冒険の準備は万全に
ダンジョン入り口のすぐ横で座り込んでいた女性、は『シズク』という登録名らしい。
年齢はオレより下らしい。
呼び名もそのままでいいという事だったので、シズクちゃんと呼ぶことに決めた。
「……ということで、ユキ君とここまで来た訳ですけども、ご一緒しませんか?」
「あ、ありがとうございます! すごく助かります!」
休憩ついでとみるくさんがここまでの経緯をサックリと説明してくれた。
シズクちゃんもダンジョンの難しさを身をもって体験したようで、みるくさんの提案を快く受け入れてくれた。
「最初だから大丈夫、って思ってましたけどー……」
話を聞くと、最後のほうは大量の瓦礫の兵士に追いかけられながら命からがら逃げてきたそうな……。
入口から出ればもう追いかけられることはなかった。ということで丁度一息ついていたところだったという。
「無理ですけど、諦めるのはもっとイヤです!」
シズクちゃん、思いのほか負けず嫌いなのかもしれないな。オレも負けてられん!
「オレも初心者だけど……。一緒に頑張ろうな!」
「おぉ、そうなんですね! えへへ、嬉しいなぁ。よろしく願いします!」
シズクちゃんが右手を差し出してきた。……これは握手なのだろうか?
あんまり慣れない対応に驚いたが、しずくさんに小突かれて我に返る。
「あ、あぁ」
ぎこちない感じで握手を返すことになってしまったな。
しかし、シズクちゃんは気にしてないのか俺の手を取ってニッコリと満面の笑みを浮かべていた。
うーん……。こんな人懐こい女の子の相手がオレに務まるだろうか。
隣にはみるくさんもいるし大丈夫だろう、多分。
ほどほどのところで休憩を切りあげる。
ゲーム内の時間は現実の時間よりも早いため、時間をとりすぎると夜を迎えてしまう可能性があるからだ。
まだまだ猶予はあるものの、何が起きてもいいように早め早めで行動しておきたい。
立ち上がるシズクちゃんの腰につり下がった鞘が揺れるのが目に留まる。
「シズクちゃんは<双剣>を選んだんだね」
「そうなんです! 攻撃に特化した武器っぽかったのでつい……」
自分の記憶が間違ってなければ、<双剣>は上級者向けだった気がするのだが大丈夫だろうか。
みるくさんもちょっと不安げな様子である。
「えぇと、確かに<双剣>は慣れた人が使うと凄い強いんですけど……。最初からは難しいですよ?」
「そうなんですね! じゃあ、いっぱい頑張らないと」
その返事はちょっと予想外だったかなぁ。ヤル気に満ち溢れているのは大変良いことだとは思うんですけどね。
とはいえ、シズクちゃん負けず嫌いなところあるみたいだし……。案外うまくやってのける可能性もあるのかな?
みるくさんのザックリとした説明によると<双剣>は攻撃能力に特化した武器であり、単純にダメージ量だけで言うならば最強候補なのは間違いないとのこと。
ただし、あくまで理論上の話であり、最適な運用ができればという事。
ほぼ密着した間合いで、迫りくる敵の攻撃を凌ぎながら、常に攻撃し続けるという武器なのである。
初心者にやらせるような武器ではないのは確かだ。
……といっても、それはあくまで突き詰めようと考えた場合の話。使いたい武器を使って戦うこのゲームに置いては武器の種類など些細なことでしかないのだ。
結局は本人が使ってて楽しいのが一番、って事だよな。
「えっと、それじゃあ作戦を再確認しましょう」
ちょっと真面目なトーンになったみるくさん。初心者をふたりも抱えてるのだから無理もないが。
「まずは私が暴れまわってヘイトを稼ぎます。要するに囮役ですね」
その間に弱った敵や孤立した敵をシズクちゃんとオレが二人がかりで倒していく、という内容だ。
オレは別途でシズクさんが攻撃されそうになったら盾で庇え、という指令も受けている。
戦力を考えればこれがベストだろう。
「でも、それだとみるくさんの負担が大きくなりませんか?」
「大丈夫ですよ。これくらいのダンジョンなら単独でも踏破できますので」
さすがみるくさんである。熟練者の貫禄が漂ってくるようだ。
今回のメインはあくまで初心者ふたりの訓練であるので控えめにいきますとは言っていた。
「えっと……。念のために、おふたりにコレを渡しておきますね」
差し出されたみるくさんの手の中には赤く輝く小さな石が握られていた。
手渡された石をのぞき込んでみると、中心部分にひときわ濃い赤色の球体が見える。割れているのか無数のヒビが入っているようだ。
「コレはなんでしょうか?」
自分が尋ねるよりも先にシズクちゃんが問いかけていた。
「それは『生命の欠片』と言いまして、いわゆる蘇生アイテムですね。戦闘不能になった人が居たら使ってあげてください」
「えっと、倒れてる人にこの石を当てればいいんですかね?」
その通りです。と嬉しそうにみるくさんが答えてくれた。
ただし、『生命の欠片』を置いた場所で戦闘不能になったり、遠くで倒れている人に投げて当てても効果は発揮されないらしく、ちゃんと近づいて使うようにと念を押された。
「なるほど。そんな貴重な物をもらってもいいんですかね?」
「そんな貴重なものじゃないんですよ。NPCのお店でも安値で買えるくらいですし」
自分には使えない、使うために蘇生させる対象まで近づかなければならない、蘇生しても体力は最大値の半分までしか回復しない。
そういうリスクがあるため安値で使えるという事らしい。とはいえ、初心者には十分にありがたい。
ちなみに、戦闘不能に陥ったとき際に所持しているだけで蘇生できる使い捨てアイテムもあるそうだが、それは有料サービスのみとのこと。
「さて。準備も終わりましたし、行きましょうか」
冒険の準備を終えたオレたちはみるくさんに先導されるように【訓練場跡地】へと足を踏み入れた。