第20話 歴史の狭間
博物館を一通り回り、ガイドの説明に耳を傾けた。
100年分のクリーチャーギアの歴史を実物で学ぶのは非常に有意義な時間だった。
だが、やはり最初のあの肖像画が気にかかる。
「すいません、ちょっと質問いいですか?」
せっかくガイドがいるのだ。こういう場合は直接聞いてみるのが一番だろう。
「ええ、よろしいですよ。
どうしました?」
「リッ……マグラッド博士の肖像画のことなんですけど。
あの肖像画以外には、何も残ってないんですか?
写真の発明も、マグラッド博士の生前のことだったはずですけど……」
「そうですね、現在わかっている範囲ではあれだけだと思います。
マグラッド博士は写真嫌いだったようで、一枚も残ってないんです。」
写真の発明は僕の死後のことだ。
リットが写真嫌いになるような理由に心当たりはない。
「何か、写真を嫌う理由でもあったんでしょうかね?」
「さあ……すみません、私も博士個人についてはさほど詳しくなくて……
図書館に行けば、何か文献があるかもしれませんが……」
博物館のガイドなら、展示物はともかく偉人の逸話までは知らなくてもしょうがないか。
「そうですか……ありがとうございました。」
●●●
王立図書館。
アラウィズの街とは比べ物にならないほど膨大な蔵書量を誇る、僕が王都で二番目に楽しみにしていた施設だ。
「世の中には、こんなにいっぱい本があるんだね……」
「うーん、予想以上だな。」
最初は自力で探そうと思っていたが……
あまりに広いのですぐに諦め、カウンターで司書の人に聞くことにした。
「すいません、リット・マグラッド博士の伝記を探してるんですけど……」
「あ、それなら28番台の棚に…… おや、初めての顔ですね?」
「……え、来た人の顔、全員覚えてるの?」
「ええ、広さの割には利用者が少なくて。
それに、初めての方には言っておかないといけないこともありますので。」
「言っておかないといけないこと?」
「はい。1階は誰でも利用できますが、2階は希少本などがあるため、許可がないと入れません。
3階は機密に近い文章も保管してますので、実質立ち入り禁止です。」
「あ、一応、領主のアラウィズ様から推薦状はもらってるんですが……」
「推薦状ですか?
少々拝借しても?」
「ええ、どうぞ。」
渡すと、司書は首に下げていた眼鏡をかけて推薦状を読みだした。
「……なるほど、間違いなさそうですね。
でしたら、2階までは閲覧して結構です。
2階も本棚の分類法は同じなので、28番台の棚を探してください。
●●●
1階に収蔵されている本は、数は多いものの内容的にはあまり目新しい本はなかった。
なので早々に2階に上がり、セレンと手分けして読み漁った。
しかし、伝記というものの性質上、希少本だからと言って内容はさほど変わらないようだった。
「これで全部。収穫はなしか……
セレンの方は?」
諦めて、別の本でも読もうかと思いながらセレンに声をかけた。
「……肖像画については、やっぱりわからないみたい。」
「うーん……駄目か……
まあ、肖像画を描いた絵描きが下手なだけって可能性も……」
違和感と言っても、別に大した話でもない。
このまま忘れてしまおうと思ったが、
「でも、ちょっと別の気になるところがあって……」
セレンが本を見せてきた。
「気になるところ?」
「うん。
この本は神暦640年、マグラッド博士の生前に出た本なんだけど……」
セレンが指さしたのは、古い本のあとがきの部分だった。
「『……このように、マグラッド氏の功績は偉大なものであり、まさに人類を救ったという評価も過大なものではない。
ただ、王国民の立場から言うと、帝国建国のきっかけとなった点だけは、新たな火種を生み出してしまったと言えるだろう……』」
「マグラッド博士って、帝国の建国に関わってたんだね。」
セレンは平然としているが、僕にとっては言葉にならないほどの驚きだ。
リットが、帝国の建国に?
「セレン、その本を見せてくれ!」
「これ? はい。」
どういうことかと思い、慌てて本を読み直す。
しかし、記述はその文だけで、詳しいことはその本にも載っていなかった。
「帝国の建国に……リットはいったい、何をやったんだ!?」
かろうじて関係ありそうな部分として、
『マグラッド氏は王国に限らず、多くの小国、地域にクリーチャーギアの製法を伝授し……』
などと書いてある部分がある。
確かに帝国は強力なクリーチャーギアを主力とする軍事国家だが、それの原因をリットに求めるのは変じゃないか?
「……ねえ。クロウって、まるでマグラッド博士のことを知り合いみたいに言うんだね。」
ふと、セレンがそんなことを言い出した。
「え?」
「だって、あの肖像画だけがマグラッド博士の顔を伝える絵なんでしょ?
それに違和感があるって、まるで本当の顔を知ってるみたいじゃない?」
指摘されて、僕の発言がうかつだったことに気付いた。
いや、むしろこの際……
「僕が、リットの親友の、ホーガンの生まれ変わりだって言ったら信じる?」
僕はなるべく軽い調子で、そう言った。
変に隠すより、いっそ冗談として言った方が手っ取り早い。
「うん。」
だが、セレンはあっさり首を縦に振った。
別に本当に信じると思って言ったわけではなかったが、セレンの瞳は真っ直ぐだった。
「納得がいったよ。
友達の肖像画が似てなかったら変に思うもんね。」
「本当に信じるのか!?」
「嘘なの?」
セレンは、相変わらずの無表情。
だが、感情は読み取れる。
この顔と口調は、ふざけている時のものじゃない。
「いや、本当だ。
……でも他の人には言わないように。
僕の頭がおかしくなったと思われるからな。」
というか、すでにおかしくなっている可能性はあるのだが。
僕の前世の記憶が、すべて妄想なんじゃないかと思ったことは一度や二度ではない。
だが、少なくともクリーチャーギアの知識に関しては間違っていない。
村で読んだ本に書いていないことまで知っているし、その知識が正しいことは実地で証明された。
「クラームさんにも?」
「もちろん。
……先生に言ったら、思い切り笑われるか、逆に心配されるか……どちらにしても嬉しくない展開になりそうだからな。」
「うん、わかった。
……わたしは魔動機械で、クロウはホーガン博士の生まれ変わりかぁ。
お互い、他の人に言えない内緒ができたね。」
何故だか、セレンは楽しそうだった。




