・幽霊って何が出来るの?
瑞祥墓地の中心を通る緩く白っぽい石段に腰かけ、男女二人が景色を見ながらお話をしていた。
「烏谷さんは、いつここに来たんですか? 僕は三年前からここにいるんですが」
心の中でうれし涙を流すほど喜んでいた。今、会話をしている。
「二週間くらい前、ここにきました」
「本当ですか? 僕の墓から井戸までの通り道に烏谷さんのお墓があるのに、あの時まで見かけませんでしたよ?」
「私、最初自分が死んだことも覚えてなくて、景色綺麗だなって思いながらあっちこっちうろついたんです。そしたら、霊園から出れなくて、怖くなって。そうしたら自分が死んじゃった時のこと思い出したんです。霊園からも出れないし、助けを呼んでも誰もいないし。だからずっとあそこにはいませんでした。諦めてお墓に戻って、自分のお墓なんだって思って見てたら、涙が溢れてきて。そんな時に新堂さんを見つけたんです」
「……そうだったんですね」
徹は自分がここに来た時のことを思い出した。自分も最初は何も分からなかったし、その時の感情を思い出すと辛いものがあった。八方塞がりの詰み。終わりのない死亡宣告。だから、美咲にはその辛さをあまり味合わせまいという使命感に駆られたのだろう、彼女の手を取って立ち上がった。
「な、なんですか?」
困惑する美咲に、徹は笑いかけた。
「いいものがあるんです! こっちへ来てください!」
美咲の手を引いて意気揚々と階段を登っていく。どこか懐かしい匂いの風を切り、着いた先は一本の木だった。徹は軽く浮いて木に空いた空洞を指さした。が、美咲はまず徹が浮いたことに驚いたようだ。
「飛んでる!!?」
「あ、ごめん」徹は地面に戻った。
「前に、幽霊だから飛べるかなって思ったら飛べたんですよね。軽くジャンプする要領で、やってみて下さい」
美咲は少々迷ってから地面を蹴った。すると体はフワッと浮き上がり、宙で止まり、やがてゆっくりと地面に戻ってきた。美咲は信じられないという顔で徹を見た。
「すごいです、先輩!」
「……先輩?」
呼び方に疑問を感じた徹が首を傾げた。
「はい、幽霊の先輩です」
「ど、どうも?」
徹は中途半端な笑みを誤魔化すように浮き上がり、また洞を指した。
「ま、まぁそれよりこれだよ」
美咲が今度は迷いなく浮き上がり、おそるおそるその中を覗いた。
「わぁ! かわいい!」
中には二匹のリスがいた。茶色の毛並み、くりっとした黒目。美咲の表情がパッと晴れた。
「良かったです、烏谷さんに気に入ってもらえたようで」
「はい! ありがとうございます!」
徹は泣きそうになった。生きていたころ、人の助けになるようなことはあまりしなかったな、と反省したしたことがあったが、その反省が生かされるときが来ようとは。
美咲がリスから目を離して徹を見た。
「先輩、ありがとうございます。この先どうなるんだろうって不安だったんですけど、先輩がいてくれるなら何とかなる気がしてきました。まだ不安もありますけど」
そう言って優しい笑顔を浮かべるのだ。
「僕も嬉しいです。一人と二人じゃ、まるで違いますね」
木陰が笑った。
その後、徹は幽霊として自分が知ったことを話した。
浮かべること、霊園の敷地の外へ出れないこと、物や植物には触れるが動物には触れないこと、骨壺と水のこと……。
気付けば陽がほとんど落ちていた。
「もう夜か。時間が進むのが早いと思ったのは久しぶりだなぁ」
すると美咲はさも名案を思い付いたかのように、無邪気な顔で徹を覗き込んだ。
「幽霊って光ったり出来ないんですか? 人魂みたいな」
突飛なアイデアに、驚くより先に感心した。
「それは試したことがないんですけど、え、出来るかな」
徹は自分が光るところを想像したり力んだり、適当に試してみたが光らなかった。無駄に必死な様を見て、美咲は思わず笑ってしまった。(美咲の案を試していたのに……)と、徹は何やら腑に落ちない。
「笑わないでくださいよ……」
そう言っても美咲は笑ったままだ。どうもツボに入ったらしい。
「ごめんなさい! なんだかおかしくって、あ、でも今少し光りましたよ」
「本当に?」
徹は自分の体をあちこち眺めてみたが、どこも光ってはいなかった。
「ちょっと期待したのに!」
「あはは! でもどうしよう、本当に真っ暗になっちゃいますね」
もうお互いの表情の判別も難しくなっていた。
「一旦、骨壺ハウスに帰りましょう。頭を整理する時間も必要でしょうし――」
その言葉を聞いて、美咲はフッと表情を暗くした。まるで、そのまま暗闇に紛れてしまいそうで、徹は不安な気持ちを抱いた。美咲は今朝のように徹の腕を掴んで、怯えるような声で問いかけた。
「明日になったら、いなくなってたりしませんよね? ……明日も会えますよね?」
あぁ、おんなじだ。不安、孤独に戻るのはごめんこうむる。しかし――
「大丈夫、大丈夫です。僕は明日も明後日もその先も、この瑞祥墓地にいますよ」
努めて優しい声ハッキリ言ったのは、自分に言い聞かせる意味もあったのかもしれない。一人で考える時間は今、きっと必要なはずだ、徹はそう感じた。
美咲はゆっくりと腕を掴む手を離した。
「約束ですよ?」
「守りますよ、必ず。おやすみなさい」
「……はい。おやすみなさい」
二人の表情は
宵闇に隠されていた