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15 英理華

「英理華が、とっくんのお嫁さんになれたら、英理華は凄く嬉しいよ。それが、英理華の小さいときからの夢なんだから」


「僕も英理華が大好きだよ。小さいときからずっと英理華のことだけが好きだった」


「結婚したら、ふたりとも凄く幸せになれるよ。それはよく分かってる。でもその幸せは、そんなに長くは続かない」


「なぜ」


「幼いときのとっくんは英理華のことが好きだった。今のとっくんも英理華のことを一番好きでいてくれる。そのこと、とても嬉しいよ。でも、とっくんがもっともっと大人になったら、とっくんは、英理華のこと、物足らなくなる。

  だって私は、エリートなんだよ。底抜けの善人で、お人好しで、単純な。

 このロイヤルブルーの世界を、何の疑問もなく受け入れて、その世界をただただ愛することしかできない。


 とっくんみたいな男の子が、そんな女の子を、いつまでも一番愛し続けることができるわけがない。


 とっくんは、英理華のこと今でも好きでいてくれるから、そのことはっきりとは気付いていないかもしれないけど、今でもふたりでいるとき、いったい何を話せばいいんだろうって思っていることが時々あるもの。

 私、それを感じて悲しくなるの。

 英理華には、とっくんが面白がってくれそうな話なんかできないし。

 英理華、とっくんを困らせたくない」


 そのことは、僕も時々感じることはあった。英理華のようなこころの中に善意しかないような人間は、僕のする話の中で、どう対応したらよいのか分からないこともあるのだろうなと。


たとえ、相手がノーマルであっても、先日話しかけてきた浅野のときのように、英理華は、いくらでもにこやかに対応することができる。


でも、相手が自分の好きな人で、その人と、こころの奥底にまでかかわる話をしようとしたら…。


 英理華は、僕とふたりでいるとき、精神的に疲れることもあったのだろう。


 そして一般論で言えば、こころの中が善意だけで出来上がっている人というのは、たしかに話をしていて面白い相手ではない。

 幼いころから少女時代の英理華については、優しくて、可愛くて、なんてこころが綺麗な女の子なんだろう、としか思わなかったけど。


英理華は最近になって、その直感で、僕と英理華は、本質的に違う人間であると気付いた。


でも、僕は英理華が…。


「でも、私、自分でもそのことはよく分かっていたけど、大好きな人のことだから、ロイヤルブルーにも何回も訊いてみた。英理華が、とっくんのお嫁さんになったらどうなるか。

 答えはいつも同じだった。」


「僕は英理華が大好きだ。ふだんの話なんかどうでもいい。英理華がそばにいてくれるだけで嬉しい。

 ロイヤルブルーが何を言おうが、英理華を一番愛し続けることができないだなんて、そんなことあるわけがないだろう」


「ありがとう。でもとっくんは今、一緒にいたら、私よりももっと楽しいと感じる人がいるでしょう」


 ……


「そう、那央さん。とっくんをずっとずっと幸せな気持ちでいさせてくれる人は那央さん。とっくんは、那央さんをお嫁さんにするのが一番いいんだよ。ロイヤルブルーも同じ答え」


 そんな、そんな


「でも英理華は僕のことが好きなんだろ。それでいいのか」


「とっくん、まだ分からないの。私はエリートなんだよ。

 エリートは、エリートはね。自分のことを一番には考えられないんだよ。自分の周りにいる人がより幸せになれるように、そのことを一番に考えてしまう人なんだよ。


 英理華は、とっくんが好き。とっくんが大好き。そのとっくんがどうすれば一番幸せになれるかがはっきりしているのに、それを願わないわけがないじゃない」


 ……


「とっくんは、ロイヤルブルーで、私のこと、たくさん想ってくれたね」


 何だと、エリートは、そんなことまで知ることができるのか。透也は、恥ずかしさで、いたたまれなくなった。

 恥ずかしい、ロイヤルブルー、それは酷すぎる


「そんな顔しなくてもいいよ、とっくん。

 自分を想っているときは、それが分かるというだけなんだけどね。嫌なら、ノイズにすることもできる」


 英理華は……しなかった。


「もし望めば、その想いにシンクロすることもできるんだよ」


「英理華は……」


 シンクロしてくれていたのだろうか?

 最近、ふとした表情や仕草に感じていた英理華のあの妖艶さは……。


「とっくん。

 英理華はエリートなんだし、男の子がそういうことを想ってしまうというのは分かっているよ。

 そのとっくんが、いつも英理華のことを想ってくれていたこと、英理華は嬉しかったんだよ。

 たとえリアルでは結ばれることがなくても、ロイヤルブルーでは、こんなにも結ばれているんだって」


「英理華…」


「でも、もうとっくんは、ロイヤルブルーでも、英理華のことは想ってくれなくなると思う」


 なぜ?

 そんなことあるはずないじゃないか。

 まして、英理華も想ってくれていたというのなら。


「とっくん」


 英理華が、透也の胸に、深く顔を埋めた。

 英理華は、もう何も言わない。


 英理華は、ずっと顔を埋め続けている。


 英理華は、このあと、何を言うんだろう。

 その言葉は…


 英理華が顔をあげた。

 目を涙で濡らしたまま、英理華は静かに微笑んだ。


「さようなら」


 英理華が、背を向けて去っていった。


 旧世界の恋愛ドラマだったら、ここは絶対に追いかけないといけない場面なんだろうな。

 透也は、そんなことを思った。


 女の子はこころの奥底では、そうしてほしいと望んでいるはず、か。

 英理華がそんな女の子だったら良かったのに。


 英理華は違う。もしそんな気持があるのなら、英理華は、さようなら、なんて言わない。


 僕は、なんで今、こんなことが頭に浮かぶのだろう。


 英理華にはもう二度と会えない。

 透也は、そんな気がした。


 英理華の背中が、透也の視界から、


 消えた。


英理華とその本質が同じで、一緒にいて精神的に疲れることがないであろう相手は……いる。



 透也はひとり、帰り道を歩く。


 それまで、英理華のことでいっぱいだった透也のこころの中に、ふっと那央の姿が浮かんだ。


  那央さんが、僕のお嫁さんになる。


 それは、透也がこれまで一度も想像したことのなかったこと。


  那央さん、どんなに喜んでくれるだろう。

 でも、英理華の気持ちを知ったら……


 …いや、それは言う必要はない。

 英理華もそんなことは望まない。


  透也は、那央とふたりで送るこれからの人生を想像してみた。

 透也のこころの中に静かな、しかし、深く、広く、豊かな幸福感と安心感が広がった。


  こころの中に激しい波が沸き立つような、そういう性質のものではない。

  が、そのことが間違いではない。それが正しいことなのだと、透也のこころの中の最も深い部分が、そう告げている。


 そうなのか、そうなんだな、英理華。


 でも今は……やっぱりだめだ英理華。

 英理華のことしか考えられない


  英理華、英理華、英理華。

 僕が、ずっと一番好きだった女の子。


 英理華が、どういう女の子なのか、今は分かった。はっきりと分かった。

 他のエリートたちがどういう人たちなのかも分かった。


 英理華の言った言葉。英理華の涙。

 この僕に対する、これほどの大きくて悲しい愛。


 底抜けに善人で、お人好しで、単純で、激動の時代になったら何も対応することができない、でも高貴で気品ある精神の貴族たち。


 ロイヤルブルーが統べるこの世界は、そんなエリートたちの大きな愛に包まれているのか。


  英理華、英理華、英理華。

 僕が、ずっと一番好きだった女の子。


 ―とっくんは、ロイヤルブルーでも、英理華のことは想ってくれなくなると思う。


 うん、たしかに英理華をああいう形でロイヤルブルーで想うことは、僕にはもうできないだろう。

英理華がどんな気持ちで僕のことを想ってくれていたのか。それがはっきりと分かってしまったら。


僕にとっての英理華はもう……


 僕に今分かるそのことが、英理華にはもう分かっていた。

英理華は、その直感で物事の本質が分かる。

そしてそれを誤ることはない。

ひとたび心に決めたことを逡巡したりはしない。


 ―英理華はとっくんが好き。とっくんのことが大好き。


 英理華、僕はもう、目に涙を浮かべながら、その言葉を言ってくれた英理華の姿しか想うことができない。


 英理華、僕は英理華のその姿を想いながら、これから何百年生きていくんだろうか。







最後までお読みいただきありがとうございます。


後日談ということになりますが、第11部分に書かれているクラス呼称の件、

以下のように変更されました。


ノーマル → 民間

エリート → (一般)公務員

エクセレンス → 地域公務員

ハイエスト → 広域公務員


スプレマシー・(イレブン) → 顧問公務員(会議)


ロイヤルブルーが統べる世界は、高貴で気品ある精神の貴族、公務員たちの大きな愛に包まれているのです。



女の子キャラクター、実在するアイドルで、イメージが合う子を色々と検索してみました。


(以下2022年3月12日記)

本小説アップ以来、ずっとアイドルあるいは女優さんの実名を記していたのですが、イメージを限定しないほうが良いかな、と思い直し、昨日実名は削除しました。



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