2 総也と頼子の日常(リアル)
総也と頼子は、ふたりで、公園をゆっくりと散策していた。
公園は、木々の緑と、色とりどりの花々が、見事なバランスで配置されていた。
公園内を静かに流れる小川のせせらぎの音が耳に快い。
「頼子さんは、すっかり若返りましたね。僕と歩いていると、親子に見えるでしょうね。やっぱり僕にも細胞活性化処置を受けてもらいたいですか」
「たしかに、そう思ったこともありましたけど、でも今の総也さん、素敵です。
もちろん、もともととてもハンサムでしたけど、成熟した男性の深みと渋さが加わって、若い頃よりもっと魅力的ですよ。また新婚の頃に戻ってという気持ちがあったのですけど、ほんとのお爺ちゃんになってしまうまでは、普通に歳をとってもらってもいいかな、と今は思っていますよ」
「そうですか。それは良かった」
頼子の今の容姿は、たしかに新婚時代のものだった。
細胞活性化処置を受けるに際して、頼子が、学生時代とかではなく、その年代を選択したということは、私と出会ってからのほうが、より幸福だったと感じてくれているからなのであろう。
総也は嬉しかった。
でも、さっき頼子が、総也に対して言ったことは、そのまま総也が感じていたことでもあった。
細胞活性化処置を受ける前の頼子は、成熟した大人の女性の魅力に溢れていたと思う。
総也は好きだった。
できることなら、まだしばらくは一緒に歳を取っていきたかったと思う。
総也と頼子は、公園のベンチに座った。
目に映る公園の風景は美しかった。
人類が誕生して以降の、人類の営み、その森羅万象の情報を包含したロイヤルブルーが作り上げた、人間の心がやすらぎ、美しいと感じる、その一タイプ。
世界は、とても美しくなった。
ひとの心も穏やかで。
戦争も、直接的な競争もない平和な世界。
総也の少年時代から青年時代にかけては、世界がそのように変化していく過程だった。
総也は、世界がどんどんと変わっていく姿を目の当たりに見続けてきた。
総也が物心がついてから、はっきりと少年と呼ばれる年代になるまでの数年間。
世界は混沌としていた。何だかやたらと賑やかで、人々は、今思えばとても攻撃的だった。
だが総也は、時々、あの時代が無性に懐かしくなる。
そのときの総也の周りにあった、猥雑で無秩序な街並みも。
「透也は、やっぱりエリートクラスになりたいのでしょうね」
「うん、透也はよくできた子だ。頭はいいし。性格も穏やかだし、可能性があるとなれば、やっぱりエリートになりたいのでしょうね。英理華さんのこともあるし」
エリートクラスになれば、ロイヤルブルーの持つ全情報に対して、ノーマルクラスには許されないレベルまでのアクセス権限が持てる。
そして、何より…
そのとき、ふたりの目に、五歳くらいの女の子が歩いているのが目に映った。両親と思われる男女と一緒に。
この年代の子供を見かけることは、なかなかない。
両親は、若々しかった。
そしてその女の子は、やはり、畏れを感じさせるくらいのレベルの美少女だった。
目の前を通り過ぎるとき、その女の子は、総也と頼子に向かって
「こんにちは」
と、何とも言えないほどに可愛らしい笑顔で、言葉をかけた。
両親も、ふたりに穏やかな笑顔を向ける。
「こんにちは、お父さん、お母さんとお散歩ね。いいわね」
「はい、よきお時間をお過ごしください」
三人の親子連れが通り去っていった。
「もし、透也が、エリートになったら」
頼子が次に何を言おうとしているのか、総也には分かった。
「私たちも、あんな可愛い孫が持てるのですね」
エリートクラスの最大の特権。
それは、ひとりだけだが、子どもが持てること。
その子供は、遺伝子操作がなされ、頭脳の優秀さも、容姿の美しさも最高を極めたデザイナーズチャイルド。
透也がエリートクラスになれば、男の子でも女の子でも望みのままに、ひとりの子どもが持てる。
そして、頭脳の優秀さも、容姿の美しさも、そして性格の高潔さも、人類の最高レベルを極めたその子は誕生した時点で、エリートクラス。
必然的に、その子も子供を持てるので、わが宇野家の血脈は、遺伝子が改変されるとはいえ、連綿と続くことになる。
しかし、何の非の打ち所もない、完璧な頭脳、容姿、性格をもった、その孫を、私は心から愛することができるのだろうか。
ノーマルクラスは、子供は持てない。
それが決定されたのは、十数年前。
透也は、今の世界の中で、自然分娩で誕生した最も若い世代なのだ。