第8話 帝国の兵器
図書館に入り浸っているうちに、あっという間に一週間が経過した。
僕、セレン、キチジさんの3人は、再び領主様の屋敷に来ていた。
「まず、これが村長への返事だ。」
領主様から手紙を手渡された。
上等な紙の封筒に、封蝋には紋章の印が刻まれている。
「村の者には、『領主の義務は果たすので安心せよ』と伝えたまえ。」
「ありがとうございます!」
「それと……残念ながら、少女の身元についてはわからなかった。
捜索願を調べさせたが、その少女の年恰好に該当するものはなかった。」
「そうですか…… 残念です。」
「これからどうするつもりかね?」
「とりあえず村に戻り、セレンは家で預かることになると思います。
後は、プラウブルが用意できるまでは僕とキチジさんで村を守ることになるかと。」
「ふむ、妥当なところか。
少年、帰り道も気を付けたまえよ。
まともな手段では、野盗風情が帝国の旧式機など手に入れられるはずがない。
村の襲撃にも何か裏があるかもしれん。」
「ご心配、ありがとうございます!」
●●●
2体のクリーチャーギアが機械音を響かせるなか、徐々に街が視界から遠ざかっていく。
半日ほど進み続け、岩山そびえる谷間にさしかかったところで異常が起きた。
「ぐぅっ!?」
「きゃあっ!?」
装甲を叩く衝撃。
コクピットが揺れ、ベルトが体に食い込む。
『なっ、あっ!?
射撃!? 野盗か!?』
一瞬遅れて、キチジさんが反応した。
向こうも数発喰らったようだ。
「あれは……!」
岩山の影から、クリーチャーギアが姿を現した。
人型が、3機。
先日の野盗と同じ編成、機種も同じライトソルジャー90式。
『人型が3機だとぉ!?
これって、クロウ君が言っていた……!?』
「あぁ!
もっとも、全く同じってわけじゃないさそうだけど……!」
手持ちの武器も違うようだし、何より……
「動きが違う!」
機体の動作がなめらか、という意味と、連携が取れている、という二重の意味で動きが良い。
先頭の1体が左右に機体を振り、狙いをつけさせないようしながら接近してくる。
後ろの2体は前の1体を遮蔽物代わりにしつつ、的確な射撃で援護している。
『クソッ、当たれぇっ!!』
キチジさんが長砲身魔導銃で敵の先頭を狙うも、当たらない。
僕も連射モードで衝撃魔弾をばら撒くが、数発当たっても手持ちの盾に防がれ、本体にダメージを与えられない。
『嘘だろ!?
なんでこんな手練れが、こんなとこにいるんだよ!?』
「多分これは、手練れというか……」
先頭の機体が、時々ハンドサインで後ろの機体に指示を出している。
野盗がやるようなことじゃない。
「正規兵だ。」
『帝国の!?
ここは王国領内だぞ!?』
「だから、部隊章もナンバーも消してるんだろうさ!
『払い下げの装備で悪事を働く野盗だ』って言い張るために!」
野盗が帝国機を乗り回していたのは、こういった場合のための布石だったわけだ。
先にそういった連中に暴れさせておけば、帝国のスパイが本当に帝国機を使っていても『それは野盗の仕業だ』と言い訳ができる。
『じゃあ、どうする!?
言っておくが、俺とワンダリングドッグは人型機とやりあえるほどの腕前も性能もねえぞ!?』
一応、敵機の射撃はムサシスタッグにはほとんど通じていないが、長時間受け続けるのは危険だ。
知識のない野盗じゃあるまいし、迂闊にノコノコ近づいてきてくれる……なんて期待もできない。
なら人型形態で勝負……と言いたいところだが、今の不十分な整備ではまともに戦えるか怪しいものだ。
可能性があるとすれば、一瞬。
不意打ちで変形し、即座に一撃を喰らわせるしかない。
狙いは、囮役をしている先頭の機体。
一番難しい役目を負い、指示もこなしているあの機体が隊長で間違いないはず。
「キチジさん!
動きまくってくれ!」
『だが、それじゃこっちの攻撃が……!』
「構わない!
向こうの射撃を集中させなければそれでいい!」
あの隊長機、ムサシスタッグの格闘戦の間合いに入らないように機動しているが、それはあくまでクワガタ形態の間合いだ。
ゴーグル型デバイスの測距機能を起動し、タイミングをうかがう。
衝撃魔弾を装甲で受けながらも待ち続け……
「……今だ!
『九百九十九』、抜刀!!」
敵の隊長はよほど腕に自信があるのだろう。
こちらの鋏は届かないが、反応せざるを得ないギリギリの間合いまで踏み込むことで、こちらの隙を誘発しようとしてくる。
ライトソルジャーの性能を引き出した見事な機動だ。
同じ機体でも、野盗が使うのとはこれほどまでに違うものか、と驚かざるを得ない。
だが、ムサシスタッグにとっては逆効果だ。
『……っ!?』
隊長機が一番深く踏み込んでくるタイミングで、ムサシスタッグの変形が完了。
抜き打ちの魔導刀が一閃した。
『……っ、これが"可変機1号"か……!』
隊長機が初めて声をもらす。
胸部装甲を切り裂き、ほぼ半分まで切断できていた。
変形の瞬間、敵機はとっさに踏みとどまり、こちらは一瞬動作が"引っかかった"感じがした。
向こうの反応がわずかに遅れるか、こちらの整備が万全なら、両断できていたことだろう。
隊長機からコクピットブロックが丸ごと排出され、後ろの機体が即座にキャッチした。
どうやら脱出装置が作動したようだ。
後ろの2体は無傷だったが、状況が悪いと見たのか撤退していった。
●●●
『クロウ君、その機体は……』
「ムサシスタッグ。
クワガタの村のシンボルだった機体にして……人型形態への変形機構を持つ可変機だ。」
『可変機……!?
そんなものが存在するのか……いや、目の前に実物がある以上、信じるしかないか……』
やはり、キチジさんも可変機に対して困惑している。
100年前には完成している技術なのだから、もっと普及しているかと思ったのだが。
どうやら、相当珍しい存在になってしまっているようだ。
「あれ、でもあの帝国兵は可変機を知ってる様子だったよな……?」
『可変機1号』などと口走っている以上、知らないはずはない。
それなら、そこからわかることがある。
「狙いは、ムサシスタッグか?」
『そりゃそうだろう!
てっきりただの古い虫型かと思っていたが、そんな秘密があるなら狙われてもおかしくない!』
そうなると、迂闊に村に戻るのは危険かもしれない。
「……あっ、そうだ!
セレン、怪我はないか?」
かなり激しい動きをしてしまったが、僕の座ってるシートと違ってセレンが座ってるのは折り畳み式の仮設シート。
衝撃吸収も不十分だし、最悪椅子ごと外れる危険もあったのだ。
「うん、ちょっとぶつかっちゃったけど、大丈夫……かな?」
「ぶつけた?
見せてくれる?」
「ここ……」
セレンが指さしたのは肘のあたり。
機体をよじる動きで、椅子の側面にぶつけたようだ。
「……血が出てるじゃないか!?
ぶつけた衝撃で切れたんだ!」
服が、血で濡れて黒ずんでいた。
「平気……」
「だめだ、手当てしないと!
早く袖をまくって!」
「ん……ありがとう。」
セレンが微笑んだ気がした。
「救急セットはあるから、それじゃセレン……」
包帯を巻こうと、セレンの服の袖をまくってみて、
「えっ?」
何かおかしい。
服を濡らしていたのは、赤い血ではなかった。
「何だ、これ……?」
透明の、薄黄色がかかった、粘性の強い液体。
見覚えがある。これは、
「……魔導炉用オイルの1500番。
流れ出た分は、給油すれば平気。」
怪我からオイル?
給油?
「セレン、何を言って……」
「今、一つだけ思い出した。
わたしは、人間じゃない。」