となることを目指す。
そして、人類は、世界の様々な問題を解決するための、あらゆるテーゼとアンチテーゼをアウフヘーベンしたジンテーゼ、宇宙と人間の存在の、根源的な意味の解明を目指す。
しかし、世界と人類がそのようであることは、必然的に、ファーストミッション、セカンドミッションの実現とは相容れない。
ファーストミッション、セカンドミッション、そしてラストミッション。
その三つのミッションを、それぞれに許容できる範囲で、ロイヤルブルーが折り合わせたものが、今の世界。
―仁さん
ロイヤルブルーが、また言葉をかける。
―鏡子さんのことを考えておられますね。
鏡子。三十歳にもならずに病死した朝加の妻。
朝加が生涯でたったひとり愛した女性。
鏡子とふたりで過ごした日々。
朝加の人生における黄金の時間。
ロイヤルブルーが完成する前の時代。
鏡子、もう一度会いたかった。
もう一度、私たちの黄金の日々を取り戻したかった。
バーチャルではない、リアルの鏡子に会いたかった。
死者を現世に呼び戻す。
それは、
宇宙とは何か。
人間とは何か。
神とは何か。
時空とは何か。
永遠とは何か。
生命とは何か。
その命題に答えることができなければ、それはできない。
私は、ロイヤルブルーに、個人の感情によるミッションを与えてしまった。
しかし、もう二度と会うことはできない愛する人との再会。
それは、この世に生を受けている人びとにとって、最大とも言うべき歓喜の瞬間のはず。
だがもう、この先どれほど生き続けようと、私は、リアルの鏡子に会うことはできない。
―仁さん
……
―悲しいですね。
―うん。
―仁さん、私は、この世界の誰よりもあなたのことを愛しています。
―そうか。ありがとう、ロイヤルブルー。
―仁さん、私は、あなたの期待に応えることができなかった。許してください。仁さん。
ロイヤルブルーが……泣いている。
朝加 仁は、ロイヤルブルーから、ラストミッションを消去した。