いわゆる新人研修?
町の外周近く、馬車乗り場。
ダンジョンへの移動には馬車に乗って移動するため、ここでパーティーを募集したりするらしい。
しかし今は【訓練所跡地】方面で待機している人はいないようだ。
「そういえば、みるくさんはどうして初心者寮のそばにいたんですか?」
待機中の馬車に乗り込みながら、ここまでの移動中にふと感じたことを問いかけてみる。
「あの辺りによくお世話になってるギルドハウスがあるので、たまたま通りかかっただけですよ」
あの辺にはギルドハウスというものが存在するらしい。まだ自分の知識にない言葉だな。
少し考えているとすぐさまみるくさんが補足してくれた。
「えっと。雑貨屋で取り扱っているものは本当に最低限のものなんですよ」
雑貨屋、というのはノンプレイヤーキャラクターが経営しているアイテムショップのことだ。
自分のような初心者でも扱える簡素な武器や防具、または消耗品を取り扱っているのだが、値段相当の効力しかないという。当然、強くなってくると要らなくなりやすい。
そこで、プレイヤーたちが『ギルド』という単位で組織を作り、ギルドに所属しているプレイヤーが入手したものや、生産したものを【ギルドハウス】を通して販売したりするのだという。
「あの近くに下級の治癒薬を作成しているギルドがありまして、安価で販売してくれるので助かってます」
さっきも丁度買いに行ってたんですよ、とのこと。成程そういう事だったのか。
ちなみに雑貨屋で買えるものは[低級治癒薬]というもので、下級よりも質は低いらしい。
ひとつ気になったことがあるので聞いてみることにする。
「オレでもギルドって立ち上げられますかね?」
「システム上は可能ですね。ですが、立ち上げたとしても現状だと運営は厳しいと思います」
このゲームはサービス開始してからひと月ほどしかたっていない。
野心のある人間が次々とギルドを設立し、群雄割拠な状態にあるということは想像できる。その最中でロクに知識も技量もコネクションもない人間がギルドを建てたとして誰も得をしないだろう。
「そういえば、みるくさんはどこかのギルドに所属してるんですか?」
「んー、色々とお声掛けはいただいてはいるんですけど、ちょっと決めかねてますね」
……ふむ。一瞬だが答えに間があった気がすした。先ほどから何度も質問を繰り返していたが、ここまでスラスラと答えてくれていただけに違和感は大きい。
とはいえ、あまり踏み込んだことを聞くのも失礼というものだろうな。
「あぁ、えっと……。ダンジョン攻略で気を付けたほうがいいことってありますかね?」
「色々ありますけど、この辺りはまだ気にしなくても大丈夫ですね」
ちょっと露骨に話題を変えようとし過ぎただろうか、みるくさんはクスリと小さな声を漏らすのが聞こえた。
「なにせチュートリアルのようなダンジョンですから」
それはそれでチュートリアルから殺しに来てるということになるのですが……。
いやまぁ、様子見だからって単独でダンジョンに飛び込むほうが無鉄砲なだけなのだろうな。
「あんまり【訓練場跡地】に来る人はいないんですかね?」
「ちょうど新エリアが公開されたところなので、今の時期は少ないかもしれませんね」
普段なら低級素材を拾いにくるプレイヤーも居るらしいのだが、今は新エリアの攻略やそれに合わせた物資の補充のために初期のダンジョンに来る人は少ないらしい。
なんだか、ちょっと申し訳ないな。
「あぁ、気にしなくても大丈夫ですよ! 私としては一緒に遊べる仲間が増えることのほうが嬉しいですから!」
本当に巡りあわせというのは大事なんだなと思う瞬間であった。
一通り質問を済ませたところでみるくさんが御者に出発の合図を送った。そして馬車がゆっくりと動き出す。
所謂ロード画面というヤツかな? 窓の外がゆっくりとスクロールしている。
ロードが完了したのか馬車が停止し、チュートリアルのダンジョンである【訓練場跡地】が見えてきた。
やや起伏のある地形に、先端をとがらせた丸太のフェンスがズラリと並べられているのが見えてきたが、戦闘の跡や経年による劣化のせいかあちこち傷んでいるのが見て取れる。
広さを具体的に示すのは難しいのだが、百人単位の人員を収容して生活できるくらいの広さはありそうだ。
シナリオ概要によると、もともとは拠点都市を守る兵士たちの訓練場として使われてきたらしいのだが、突如『悪魔の霧』と呼ばれる異常が発生し、体調を崩す兵士たちが続出。最終的に施設の放棄を余儀なくされたという事らしい。
その『悪魔の霧』の調査を冒険者であるプレイヤーが引き受け、様子を見に行くという流れだそうだ。
敵がどれだけ居るかもわからない。そんな場所にたった数人で乗り込むのである。
馬車を降り、【訓練場跡地】の入り口に近づきながら周囲を見渡してみる。
「ヒロさんの言ってた人居るかな?」
「先にダンジョンに入ってると合流できませんからね……」
ダンジョンはパーティーごとに生成されるため、同じタイミングでいくつものパーティーが挑んたとしても内部で一緒になることはない。
すでダンジョンに居るプレイヤーとパーティーを組むこともできないので、途中から合流することも不可能。
そのため、一緒に攻略する場合はダンジョン突入前までにパーティー組んでおかなければならないのだ。
「みるくさん、あの人かも!」
「……! 急ぎましょう!」
ダンジョンの入り口のすぐ横の辺りの丸太のフェンスに寄りかかって座り込んでいる誰かが居るのが見えた。
長袖の白シャツにベージュのスラックス、簡素な革製の胴衣という、自分とほぼほぼ同じ格好は間違いなく初心者に違いない。
「もしも~し。大丈夫ですか~?」
「……あんまり大丈夫じゃないですー」
座り込んでいたのが女性ということもあり、みるくさんが膝をついた状態で目線を合わせるようにして声をかけてみる。
うなだれたような声での返答があった。意識不明などではないようなので一安心。
接続時間に制限は設けられているものの、何かしらの事情で気を失っている可能性もなくはないのだ。
「立てそうですか? それとも、もうちょっと休みます?」
「えっと……。もうちょっと、休みたいです。さっきまで敵に追われてて……心臓が……バクバクって、いってます」
「あー。それは休んでたほうがいいですね」
みるくさんの提案でしばらくは休憩をとることになった。やむなし。