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第1話 クワガタの村の少年



 幼いときから、ずっと思っていた。

 大人たちが『守り神様』と呼んでいる、あの巨大なクワガタムシ。

 苔が生えて、もうずっと長い間、動いていないみたいだけれど。


 あれが、もし動いて。

 あれが、もし戦ったりできたら。


 どれほど、かっこいい事だろう、と――



●●●



~クロウの父~



「もうすぐ、クロウの誕生日ね。」


 妻の言葉に、指を折って数えてみる。


「ああ、もう15歳になるのか……

 まったく、子供というのはあっという間に育っていくものだなぁ。」


 子供の成長に対する喜びと共に、自分も歳を取っていることを実感してしまう。


「15歳になったら、街のクリーチャーギアの学校へ行く約束……

 あの子も楽しみでしょうがないのね、きっと。」


「本当にクリーチャーギアが大好きな子だからな。

 あの子は利発な子だから、学校を出たら立派な技師になれるだろう。

 まったく、そこばかりは俺に似なくて良かったと思っているよ。」


「そうねえ……

 村にある本は全部読みつくして、クリーチャーギアの整備だって独学で覚えて。

 今じゃ、大人の誰よりも、あの子の方が物知りなくらいだもの。」


「それで、そのクロウは何をしてるんだ?」


「いつも通りよ。

 今日も『守り神様』のところ。」



●●●



 僕は今日も『守り神様』の傍にいた。


「うーん……これでもダメか……」


 ゴーグル型のデバイスをひたいに押し上げ、メモ用紙にまた一つバツをつける。


「これが、クリーチャーギアの制御系を単純化した図なのは、間違いないんだよなぁ……」


 守り神様の腹部に刻まれたモールドとにらめっこしながら、独り言をもらす。

 昔から、この作業をしているとどうにも独り言が増えてしまう。


「機体の古さからして、新しい理論や複雑さは必要ない……

 むしろ、どこまで余計なものを削れるか、知恵を試されてると思うんだけど……」


 このモールドに気付いたのは、10年近く前。


 守り神様は僕の遊び場でもあった。

 守り神様に張り付いた苔を剥がしたら、下から鮮やかな深緑色が現れて。楽しくなって、あちこち少しづつ剥がして遊んでいた時だ。

 腹の下の苔を剥がした時、他の部分と違って溝が彫られていることに気付いた。

 そのモールドを指でなぞっていると、モールドに沿って淡い光のラインが現れた。


 子供は魔力の制御が未熟なため、指先などから少量の魔力が漏れ出すことがよくあるらしい。

 たいていは、何の魔導も発動しないほどのわずかな量だ。

 だが、この場合は、そのわずかな量であっても反応する仕掛けだったようだ。


 驚いたのは、その光のラインが苔の下を伝わって、勝手に複雑な光の模様を描いたのだ。

 すぐに光のラインは消え、何事もなかったかのように元通りになったが、子供の好奇心に火をつけるには十分すぎた。

 何日もかけて、大人に怒られないように、こっそりとモールドのある部分の苔を剥がし。

 どんな模様が描かれているのか、紙に描き写して。


 何か秘密があると思うと、元々好きだった守り神様のことが、クリーチャーギアのことが、もっともっと面白いものに思えた。

 謎を解きたいと思い、その時から、一層勉強が楽しくなった。

 母さんが教えてくれたから、字はもう読めるようになっていたけれど。

 もっと難しい本が読めるように。

 もっと数字を理解できるように。

 もっと物の原理がわかるように。


 村中の本を読んだ後は、村にあるクリーチャーギアの整備も見学させてもらった。


 哨戒用・イヌ型。ワーニングドッグ。

 運搬用・イモムシ型。キャリーキャタピラー。

 農耕用・ウシ型。プラウブルは2体。


 この4体が村にあるクリーチャーギアの全部だ。

 今の時代、軍事用はほとんどすべてが人型だというが、こんな田舎の村にはそんな高級品はない。

 それでも、夢中で説明を聞いて、スケッチを取って。

 村の誰よりもクリーチャーギアに詳しくなったけれど、それでもこのモールドの正体はわからなかった。


「やっぱり、学校に行って本格的に勉強しないとわからないかなぁ……?」


 釈然としない思いを抱えながら、今日はもう帰ろうかと思っていると。

 爆音が轟いた。



●●●



 音が聞こえた方角は、村の南、入り口側。

 村の北側にある、守り神様のそばにいた僕は、駆けつけるには村を縦断しなければいけない。

 僕がその場に着いたときには、ワーニングドッグも、2体のプラウブルも、既に破壊されつくしていた。

 誰がやったのか、なんて聞くまでもない。

 燃える建物の煙の向こうに、3つの人型の影が見えるからだ。

 二階建ての家よりも大きい、高さにして10メイルほどの人の形。つまり。


「人型クリーチャーギア……何故こんな場所に!?」


「その声は、クロウか!?

 こっちを手伝ってくれ!!」


「父さん!!」


 視界が悪い中、声を頼りに駆け寄ると、父さんが何故か村長を羽交い絞めにしていた。


「父さん!?

 一体何がどうしてこんなことに!?」


「野盗だ!!

 人型クリーチャーギアを持っている野盗……噂に聞いたことはあるが、てっきり与太話のたぐいだと思ってた……!」


 3体の人型機は動かないが、もちろん機能停止しているわけではない。


『どうだ、田舎村のポンコツじゃ俺たちに敵わないことがわかっただろう?

 村ごと地図から消えるのが嫌なら、大人しくありったけの金と食いもん、それと若い女を連れてきな!!』


 外部スピーカーから、不愉快なだみ声が響く。


「ええい、クソッタレどもめ……!

 離せ! わしがキャリーキャタピラーで出る!!」


「無理に決まってるでしょう!

 キャリーキャタピラーには武装どころか、手足すらないんですから!」


「まだ体当たりが残っておるわ!!」


「クロウ、村長を止めるのを手伝ってくれ!!」


 言い争う父さんと村長の声を聞きながら、僕は違うことを考えていた。


 手足を持つ、『守り神様』なら、戦える?


 もちろん、普通に考えればそんなわけはない。

 苔に覆われるほど長い年月動いてない上に、コクピットに入る方法すら分からない代物シロモノだ。

 もし動かすことができたなら、それ自体ちょっとした奇跡みたいなものだ。

 だが、僕は何故か確信できた。

 『守り神様』は戦える。


「クロウ、どこへ行く!?

 クロウ!!!」


 僕はきびすを返し、今来た道を駆け戻っていく。



●●●



 全力で走ったはずなのに、まったく苦しさを感じない。

 たぶんテンションが上がりすぎてマヒしていたんだと思う。


 僕は守り神様の腹に下に潜り込み、いつも通り、モールドに指を這わせる。

 いつもと違うのは、指を這わせる範囲の狭さと、流す魔力の少なさ。


「そうだ、何故気付かなかった!?

 現在の主流は、操縦者―頭脳―脊柱―末端型。基本は脊柱を中継に頭脳と末端を結びながら、高速で反応させたい動作を脊柱―末端でフィードバックする制御系。

 だが!

 シンプルに効率的な動作をさせるならむしろ、動作制御の大半を脊柱……というより、胴体の神経節を肥大化させた副脳に任せ、主頭脳の役目を縮小した方がいい!

 こっちの方が動作が早いし、操作性も良くなる!

 今は、オートマチック化で主頭脳の容量がデカイ方が有利だけど、大昔のこの機体なら……!」


 主頭脳の範囲を小さく、今まで脊柱だと思っていた部分を太く。

 副脳と末端の回路を増やして……


「間違いない、これだ!!」


 光のラインがシンプルな模様を描く。

 一瞬の間をおいて、モールドが彫られていた装甲板から金属音が鳴り、搭乗ハッチが開かれた。


「よっし!」


 平時なら喜びをじっくり噛み締めたいところだが、今は緊急事態。

 急ぎコクピットに飛び込み、シートに腰掛ける。

 ベルトで体を固定し、操作盤に手を伸ばしたところで、奇妙な既視感を覚えた。


 僕はこの機体を知っている。

 僕はこのコクピットに、何度も座ったことがある。


「これは……

 僕の(・・)ムサシスタッグ(・・・・・・・)じゃないか!!」


 僕は自然と、『守り神様』の本当の名前を口走っていた。


 知らないはずがない。

 『ムサシスタッグ』こそが、僕が作り上げた『最終傑作』なのだから。



挿絵(By みてみん)

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