序
王国の辺境。
森の中の小屋で、一人の老人がその生を終えようとしていた。
その傍らでは、親子ほどに年の離れた男が涙を流している。
●●●
「ホーガン……!
何故そんな、穏やかな顔をしていられる!?
死んでしまうんだろう!?
もう、何も造ることはできなくなるというのに!!」
「なに、僕は十分に長生きしたさ、リット。
それに、こうして無二の友である君が駆けつけてくれた。
満足さ。」
「だがホーガン!!
君は『クリーチャーギア』を生み出した男、人類の救世主なんだぞ!?
"火"と"車輪"に次ぐ、人類最大の発明といっても過言ではない、『クリーチャーギア』の!!!
君はもっともっと、長く生きるべき人間なんだ!!」
「僕としては、"ロープ"と"ネジ"も大発明に加えたいところだね。」
「私は冗談で言っているんじゃあない!
忌々しい『メガビースト』のせいで、今まで人類は隠れて住むしかなかった。隣の村まで行くのにすら、命がけだった!
まともな国家と呼べるようなものは、王国しかなかった!
だが、これからは違う!!
君は、クリーチャーギアは! 人類に、新たな広い世界を与えたんだぞ!!
救世主の呼び名は、決して誇張なんかじゃない!!!」
「……正直、僕としてもクリーチャーギアは最高の作品だと思っている。
皆が僕を褒めてくれるのも悪い気はしない。」
「なら、もっと生きてくれよ!
君は、もっともっと、すごいものを……」
「無茶を、言うね……」
頑張っても、寿命など延びるはずがない。
リットも、できるはずがないとはわかっているはずなのに。
「僕の仕事はもう十分さ。
理論は本にまとめ、見込みのある若者たちに指導もした。彼らが新たな教師となってくれるだろう。
量産体制も、次世代型のシステムも、リット。君が形にしてくれた。
そして何より……」
老人は、窓の外に視線を向けた。
かすんだ目ではほとんど見えないが、それでも、森の木の葉よりなお鮮やかな深緑の色彩と、巨大なシルエットが目に映る。
「僕の、『最終傑作』……
資金を出してくれた国王陛下には、どれほど感謝しても足りないな……
もちろん、新システムの開発を手伝ってくれた君にも……」
「ホーガン……
もう、満足したって言うのか……?
心残りは何もないと……?」
「ああ、僕の人生は完璧だった。
友に恵まれたおかげだ。」
……ただ一つ。
口には出さないが、あえて。
あえて、心残りがあるとすれば。
最終傑作。僕の最期の相棒機。
テスト運転ばかりで、思い切り戦うことも、長い道のりを歩くこともさせてやれなかった、お前と。
広い世界で旅をしてみたかった、かな……?
●●●
鼓動を止めた老博士と、泣き伏す男を。
窓越しに、巨大な深緑のクワガタムシが見つめていた。