存在と錯覚
どうしたものか、今目の前にいる人が
自分であることが信じられない。
自分の存在を裏返しているそれを不思議と
殺したくなる。
手を伸ばしても伸ばしてもカツッカツッとなるだけで実態に触れることは出来ない。
名前を呼ぶ声が聞こえるが、
確かあれは自分の名前だったとぼんやりと感じるだけで、はっきりと返事を出来ない。
歳のとった女性に声をかけられた。
どうしたの?
と。どうもこうもありはしないが。
一見広いように見えるが、
とても狭く心地の悪い何かが流れ込んでいる空間に閉じ込めてくる人だ。
手を伸ばして頬に触れてみると、
たちまちそれは無かったことのようになる。
何も無かった。何も生み出せなかった。
あのなかにあるのが、実態をもったもので、
こちら側にはなにも無かったと。
言われているような気がしてくる。
触れられるのに届きはしないものに、
ニタニタと笑われながら。
目に見えていた。
目の前の人は涙を流していた。
生臭く香る匂いに、煌煌とした表情。
実態をもったものはとても楽しんでいたようだった。
殺したくなり、また手に持ったもので切りつけるが、ギュッキュッキィーと擦れる音しかしない。
すると、その人が急に心臓の位置をさしだした。
ここが、ここなら届くぞと言わんばかりに。
ニタニタと気味の悪いがどこか儚げで、
美しいような目と鼻と口とをしていた。
閉じるつもりは無かった目を閉じてしまった。