13 那央と透也
透也は、那央とふたりで、街の喫茶ハウスに向き合って座っていた。
テニスのクラブハウスの喫茶ルームを出たあと、藍と三田はふたりでデートと、去っていき、英理華も柿崎とふたりで去っていった。透也は那央とふたり。自然な雰囲気で今日はそうなった。
今日は、テニスからずっと那央さんデーだな。
透也は思った。
十五歳の誕生日も間近。今日は英理華とじっくりリアルで話してみたいという気持ちはあった。
だが那央とふたりで過ごすということにも異存はない。
那央とふたりだけで、リアルで一定の時間を過ごすというのは、これでまだ三回目。でもこれまでの二回とも、那央と過ごす時間はとても楽しかった。
英理華とは、これまで数十倍は、リアルで、ふたりで過ごしているだろう、男友だちであっても、英理華よりも親しいと言えるほどの友人はいなかっただろう。
「透也さん、英理華さんとふたりでお話ししたかったのでしょう。今日は、ずっと私が一緒ですみません」
「いえいえ、那央さんとお話するのはとても楽しいですよ」
「本当ですか。透也さんにそう思ってもらえるなら嬉しいです」
英理華は、やはり一種の天才なのだろうと、透也は思う。物事の本質を瞬時に理解する。
僕には見えていないものが英理華には見えているのでは。時々そういう思いに誘われることもある。
でも英理華は、それを言葉にすることは苦手だ。
理解力も天才的で、様々なことが直ぐに分かってしまう。
でもそれらを総合的に関連付けて分析してみる、というようなこころの作業は、やらないだろう。
でも那央さんは違う。自分の感じたことをきちんと言葉にしてくれる。
そして、趣味の方向性と、美的センスが僕とよく似ている。
話していて楽しくないはずがない、と透也は思う。
「篠塚さんが力説されていたとき、透也さん、特に反論はしなかったですね。やっぱり、ああいう風に何かを思い込んでしまっている人というのは苦手ですか」
「ええ、たしかに苦手なタイプです。でもあの人の言葉で、ひとつ、はっとしたことがあったのです。
神や宗教を論じる人に本当の信仰は分からない、という言葉です。
ロイヤルブルーも、神については語らない、というのはそのとおりです。宗教や信仰というものをあらためて考えてみたい、そう思いました。
こんなことを言ったら篠塚さんは、宗教は研究の対象ではない、と言われるでしょうけど」
「透也さんの色々な物事に対する幅広い好奇心は、凄いなあと、思っています」
「那央さんも色々なことをよく知っていて凄いと思いますよ」
「私は、典型的な文系人間で、理系オンチですから、だめですよ」
「僕も理系は苦手ですよ」
「レベルが違いますよ」
「今日のテニスですけど、やっぱり英理華と、それから柿崎にはかなわないな、と思いました」
「どうしてですか。ダブルスでは私たちのペアが二勝で、英理華さんと柿崎さんのペアは二敗でしたけど」
「あのふたりは、勝ち負けはどうでもいいんですね。
英理華が柿崎に、勝ちたいみたいなことを言っていたけど、それはそういうことを言ったほうが楽しいから。柿崎もそれがちゃんと分かっている。
とにかく自分たちと周りが楽しくプレイすることだけ考えているんですね。
藍ちゃんに対するプレイを見てても、とにかく彼女が楽しく試合ができるように考えていた」
「そうなんでしょうね。たしかに私たちは、そんなことは考えずに藍ちゃんとも真剣に試合しました。
でも、藍ちゃん、それはそれで嬉しかったと思いますよ。藍ちゃん、別に私たちには何も言わなかったし、一生懸命にプレイしていましたもの」
それからふたりは、ロイヤルブルー携帯アクセス装置と、空間映写装置を使って、お互いの最近のクリエート作品を見せあった。
那央は、既にロイヤルブルーへのアクセスで読了済の、透也の、直近の小説をあらためて激賞した。どこが良かったか、どこに感動したかを、言葉を尽して。那央はその作品に透也が込めた狙いをちゃんと理解していた。
透也の描いた絵画も、那央はいつも感動してくれる。こころの底からそう思ってくれているのが、よく分かった。
透也も那央のクリエート作品は好きだった。上質で高い美的センスを感じる。
透也もきちんと言葉を尽して感想を言う。那央も分かってもらえて嬉しいと喜ぶ。
感動して、座りながらも那央の体の動きは、時に大きくなる。大きな動きをするたびに、テニスの時ほどではないにしろ、バストが揺れる。
透也はあらためて、しみじみと見惚れてしまう。
―バストが揺れると、心も揺れる
透也は、一瞬、心に浮かんだメロディーを無意識で口ずさみそうになった。
はっと我に返った。
いかんいかん、なんて下品なのと思われて、嫌われてしまう。
でも、透也さんいやだあ、と言いながらもにっこり笑ってくれそうな気もする。那央さんなら。
試してみるか。
やっぱりやめとこ。
「私、今日あらためて思いました。私は、透也さんが好きです」
「そうなんですか、嬉しいです。」
さっき浮かんだ歌詞とメロディー、口ずさまなくて良かった。試してみるのは三年くらい先がいいかな。
「僕も那央さんのことは」
「ううん、いいんです。透也さんは英理華さんが好き。英理華さんは透也さんのことが好き。おふたりは両想いですものね」
「英理華はそうでもないんじゃないかな」
「そんなことありませんよ。えっ、何でそんなこと思うんですか。英理華さんは透也さんのことが大好きですよ。見ていれば分かります」
そうなのだろうか。
「透也さんは、今度のお誕生日でエリートになりますよね。でもそうなったら、透也さんは英理華さんをお嫁さんにして、おふたりのお子さんも持てますね」
「いえ、エリートになれるかどうかは、まだ」
「ううん、きっと今度はそうなりますよ。今までそうでなかったのがおかしいのですから。
でもいいんです。おふたりとってもお似合いですから」
こういう時、どう言えばいいんだろう。
透也には分からなかった。
「ねえ、透也さん、今、人間はロイヤルブルーのおかげで何百年も生きることができますよね。細胞活性化処置で若返りを繰り返しながら」
「ええ」
「旧世界の人間の、何回分かの人生を送れるわけですよね」
「ええ、そうですね」
「だったら、二回目か三回目か四回目か五回目か、もっと先か。もしかしたら、私が透也さんのお嫁さんになれる時がくるかもしれない。私、そんなこと考えて……」
それまで一生懸命に喋っていた那央の言葉が、急に途切れた。
那央の両手が、その顔を覆った。那央がしゃくりあげている。
那央のバストが揺れている。
バストが揺れると
……心も揺れる。
透也のこころには、さっき浮かんだメロディーは、思い浮かばなかった。
その日の夜。
英理華の部屋。
「今夜のとっくんは?
またアクセスしちゃお。」
ロイヤルブルーにアクセスする。
「やっぱりね。ふんだ」
英理華は小さくため息をついた。
その目からひとしずく、ふたしずく、
涙がこぼれた。




