表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

・思い立ったら自己紹回

 互いを知るために行われる自己紹介。これは自分の出したい情報を手短に障壁無く伝える、意外と優秀な手段である。お互いじわじわと分かりあっていくのも一興だが、まどろっこしいのがあまり好きではない美咲は自分を伝えるため、そして徹を知るために自己紹介をしたらいいのでは? と思い立った。


 そんなわけで今、瑞祥墓地の中心を通る階段に座って徹を待っていた。まだ真っ暗、でももうじき夜明けが来る。毎日毎日言葉を交わしていたら、美咲は徹と話すのが好きになっていた。


(別に恋心を抱いたわけじゃない)

(他に出来る楽しいことが皆無なのが決定的な理由だと思う)

(だけど、それが何だ。私はもっと先輩と仲良くなりたい)


 一筋の来光が一日の始まりを告げた。まるで示し合わせたように、徹は新堂の墓からその幽体を外に出した。美咲に気付くと駆け寄り、穏やかな顔をして隣に座った。


「どうしたの? 早いじゃん」

「……先輩もすぐに出てきましたね」

「いやぁ、日の出の瞬間と同時にタイムラグ無くピッタリ出よう! っていう自主企画をしてたもんで。一瞬遅れたよ」

「うわぁ……」


 あまりの下らなさ。五秒ストップウォッチより下らない。しかし、それを恥ずかしげもなく言ってしまうところに美咲は引いたのだ。行為自体は良い。墓地で出来るよしなごとは少ない。


「先輩、自己紹介をしませんか?」

「自己紹介? このタイミングで?」

「そうです。男女で日の出眺めながら、自己紹介です」

「言葉にするとかなりシュールだけど、まぁいいか。確かに僕ら、お互いのこと名前くらいしか知らないもんね。じゃあ僕から」


 徹は少し距離を置いて美咲の前に立った。改まって言うのは割と気恥しいもので、開いた口に一瞬言葉が付いてこない。しかしここで恥じ入ったら最悪だということくらいは理解していた。


「新堂徹。享年20歳です。大学二年生で……」

「あ、やっぱり年上だったんですね!」

「あの、自己紹介の途中で止めないでほしいんだけど……」

「……ごめんなさい」


 徹は咳ばらいをして仕切りなおす。

「文系の大学二年生。サークルとかはやってないけど、高校では水泳をやってました。趣味はちょっと古めの洋楽を聴くこと。以上です」


 へー、と感情の抜けた軽い拍手の音がした。次に徹と入れ替えで、美咲が自己紹介を始めた。 


「烏谷美咲です! この度、永遠の18歳になりました。部活は中高卓球、そんなに強くありませんでした。趣味は父の影響を受けてレース観戦です。それと甘いものが大好きです!」

「なるほど」


 パチパチと短い音が響く。

 美咲は徹の隣に腰かけた。


「女の子でレース好きって珍しいね」

 美咲は、はにかんだ。

「あぁ、死後も言われるくらいにはよく言われます。っていうか男子にも見てる人いなくて、学校には一人も仲間がいませんでしたよ」

「僕の周りにも居なかったかなぁ。そして僕もよく知らない」

「はぁ、残念です。王子様の話が出来ないのは」

「王子?」


 一瞬、美咲の目が光った。徹は「王子様」の話をするための誘導に引っかかったのだ。


「はい! チャールズ・ルクレールっていうこの地球の主人公なんじゃないかってくらいドラマチックなレーサーなんです! とってもキュートなイケメンで、史上二番目の若さでフェラーリ入り、走ればものすごく速くて、発言も気高いんです!」

「そ、そうなんだ……」


 火が付いたようなので、徹はしばらく黙って聞くことにした。楽しそうに語る様子がとっても可愛らしくて、あぁ女子高生なんだなと実感する。


「――……まぁ、ここにはテレビもねー、ラジオもねー、車道がそもそも通ってねーって言う、あの世界からはだいぶ縁遠い場所ですけどね」

「アッハハ、文明の対局みたいな景色だもんね」

「まぁこれはこれで最高ですけどね。それにしても、先輩が水泳なんて意外です」

「うーん、やっぱり? 引退してから筋トレほとんどやらなかったせいかな。美咲さんは泳げる?」

「一応泳げます。親が泳げた方が良いからって、習わせてくれたので。せめて下まで降りられたら、先輩と海で遊べるのになぁ……」


 頬杖をついて太平洋を眺める美咲を見て、実現したらどんなに楽しいだろうかと想像した。青や黄色の熱帯魚もいるだろう、ベラやハコフグ、メジナなんかもいるだろう。天然の水族館だ。水をかけあったり、浜で砂遊びとかもいい。


「それいいね、すごく。なんか方法があればいいんだけど。あの海の中、絶対綺麗だもんね」

「というわけで、海に合う洋楽を一曲どうぞ」

「…………」

「どうぞ!」


 うっかり洋楽が好きだとか、言わなきゃ良かった。美咲が目に見えてワクワクしている。あまりそういうのは得意じゃないが、ここで歌わないと絶対ガッカリさせてしまう。徹は仕方なく頭を捻った。一人アカペラという時点でハードルは非常に高いのだ。選曲が終わると「なら」と呟き、立ち上がった。座ったままでは歌えない。


(心を込めて)


Wouldn't it be nice if we were older

Then we wouldn't have to wait so long

And wouldn't it be nice to live together

In the kind of world where we belong


(よく歌詞を覚えてたもんだ)


You know its gonna make it that much better

When we can say goodnight and stay together


(美咲の趣味に合うだろうか?)


Wouldn't it be nice if we could wake up

In the morning when the day is new

And after having spent the day together

Hold each other close the whole night through――――

                          



 歌い終えてチラと目をやると、美咲は恍惚としていて、感嘆のため息を漏らした。そして、さっきとは違う心からの拍手が鳴った。


「はぁ……。すごいです……、激うま。私の思ってた海に合う曲とは違いましたけど、すっごい感動しました! なんて曲ですか?」


 そうも褒められるといよいよ、徹は熱い視線から逃げるようにそっぽを向いた。

「あ、ありがと……。Beach boysの『Wouldn't It Be Nice』って曲だよ」

「ビーチボーイズ! まさに海っぽいですね」

「そうだね」

 歌詞自体に海の要素は出てこないけど、とは言わなかった。確か1970年代か、それより以前の曲だったように思うが、自分が好きなものを気に入ってくれたことが徹は嬉しかった。


「また、別の曲も歌って聴かせてくださいね」

「うん」


 二人、しばしの余韻に浸った。


 素敵じゃないか

 こうして誰かと一緒にいる

 笑いながら 同じ景色を見ている

 今はしばらく こうして……

 


美咲「さっきの歌って、歌詞の意味理解してるんですか?」

徹 「まぁ、おおまかには」

美咲「へぇ! あとで書いてみせて下さい、受験英語の力で訳しますから」

徹 「嫌です」

美咲「えぇ……」


※歌詞は以下のサイトより引用

https://www.azlyrics.com/lyrics/beachboys/wouldntitbenice.html

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ