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第26話 急の旅立ち



 両隣に部屋をとっているクラーム先生とキチジさんを呼び、圧縮情報リングを見せた。


「怪しいな。」


「怪しいわね。」


 僕もそう思う。


「だからといって無視もできないだろ?」


「まあ、そうよねぇ……」


 わざわざ伝令用の鳥を使うあたり、イタズラとは考え難い。

 そしてパスコードの内容からして、間違いなく僕に宛てた文だ。


「まあ、行ってみるしかないかなって。

 先生とキチジさんはどうする?」


「……一応、私も付いて行くわ。

 魔導でそれなりには戦えるから、いざという時は頼ってちょうだい。

 で、キチジくんは?」


「俺も……行った方がいいか?

 大したことはできないけど……」


「不安なら来なくてもいいけど。」


「……いや、やっぱり俺も行く。

 一人で残る方が怖い……」



●●●



 4人連れ立って、路地へと向かう。

 念のため護身用の魔導銃も引っ張り出してきた。


「来たか。」


 路地に待っていたのは、


「……中将!?」


 イゼー中将だった。

 こんな時間、こんな場所に一人でいるはずがない身分の人間だ。


「あら、イゼー様じゃない。」


 だが、クラーム先生はその中将に気安く声をかけた。


「先生!?」


「クラームも一緒か……」


 中将も、それを当たり前のように受け入れる。


「クラームさん、中将様と友達なの?」


「ええ。

 前に、占いで見たことを知り合いの貴族に伝えに行くって言ったでしょ?

 その相手がこの人。」


「以前、彼女の占いのおかげで難を逃れたことがあってね。

 それから懇意にさせてもらっていたんだ。

 クロウくんとの関係も、後で聞いて驚いたものだよ。」


「クラームさんってすごい人だったんだな……!」


 キチジさんが驚きと敬意の混じった目を先生に向けている。


「それで、名前を隠してまで私たちを呼びつけた理由は?」


「……君たちは今すぐ王都を発たなければならない。」


「え?」


「何の冗談かしら?」


 随分と急な話だ。

 何しろムサシスタッグの整備もまだ完全ではない。


「冗談ならどれほどいいか……」


 中将は一度目を伏せて、


「君たちにはスパイの嫌疑がかかっているのだ。」


 はっきりと、そう言った。


「スパイの嫌疑……って、どうして!?」


「私とてすべてを把握しているわけではない。どこからの情報によるものかはわからないが……

 既に君たちを逮捕しようと一部の部隊が動いているはずだ。

 時間がない、今すぐにでも王都を発つべきだと思う。」


「中将様はわたしたちにそれを話しても平気なの?」


 確かに、僕たちに情報を渡したと知れれば、間違いなく中将にもスパイの嫌疑が掛かる。


「それに関しては問題ない……というよりほぼ手遅れだ。

 私も遠からず拘束されるだろう。」


大事おおごとじゃないですか!?」


「心配は無用だ。私を誰だと思っている?

 これでも大貴族。地位が危ういとはいえ第一師団の師団長。

 そうやすやすと監禁も拷問もできやしないよ。

 だが、君たちは立場が違う。」


 監禁、拷問という言葉に背筋が冷える。


「だが、危機的状況であるという点では正解だ。

 君たちがスパイの嫌疑を晴らすことができなければ、私も、私の家名もお終いというわけだ。」


「……つまり、僕たちはイゼー中将のためにも今は逃げ、スパイの嫌疑を晴らさなければならない……」


「そうだ。

 私はクラームのことは信用している。

 君たちのことも、スパイなどできる人間ではないと思っている。

 困難な道だとは思うが……」


 いぜれにせよ、僕たちはそれをやるしかない。

 何者かに濡れ衣を着せられたのは不運だが、捕まる前に知ることができたのは幸運なのだ。


「……ありがとうございます。

 このご恩、決して忘れません。」



●●●



 すでに日は落ち、城門は閉ざされている。

 だが、王都守護の師団長の威光はすさまじいもので、直筆の命令書を見せればあっさりと門を開けてもらえた。

 ムサシスタッグ、ワンダリングドッグ、カースコブラの3体は、悠々と王都から出ることができた。


「できるだけ距離を稼ぎたいところだけど……」


 後部座席に座っているセレンの様子がどうにもおかしい。


 ブラギガンテとの戦いの後、セレンはかなり表情豊かになってきた気がする。

 キチジさんはいまいち前との違いが分からないと言っていたが、ずっと一緒にいた僕からしてみれば大きな変化だ。

 その上で、今のセレンは何か……言おうか言うまいか、迷っている感じだ。


「どうしたんだ、セレン?」


「え?

 どうしたって、何が?」


「言いたいことがあるんじゃないか?」


「ん……そんな風に見えた?」


 頷くと、セレンはまだ少し悩んだ様子を見せつつ、


「あのね?

 この大変な時に、こんなこと言ったらダメだっていうのはわかってるんだけど……」


 そう前置きして、


「ちょっとだけ、楽しいなって、思うの。」


「楽しい?」


「うん。

 王都でクロウと一緒に新しい装備を作ったり、ムサシスタッグを直すのも楽しかったけど。

 また、旅に出るのは楽しいなって……思っちゃったの。」


「そっか、旅は楽しいか……」


「ごめんね? 変なこと言っちゃって。」


「いや、いいんだ。

 追われる旅ではあるけど、楽しんじゃいけないってことはない。」


 もしかしたら、これはもっと広い世界を見るチャンスかもしれない。

 百年前と比べて、せっかく世界は広くなったのに。昔と同じ王国領内に留まっていてもつまらない。


「……行こうか、セレン、ムサシスタッグ!」


「うん!」


 セレンの返事と同時に、ムサシスタッグの魔力炉の回転音が一段高くなった気がした。



●●●



~???~



「ご報告いたします。

 王都に潜入させておいた特殊情報部隊が行動を開始しました。」


「やはり、可変機1号の行動が表ざたになってきたか……」


 百年前のクワガタムシが動き出したと聞いたときは耳を疑った。

 その性能が、たとえ旧式機を使っていたとはいえ、帝国の精鋭小隊を撃退できるほどのものだと聞いたときは自身の脳を疑った。


 だが、考えようによっては当然か?

 あれは、クリーチャーギアを発明した男・ホーガン博士の最期にして最高の傑作。

 むしろ、たった百年の進歩であれに追いつこうという方が間違っているのかもしれない。


「つきまして、リーエ・マグラッド氏には軍から要請が……」


「わかっている。

 帝国軍が可変機1号を奪取する作戦については、私も協力するさ。」


「感謝いたします。

 では、これで失礼します。」


 必要な会話が済むと、帝国軍の伝令は手早く去っていった。

 リーエと呼ばれた女性はゆっくりと息を吐き、椅子の背もたれに体重を預けた。


「ホーガン博士が死んだ場所で、安置されている分には問題なかったが……

 可変機1号……いや、ムサシスタッグ(・・・・・・・)は、誰かの手に渡ってよいものではない……!」


 その眼には、静かな激情の炎が灯っていた。



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