第1話 クワガタの村の少年
幼いときから、ずっと思っていた。
大人たちが『守り神様』と呼んでいる、あの巨大なクワガタムシ。
苔が生えて、もうずっと長い間、動いていないみたいだけれど。
あれが、もし動いて。
あれが、もし戦ったりできたら。
どれほど、かっこいい事だろう、と――
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~クロウの父~
「もうすぐ、クロウの誕生日ね。」
妻の言葉に、指を折って数えてみる。
「ああ、もう15歳になるのか……
まったく、子供というのはあっという間に育っていくものだなぁ。」
子供の成長に対する喜びと共に、自分も歳を取っていることを実感してしまう。
「15歳になったら、街のクリーチャーギアの学校へ行く約束……
あの子も楽しみでしょうがないのね、きっと。」
「本当にクリーチャーギアが大好きな子だからな。
あの子は利発な子だから、学校を出たら立派な技師になれるだろう。
まったく、そこばかりは俺に似なくて良かったと思っているよ。」
「そうねえ……
村にある本は全部読みつくして、クリーチャーギアの整備だって独学で覚えて。
今じゃ、大人の誰よりも、あの子の方が物知りなくらいだもの。」
「それで、そのクロウは何をしてるんだ?」
「いつも通りよ。
今日も『守り神様』のところ。」
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僕は今日も『守り神様』の傍にいた。
「うーん……これでもダメか……」
ゴーグル型のデバイスを額に押し上げ、メモ用紙にまた一つバツをつける。
「これが、クリーチャーギアの制御系を単純化した図なのは、間違いないんだよなぁ……」
守り神様の腹部に刻まれた溝とにらめっこしながら、独り言をもらす。
昔から、この作業をしているとどうにも独り言が増えてしまう。
「機体の古さからして、新しい理論や複雑さは必要ない……
むしろ、どこまで余計なものを削れるか、知恵を試されてると思うんだけど……」
このモールドに気付いたのは、10年近く前。
守り神様は僕の遊び場でもあった。
守り神様に張り付いた苔を剥がしたら、下から鮮やかな深緑色が現れて。楽しくなって、あちこち少しづつ剥がして遊んでいた時だ。
腹の下の苔を剥がした時、他の部分と違って溝が彫られていることに気付いた。
そのモールドを指でなぞっていると、モールドに沿って淡い光のラインが現れた。
子供は魔力の制御が未熟なため、指先などから少量の魔力が漏れ出すことがよくあるらしい。
たいていは、何の魔導も発動しないほどのわずかな量だ。
だが、この場合は、そのわずかな量であっても反応する仕掛けだったようだ。
驚いたのは、その光のラインが苔の下を伝わって、勝手に複雑な光の模様を描いたのだ。
すぐに光のラインは消え、何事もなかったかのように元通りになったが、子供の好奇心に火をつけるには十分すぎた。
何日もかけて、大人に怒られないように、こっそりとモールドのある部分の苔を剥がし。
どんな模様が描かれているのか、紙に描き写して。
何か秘密があると思うと、元々好きだった守り神様のことが、クリーチャーギアのことが、もっともっと面白いものに思えた。
謎を解きたいと思い、その時から、一層勉強が楽しくなった。
母さんが教えてくれたから、字はもう読めるようになっていたけれど。
もっと難しい本が読めるように。
もっと数字を理解できるように。
もっと物の原理がわかるように。
村中の本を読んだ後は、村にあるクリーチャーギアの整備も見学させてもらった。
哨戒用・イヌ型。ワーニングドッグ。
運搬用・イモムシ型。キャリーキャタピラー。
農耕用・ウシ型。プラウブルは2体。
この4体が村にあるクリーチャーギアの全部だ。
今の時代、軍事用はほとんどすべてが人型だというが、こんな田舎の村にはそんな高級品はない。
それでも、夢中で説明を聞いて、スケッチを取って。
村の誰よりもクリーチャーギアに詳しくなったけれど、それでもこのモールドの正体はわからなかった。
「やっぱり、学校に行って本格的に勉強しないとわからないかなぁ……?」
釈然としない思いを抱えながら、今日はもう帰ろうかと思っていると。
爆音が轟いた。
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音が聞こえた方角は、村の南、入り口側。
村の北側にある、守り神様のそばにいた僕は、駆けつけるには村を縦断しなければいけない。
僕がその場に着いたときには、ワーニングドッグも、2体のプラウブルも、既に破壊されつくしていた。
誰がやったのか、なんて聞くまでもない。
燃える建物の煙の向こうに、3つの人型の影が見えるからだ。
二階建ての家よりも大きい、高さにして10メイルほどの人の形。つまり。
「人型クリーチャーギア……何故こんな場所に!?」
「その声は、クロウか!?
こっちを手伝ってくれ!!」
「父さん!!」
視界が悪い中、声を頼りに駆け寄ると、父さんが何故か村長を羽交い絞めにしていた。
「父さん!?
一体何がどうしてこんなことに!?」
「野盗だ!!
人型クリーチャーギアを持っている野盗……噂に聞いたことはあるが、てっきり与太話の類いだと思ってた……!」
3体の人型機は動かないが、もちろん機能停止しているわけではない。
『どうだ、田舎村のポンコツじゃ俺たちに敵わないことがわかっただろう?
村ごと地図から消えるのが嫌なら、大人しくありったけの金と食いもん、それと若い女を連れてきな!!』
外部スピーカーから、不愉快なだみ声が響く。
「ええい、クソッタレどもめ……!
離せ! わしがキャリーキャタピラーで出る!!」
「無理に決まってるでしょう!
キャリーキャタピラーには武装どころか、手足すらないんですから!」
「まだ体当たりが残っておるわ!!」
「クロウ、村長を止めるのを手伝ってくれ!!」
言い争う父さんと村長の声を聞きながら、僕は違うことを考えていた。
手足を持つ、『守り神様』なら、戦える?
もちろん、普通に考えればそんなわけはない。
苔に覆われるほど長い年月動いてない上に、コクピットに入る方法すら分からない代物だ。
もし動かすことができたなら、それ自体ちょっとした奇跡みたいなものだ。
だが、僕は何故か確信できた。
『守り神様』は戦える。
「クロウ、どこへ行く!?
クロウ!!!」
僕は踵を返し、今来た道を駆け戻っていく。
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全力で走ったはずなのに、まったく苦しさを感じない。
たぶんテンションが上がりすぎてマヒしていたんだと思う。
僕は守り神様の腹に下に潜り込み、いつも通り、モールドに指を這わせる。
いつもと違うのは、指を這わせる範囲の狭さと、流す魔力の少なさ。
「そうだ、何故気付かなかった!?
現在の主流は、操縦者―頭脳―脊柱―末端型。基本は脊柱を中継に頭脳と末端を結びながら、高速で反応させたい動作を脊柱―末端でフィードバックする制御系。
だが!
シンプルに効率的な動作をさせるならむしろ、動作制御の大半を脊柱……というより、胴体の神経節を肥大化させた副脳に任せ、主頭脳の役目を縮小した方がいい!
こっちの方が動作が早いし、操作性も良くなる!
今は、オートマチック化で主頭脳の容量がデカイ方が有利だけど、大昔のこの機体なら……!」
主頭脳の範囲を小さく、今まで脊柱だと思っていた部分を太く。
副脳と末端の回路を増やして……
「間違いない、これだ!!」
光のラインがシンプルな模様を描く。
一瞬の間をおいて、モールドが彫られていた装甲板から金属音が鳴り、搭乗ハッチが開かれた。
「よっし!」
平時なら喜びをじっくり噛み締めたいところだが、今は緊急事態。
急ぎコクピットに飛び込み、シートに腰掛ける。
ベルトで体を固定し、操作盤に手を伸ばしたところで、奇妙な既視感を覚えた。
僕はこの機体を知っている。
僕はこのコクピットに、何度も座ったことがある。
「これは……
僕のムサシスタッグじゃないか!!」
僕は自然と、『守り神様』の本当の名前を口走っていた。
知らないはずがない。
『ムサシスタッグ』こそが、僕が作り上げた『最終傑作』なのだから。