第36話 百年前の僕と彼
「どうやってムサシスタッグを動かした? あのリッド・マグラッドでさえまったく手が出せなかった代物を。」
黒幕を名乗る女、リーエ・マグラッドがそう言った。
名前と口ぶり、どことなく残る面影から察するに、多分リッドの子孫だろう。
「ちょっと待て、リッドですら手が出せなかった?」
「そうだ!
"あの"リッド・マグラッドが生涯をかけてもハッチを開くことすらできなかった、『ホーガン博士の最終傑作』!!
それをどうやって動かしたと聞いている!!
大方、経年劣化でロック機構が破損したといったところだろうけど……」
「いや、どうやっても何も、パスコードを解除してに決まって……
それよりも! 本当にリッドはムサシスタッグを動かせなかったのか!?」
リッドだけでなくホーガンの弟子も、誰もムサシスタッグを動かせなかったということか?
じゃあ、一体誰がセレンを造り、ムサシスタッグのコクピットに安置した?
一番可能性が高いのはリッドだと思っていたのに?
「貴方達ごときにパスコードが解けるはずはない。
本当の事を言いなさい。」
「本当も何も、あれは知識が十分なら開けられるようにできてるんだから、僕じゃなくても解ける人は解けるはず……」
「……らちが明かないな。
あまりに疑わしいが、いずれにせよもっと話を聞かねばならない。
大人しくついてきなさい。ムサシスタッグはそこに置いたままだ。」
「クロウ……」
セレンが不安げに視線をこちらに向ける。
ほぼ間違いなく、この人は僕が王国を追われる原因になった人だ。
そしておそらく、リッドのことをもっともよく知っている人間でもある。
セレンを造ったのがリッドでないとしても、何かヒントは見つかるはずだ。
「……ついて行くしかないだろうな。
ピンチであると同時にこれは最大のチャンスだ。」
●●●
国境からほど近い街に、リーエと、その部下に連れられて来た。
王国側で例えるなら、アラウィズ様の街と同じような立場の街だ。
抵抗しなかったため、銃は取り上げられたが拘束はされてはいない。
万一にも情報を余人に知られないためか、リーエは部下を部屋の外に立たせ、密室で話をすることになった。
さて、リーエはムサシスタッグについて知りたいようだが、根本的な事情が分からない状態では会話が食い違う。
そこで、僕たちの話をする前提としてリーエの事情を話すよう頼み、それを受けてリーエは語ってくれた。
リーエ・マグラッド。彼女はやはり、リッド・マグラッドの子孫だった。
リッドは帝国にクリーチャーギア技術をもたらし、その遺産は会社組織として管理された。
リーエはその会社の当代の社長。帝国軍にも顔が利くらしい。
「リッド・マグラッドの親友であるホーガン博士の『最終傑作』、ムサシスタッグ……
田舎の村に放置され、誰も扱える者が現れないなら、それはそれでかまわなかった。
だけど、貴方達はそれを動かしてしまった……!」
「動かしてしまったって言っても……
僕はクワガタの村で生まれ育って、小さい頃からパスコードで遊んでいて、数カ月前にようやくそれを解除できたってだけなんだけど。
どう考えても所有権は村にあるし、あんたにとやかく言われる筋はないだろう。」
「……そんな話を信じるとでも?」
「むしろそっちの話がおかしくないか?
"クリーチャーギアの父"と称された天下のリッド・マグラッドともあろう者が、しょせん二番手扱いのホーガンのロックを解けないなんて。」
「……っ! それは……!」
僕の言葉に、リーエは何故か動揺した。
「得意分野の違いはあるだろうし、解除に時間はかかるだろうけど、あの程度ならリッドに解けないはずが――」
実際、ホーガンはリッドならしばらく悩むだろうが、解除できるだろうと思ってあのパスコードを仕掛けた。
そんな僕の言葉に、
「何がわかるって言うんだ!!」
リーエが激高した。
「ああそうだ! 本当にリッド・マグラッドが"クリーチャーギアの父"と呼ばれるにふさわしい人物ならそうだっただろう!!
だが結果はこの通り、パスコードは解除できなかった!」
「……? 何を――」
「虚栄だってことさ!
世間ではリッド・マグラッドこそが偉人としてもてはやされているが、そんなのは嘘だ!
私だって、昔は信じていた! 私の先祖は偉大な人物で、人類の為にクリーチャーギアを造ったって。
だけど違った! あんな手記さえ見つけなければ……!」
明らかに様子がおかしい。
「落ち着いてくれ! 何だって言うんだ!?」
「もし、貴方が自力でムサシスタッグのパスを解除できたって言うなら……気付いているだろう!?
リッド・マグラッドは『ホーガンの功績をかすめ取っただけ』だって!!」
「は?」
「当たり前の話だ!
完成していたものにちょっと手を加えただけの人間が、発明した張本人より偉いのか?
そんなわけがない!!」
「え、ちょっと……」
「ホーガンの死後、リッド・マグラッドは方々に手を回して工作したんだ!
王や貴族には自身の功績を過大に喧伝し、共同研究はすべてリッドが主体だったことにして、文筆家に伝記も書かせた!」
「待ってくれ、なんであんたはそんなことを知って……」
「リッド・マグラッドの手記にあったのさ……
莫大な研究ノートにまぎれて、コンプレックスと後悔にまみれた晩年の手記がね……!」
リーエは鬼気迫る表情で矢継ぎ早に言いつのる。
「手記には、自分の非才を嘆き、ホーガンの才を羨む情念。
なまじ学問に通じているせいで、ホーガンに一生追いつけないと気づいてしまった事。
そして歳を取り、自分の所業が恐ろしくなった事。親友に対して、取り返しのつかない罪を犯してしまった事が書いてあった……」
「そんな……」
ショックだった。
リッドがホーガンの功績をかすめ取った、ということに対してではない。
リッドがそんな行動に出るほど苦しんでいたということに対してだ。
かつての日々を思い出しても、大きな喧嘩をした覚えはない。リッドは理性的な男だった。
しかし、心の内にそんなモノを抱えていたとは。
「わかったでしょう。
リッド・マグラッドは罪を犯した。けれど、今更それを公開してどうなる?
その理由はあまりに人間的で、私はそれを責める気にはなれない。
その無念の元となった機体を放置しても置けない。
超法規的な手段をとってでも、私がムサシスタッグを求めた理由が、それだ。」
リーエは眉間に深いしわを刻み、吐き出すように言葉をもらした。
僕はそれに、どんな言葉をかけるべきなんだ?
重い空気が立ち込める中、僕の後ろに半ば隠れるようにしていたセレンが一歩前に出た。
「リーエさん、これを見て。」
そう言ってセレンは自分の腕を差し出し、躊躇なくそれをかきむしった。
「なっ、なにを!?」
セレンの異常な行動に、リーエはどう反応すればよいのかわからず、硬直していた。
「よく見て。」
目をそむけようとするリーエに、セレンは珍しく強い口調で押しとどめる。
「だって血が……え?」
セレンの腕からオイルがにじみだし、破れた皮膚の下から白い人工筋肉がのぞく。
「わたしは"誰か"に造られた、人間を模した魔動機械。
そしてわたしは、パスコードによって閉ざされたムサシスタッグの中にいた。」
「え? え? えぇぇ??」
リーエは混乱の極みにあった。
誰だって急にこんなことを言われたら訳が分からなくなることだろう。
「セレン、どうして話したんだ?」
セレンの正体は秘密中の秘密、なぜそれを自ら明かしたのか。
それを訊ねる僕に、セレンは奇妙なほど落ち着いた声で答えた。
「手記の話と、リーエさんの顔立ちを見ていて、少し思い出したの。
わたしは、リッド・マグラッドさんと会ったことがある。」




