第7話 街の図書館
~領主、アラウィズ~
王国の貴族であり、クワガタの村を含む一帯を治める領主・アラウィズは、政務の合間のティータイムを楽しんでいた。
王国には、長年にわたる帝国との軋轢がある。
アラウィズの納める領地は帝国との国境に近く、立地上常にプレッシャーを感じていた。
特に近年は帝国の動きに不穏な気配がする。
そんな中、菓子の甘味と紅茶の香りは、疲れた脳を癒してくれた。
「失礼します、旦那様。」
ノックの音と共に、執事の声が扉越しに響く。
「……入れ。」
ささやかな楽しみを邪魔され、正直気分が悪い。
しかし、執事もそんなことは承知のはず。
つまり緊急性のある要件だ。
「……旦那様はクワガタの村をご存知ですね?」
「自分の領地にある村を把握していない領主などいまい。」
「では、あの村の名の由来である、古いクワガタムシ型クリーチャーギアもご存知ですね?」
この執事は有能だが前置きが長い。
「……だから何だというのだ。」
「こちらに向かってきております。」
「何がだ?」
思わせぶりな言い方に、少々苛ついてきた。
「あの古いクワガタが、でございます。」
一瞬、何を言っているのか理解できなかった。
あの古いクワガタとは、まさか父が子供のころには既に苔に覆われていたと聞く、あの置物のことか?
「まだ動くようなシロモノだったのか……アレ。」
●●●
領主の街――すなわち、一帯を治める領主・アラウィズ様のお屋敷がある街。
僕、セレン、キチジさんの3人は、街の入り口の門で目的を告げ、領主様に取り次いでもらえるよう話した。
領主様はきっと忙しいだろうから、しばらく…… 一日や二日は待たされるかと思っていたのだが。
意外なことにすぐに会ってくださるということで、屋敷の"使者の間"に通された。
「クワガタの村から来たと聞いたが……
『あんなもの』を動かしている以上、尋常ではないことが起こったのだな?」
領主様は、立派な口ひげを蓄えた中年男性だった。
「こちらが、村長からの手紙です。」
手紙を読み進めていくにつれ、領主様の顔色が変わる。
「……ふむ。
村が帝国の旧式機を持った野盗に襲われ、少年が『守り神様』でそれを撃退したと……
にわかには信じられぬ、ありえないと断じてしまいたい出来事だが……そうもいくまい。」
読み終えた領主は眉間に深いしわを刻んでいた。
「まずは、村民の被害が小さかったのはなにより。
しかし、村の建物、土地に加え、クリーチャーギア3機の損耗か……
まず最低限、プラウブルを1機用意しよう。
復興のためには作業用クリーチャーギアが必要になるし、下級のメガビーストが相手なら最低限の戦闘も可能なはずだ。」
領主様は執事を呼ぶと、指示を出していく。
「そちらの少女が記憶喪失? 捜索願を当たるよう言っておこう。
少年は図書館の利用許可、これは問題ない。後で門番から受け取ってくれ。
それから……」
領主様はキチジさんに視線を向けた。
「キチジ、何故この少年たちと?」
どうやら、キチジさんの依頼主というのは領主様のことだったようだ。
「実は……」
キチジさんが事情を説明する。
僕はそれを補足したり、証言したりした。
「まったく、お前は相変わらず律儀な……
結果としてメガビーストを退治している以上、報酬は満額払おう。
分配は君たちで判断してくれ。」
「ありがとうございます……!」
キチジさんは領主様とは旧知の仲のようだ。
雰囲気からして、何度か仕事を受けたことがあったのだろう。
「それで……少年たちはどうする予定かな?」
「僕は、すぐにでも図書館に行こうと思っているんですが……」
「勉強熱心だな。
なら、一週間後にまたこの屋敷に来なさい。
村長への返事の手紙を用意しておこう。少女の捜索願のこともな。」
「ありがとうございます!」
●●●
念願であった、図書館の利用許可を貰った。
当然だが、クリーチャーギアの基礎設計について、僕以上に理解できる人間はいないと自負している。
だが、僕の知識はあくまで100年前のものがベース。
素材の進歩、加工技術、クリーチャーギアの運用はどう変化したのか……興味は尽きない。
利用許可は、僕だけでなく同行者にも適応されるらしい。
あいにくとキチジさんは図書館に興味は無いそうで、適当に酒場にでも行っているそうだ。
なので、僕はセレンと二人で図書館に向かうことになった。
●●●
「クロウ。
閉館時間だって。」
「えっ、もう!?」
館内を一通り回り、さっきようやく本を選んで読み始めたばかりだというのに。
「でももう、何冊かは読んだんだよね?」
「全然足りないよ!
ごくわずかな分野、その基礎の基礎ばかりだ!」
「どんな本なの?」
「今読んでたのは加工学の本だよ。
クリーチャーギア発明以降の材料加工の方法についての本。」
村にある限りの本は読んだが、何しろ田舎の小さな村だ。
専門書自体ほとんどないし、新しい本は手に入らない上、そもそもの蔵書量自体が少なすぎる。
「100年前……クリーチャーギアが発明されたころは、『機械を作る機械』も未発達だった。
大量の部品を手作業で作ったり、機械の精度が甘くてばらつきが出たり。
大陸中の村々に配備できるほど量産できるようになるまでに、進歩せざるを得なかった部分だな。」
ネジ、歯車、シャフト、鋼板……一般的な部品であるほど、効率的に組み立てるためには精度が必要になる。
その恩恵は、野盗の機体から取った部品で実感済みだ。
「えーと……
『機械の精度はその機械を作る機械の精度に依存する』っていう、卵と鶏みたいな話?
旋盤とかフライス盤とかの?」
「そうそう、それ。」
やはり、セレンにはクリーチャーギアや機械工学に関する基礎知識があるのは間違いない。
「この本には……例えば、継ぎ目のない長いパイプを作る技法とかが載ってたよ。」
「型を通して材料を引き抜くんだっけ?」
「そう。そういうことが書いてある本なんだ。」
今セレンが言ったことは、僕が知らなかった技術。
つまり、ここ100年の間に生まれた技術だ。
「……あれ?
ちょっと待てよ……」
この知識は、クリーチャーギアを"生産"する場所で必要なものであって、"整備"だけを専門とするような町工場では不要な範囲だ。
「……もしかしたら、知識の範囲からセレンの身元を絞り込めるかもしれない……?」
とはいえ、まずは領主様に調べてもらってからの話。
「とりあえず、今日はここまでか。
セレンは気になる本とかあった?」
「……クリーチャーギアの発明者。」
「え?」
どきりと、心臓が跳ねた気がした。
「ホーガン博士の伝記を、読んでたの。
興味深かった。」
僕の、前世の本?
考えてみれば、不思議なことではない。
クリーチャーギアは、それだけの価値のある発明だったと自負している。
だが、何だろう。
「クロウ、どうしたの?
変な顔。」
「いや、気恥ずかしいというか、バツが悪いというか……みたいな感じ?」
それともう一つ。
セレンが『クリーチャーギアの発明者』に興味を持ったのが、少し嬉しい気もする。