第9話 機械の記憶
「今、一つだけ思い出した。
わたしは、人間じゃない。」
「……は?」
人間じゃない? セレンは何を言っている?
「わたしの体に血は流れていない。
クリーチャーギアと同じ、魔動機械。
見て、この傷。」
セレンの腕に傷がついている。
傷からはオイルがにじみ出ており、断面は白く、人間のそれとは全く異なっていた。
さらによく見ると、傷口が徐々に閉じていっているようだ。
「自己修復機能。
ある程度までの損傷なら、自動的に修復される。
失ったパーツは戻らないから、流れ出た分のオイルは補給しないといけないけど。」
「え……っと?
あれ、でも食事や睡眠は普通にとってたはずじゃ……」
「私の動力は魔力。
そして、有機物を魔力に変換する機構が備わっている。
クリーチャーギアの魔導炉の小型版みたいなもの。」
確かに、魔導炉を極端に小型化する技術があれば、理論上可能か?
「睡眠は、体の休息と疑似脳のデータ整理に必要。
といっても、最大96時間までは不眠でもパフォーマンスを落とさず活動可能。」
こちらも、理屈は通っているように思える。
だが、あまりに信じがたい。
「どうすればいいんだ……?」
思わず頭を抱える僕に、セレンは、
「別に、クロウが何かする必要はない。
わたしの身元を探すのも、もう終わり。
だってわたしには、心配するような両親はいないから。」
そんなことを言った。
「違う!
それは間違ってるよ、セレン!!」
頭がこんがらがって、何をすればいいかわからないけど。
それだけは、絶対に断言できる。
「セレンが人間じゃなかったとしても……
もし、セレンを作った人が、もういなくなっていたとしても!
セレンのことを心配しないなんてことは、絶対にありえない!!」
僕が、そうだったから。
かつて死ぬとき、僕の最大の心残りはムサシスタッグのことだった。
だからこそ、せめて十分な知識のある人間に使ってほしいと思い、あのパスコードを残したんだから。
「決めた!
セレンの記憶を探そう!!
セレンが本当に人造人間なら……非常に高度なクリーチャーギア技術が応用されている!
少なくとも、セレンがどうして、誰に作られたのか……
それだけは、知るべきなんだ!!」
つい、熱くなってしまい、声を荒らげてしまった。
だが、セレンは僕の目をじっと見て、
「……ありがとう、クロウ。」
今度は、見間違いじゃない。
初めてセレンが笑った。
もし、セレンがただのプログラムに従って動くだけの機械なら、もっと早い段階で感情を見せるか、逆に感情を表現する機能自体がないか、のどちらかのはず。
"初めての笑顔"がこのタイミングになるはずがない。
間違いない。
たとえ体が機械で、脳が疑似神経の塊であっても。
セレンには心がある。
●●●
ムサシスタッグを降りると、キチジさんが暇そうに待っていた。
「どうしたんだ? 急に外部音声が途絶えたけど。
様子もなんか変だし……セレンさんと喧嘩でもしたのか?」
「いや、セレンがちょっと腕をぶつけちゃって。
一応診てみたけど、痣もできてない程度でよかったよ。」
セレンの正体は、キチジさんにはまだ言えない。
というか多分、言っても信じてもらえないだろう。
「ならいいけど。
さて……随分立派な"戦利品"を拾っちまったもんだな?」
目の前には、中破したライトソルジャー。
整備が行き届いているおかげで、部品単位であってもかなりの値打ちものだろう。
「ムサシスタッグのパワーなら、積載できると思う。」
「マジで? 牽引じゃなく積載!?
半端ねえな、このクリーチャーギア……」
100年前のものとはいえ、大金を投じて一品物として仕上げたムサシスタッグは現代でも並のクリーチャーギアを出力で上回る。
クワガタ形態ではその出力の大半をパワーに変換しているのだ。
「問題は…… また帝国が襲ってくる可能性があることか。」
「だよなぁ、何か怪しげな捨て台詞を吐いてたし。
戦利品の扱いも含めて、どうしたもんだか……」
今の問題点は、三つ。
一つ目は、帝国がムサシスタッグをまた狙ってくるかもしれないこと。
二つ目は、セレンの記憶を探す手掛かりがないこと。
三つめは、肝心の戦力であるムサシスタッグが不完全であること。
「まず、僕がこのままムサシスタッグに乗って村に帰ることはできない。
村がまた襲われる危険がある。」
それに、セレンのこともある。
長く生活すれば必ずどこかでボロが出る。
そうなったときに、セレンがどうなるか予想がつかない。
「いっそ、帝国のやつにムサシスタッグをくれてやるか?」
「死んでも御免こうむるな。」
「おう、即答か……!」
当然、論外だ。
「まあ、クロウ君がそう言うならそうなんだろうが……
どうする、いっそこのまま旅にでも出るか?」
「……実際、それが一番いいと思う。
だけど、そうなると準備が必要だから…… 一度、街に戻ろう。」
「その後はどこへ?
アテはあるのか?」
「一応、"考え"はある。」
帝国から追われるリスクを減らし、
セレンの記憶の手掛かりがありそうで、
ムサシスタッグを完全な状態にできるアテがあるところ。
「王都を目指そう。」
●●●
~領主、アラウィズ~
アラウィズは、政務の合間のティータイムを楽しんでいた。
「失礼します、旦那様。」
ノックの音と共に、執事の声が扉越しに響く。
「……入れ。」
また緊急性のある要件か?
クワガタの村のことで頭を悩ませているところだというのに。
「あのクワガタが戻ってきました。
しかも、何か大きな……10メイルほどの包みを抱えて。」
「何があったらそうなるのだ……!?」
数時間前に見送ったばかりではないか!
しかも10メイルほどの包み?
何をすれば数時間でそんな荷物が増えるというのだ。
「私には何とも見当がつきかねます。」
厄介事がまた増える予感に、胃がキリキリと痛むのを感じた。




