第4話 僕たちの出立
ぎしり、と、大きな音を立ててベッドがきしむ。
いつもと違って、その音は真下じゃなくて横から聞こえてきた。
「……あ、セレンが使ってるんだっけ。」
自分が床で寝ていることを思い出し、視線をベッドの上に向ける。
緩やかな曲線を描く、白い肌。
……肌?
「何で裸で寝てるの!?」
「ん……おはよう、クロウ。」
体を隠すことすらせず、セレンは平然と起きてきた。
僕は慌てて目をそらす。
「おはよう……で、何で裸に?」
「夜中に目が覚めたら……服がくしゃってなってたから……」
「シワなんて気にしなくていいよ!
母さんの古い服だから!
むしろ僕を気にして!?」
できるだけ見ないようにしたが、肌の白さが脳裏に焼き付いている。
汚れも傷も、黒子すらない、まっさらな肌――
駄目だ、これ以上思い出そうとしちゃいけない。
「とにかく、急いで服を着て!
こんなとこ、母さんに見られたら……」
コンッ、コン。
「クロウ、朝から大声を出してどうしたの?」
「ちょ、まっ……ダメーーーっ!!」
何とか、部屋に入られるのだけは阻止したが。
朝食時の母さんの視線が生暖かった。
●●●
さて、気を取り直して。
調べたところ、野盗が使っていたクリーチャーギアは帝国の制式採用機、『ライトソルジャー』の系列であることがわかった。
正確にはライトソルジャー90式。
今年は神暦720年なので、30年前に採用された前世代機。
分解してみてわかったが、野盗どもはクリーチャーギアをかなり手荒に扱っていたようだ。
まともにメンテナンスなどはされておらず、油切れのために錆びている部品もあった。
色々な意味で残念極まりない。
だが、残念な扱いを受けていたとはいえ、僕の前世とは時代が違う。
流石は帝国の制式機であった。
100年前は、人もモノも容易に行き来することができなかったため、どうしても大量生産には踏み切れなかった。
だが、このライトソルジャーに使われている部品は違う。
帝国中でどこでも量産できることを前提としているため、汎用部品の出来が均一だ。
腕の良い職人なら、精密な部品を作ることはできる。
だが、巨大な機械を作るためには莫大な数の汎用部品が必要で、その全てのクオリティをそろえるのは当時は不可能だった。
ボルト一つとっても、昔はボルトに合うナットを探す必要があった。
精度にばらつきがあるので、相性が悪い組み合わせだと締める途中で引っかかってしまうのだ。
このライトソルジャーのはそんなことはない。
全てのボルトが全てのナットとちゃんと組み合う。
感動的だ。
おかげで、足回りの部品交換は予想より早く済んだ。
●●●
整備2日目。
明日の朝には出立したいので、実質今日中に整備を終えなければならない。
本当は2日間かけて最低限、足回りの整備をする予定だったが、素晴らしい部品精度のおかげで一日で済んだ。
となれば、可変機構・人型形態の整備をしたいところだが。
あいにくとクワガタ形態の足回りとは複雑さが段違いなので、とてもじゃないが数日で済むものではない。
しかし、自衛の武器は欲しい。
というわけで、代替手段だ。
ライトソルジャーが持っていた魔導銃を、ムサシスタッグの背に取りつける。
魔導銃は様々な魔弾を撃ちだすことができる武器。
火炎魔弾、氷結魔弾、衝撃魔弾、雷撃魔弾、あたりがメジャーなところだ。
この魔導銃は、衝撃魔弾しか扱えない比較的安価なものだった。
他の魔弾と違い、衝撃魔弾は周囲の空気を圧縮して撃ちだすために弾代がかからない。
おそらく、盗賊稼業にはこれで十分だったのだろう。
今の僕にとっても弾が必要ないのはありがたいので、クワガタ形態の背部ハードポイントに左右一丁づつ装備。
人型機の手持ち武器としてだけでなく、動物型が使うことも想定された銃だったようで、汎用ハードポイントに接続するだけで使えるようになった。
ひとまず、これで下級のメガビーストくらいなら追い払えるだろう。
後は……
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出発の日。
「これが領主様への手紙じゃ。
間違いなく届けておくれよ。
村の状況だけでなく、その娘……セレンのことと、お前が図書館を使う許可のことも書いてあるからの。」
「はい、村長。確かにお預かりしました。」
厳重に封蝋がしてある手紙を受け取り、荷物に入れる。
「はい、これが昼のお弁当。
こっちは夜のお弁当。
これは明日以降の保存食よ。
食べ過ぎちゃだめだからね?」
「万が一、メガビーストを見かけても、無理に戦おうとするんじゃないぞ。
クリーチャーギアなら、じっと動かなければ獲物じゃないと思うことも多いんだ。
下手に戦ってクリーチャーギアが壊れでもしたらそれこそ一大事だからな。」
「母さんも父さんも、そんな何度も言わなくてもわかったってば!」
領主の街までは虫・動物型クリーチャーギアの足なら丸一日と少し。
旅というほどのものではないが、やはり心躍るものがある。
「ムサシスタッグ……
ちょっとキレイになったね。」
セレンは表情をほとんど変えないが、それでもムサシスタッグを見上げる姿から、どことなく楽しげな気配を感じる気がする。
「セレンも、ちょくちょく整備を手伝ってくれたからだな。」
不思議なことに、セレンはクリーチャーギアに関する知識を持っていた。
言葉は喋れるのだから、知識と記憶は別物なのだろうか。
セレンが今まで何をしていた人なのか、一層気になった。
「じゃあ、行こうか!」
水と食料は最優先で何度もチェック。
毛布と着替えもよし。
護身用に、人間が使うサイズの魔導銃も持った。
救急セットも忘れずに。
パスコードを解除し、腹部下から乗り込む。
セレンは、後部スペースに急きょ追加した折り畳み式のシートに座ってもらう。
「クロウ……なんだかいつもと違う?」
「嬉しいのさ!
とびっきりに!!」
ムサシスタッグを造っていた時は老齢で、度重なるテスト以外の目的でコクピットに座ることはできなかった。
最高の傑作が完成した時は嬉しかったが、自分がそれを乗りこなすことが不可能という事実が、少し寂しかった。
今は違う。
ムサシスタッグは年老いてしまったけど、故障は直すことができる。
僕は元気な体を持っている。見たいもの、やりたいことがいっぱいある。
「よし……!
出発だ、『ムサシスタッグ』!!」
●●●
~???~
遠く、双眼鏡の向こうにクワガタムシが見える。
「あの盗賊ども。
連絡が途絶えたから、てっきり俺達から逃げ出そうとしてるのかと思ったが……
まさか死んでいたとはな。」
「本当にあの虫型クリーチャーギアがやったのか?
旧世代とはいえ、我が帝国の正式機が3機だぞ?」
「だから俺達が来たんじゃねえか。
もし本当なら、あのクリーチャーギアこそが……」
「三人とも、無駄口はそこまでだ。」
クワガタムシが動きだした。
「こちらも移動する。
撤収作業を始めろ。」
「「「はっ! 了解しました、ジガット隊長!」」」
三人の部下が、手際よく生活の痕跡を消していく。
「深緑のクワガタムシ、か……
情報収集のために、野盗に与えた旧式3機……
決して安いプレゼントではなかったが、それに見合うモノは得られたかもしれんな。」




