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・出会い 後編

春は出会いの季節  夏は激情の季節  冬は親交の季節  

秋は……、この秋は――――


◆ ◆ ◆


 徹に向けられた縋るような視線に応える言葉が出てこない。自分を見ることの出来る存在。会話の出来る相手。この醜い幽霊の孤独を終わらせることの出来る存在を前に、徹の口からは警告の言葉が飛び出した。


「は、早く家に帰れ! 僕は幽霊なんだ! ここには人が来ないんだ、僕は孤独だ。今、僕に話しかけてしまった君という存在に、とり憑いてしまうかもしれないぞ!」


 精一杯の自己不信とプライドが導いた、勇気の言葉だった。

(もう、死んでこの上迷惑をかけるなんて嫌だ!)

 徹は全力で走って、自分のお墓の下に逃げ込んだ。その背中に「待って!」と嘆くような叫びが向けられていたが、徹は聞かなかった。


 しばらく時間が過ぎて、徹はなんとか平静を取り戻しつつあった。お墓が家なら、骨壺の中は部屋だ。部屋の中で、徹は小さく丸まっていた。文字通りか比喩か、自分では分からない。しかしその感覚。骨壺が陶器で出来ているため骨が土に還れないので、これも成仏できない理由なのでは? と徹は密かに疑っていた。


 今の出来事を思い、徹はため息をついた。

「はぁ、霊感ある人間って本当にいたんだなぁ。科学はまだ万能じゃなかったか。しかし、僕の理性が抑えらんなくなったら、どうなるかわかんねぇしなあ。オカルトを笑えん幽体の身なわけで」


 徹は三日に一回ほどしか外に出ない。どういう理屈か、適当に墓石に水をかけないと喉が渇く感覚が襲ってくる。

(喉何てこの通り、もう砕けてんのに)

 ()()ですることが何かあるわけではない。ただただ過去の思い出をほじくり返し、あーだこーだと思うだけ。新しい思い出なんて増えないのだから、そうもなる。


 住所を墓下に移してから三年は経っていた。

 絶景を眺めて時間を潰すにも限度がある。無心というものは案外なれない。常に頭には何かしらの映像や単語がある。それが、己を狂わせる。

 徹は最初の二年で発狂し、この一年は逆に冷静になっていた。女性に話しかけられたのがその二年の内でなくて良かった、と思うのだった。


「いや、忘れよう。あの娘に固執しちゃダメだ。泣いてたってことは、友達とか親とか、悲しめる相手だったんだな。今日の僕との出会いが噂を呼んで、自称霊能者が見学に来たりしてな。そしたら僕も有名人か?」


 そんな感じでだましだまし、女性の記憶に靄をかけていった徹は、骨壺の中でまた記憶の反芻を始めた。


◆ ◆ ◆


 三日後の昼。


 徹の心は晴れやかだった。外に出たらやけに天気が良く海はキラキラと輝き、瑞祥墓地の魅力がしっかり出ていた。


「見慣れてても、良いもんはいいなぁ! ああ喉乾いたぁぁ……――」


 横を向いた視線の先にあの女性がいた。セミロングの黒髪、赤黒チェックのワンピース。前と同じ墓所の階段に座り込み、頬杖をついて虚ろな目で海を眺めている。


 徹は目を見開いてたじろいだ。


(なんで……?)

(なんであの人まだ……?)


 もしかして時間が経ってないのかと、自分のお墓を見た。かけた水が渇いているところを見るに、時間はしっかり経過している。


(あの人ももしかして……幽霊?)


 そんな考えがよぎった。


(でも女性のいるお墓は前からあった、と思う……)


 確信が持てない。そこそこの面積を持つ瑞祥墓地のどこが空白でどこが埋まっているか? それを覚えてはいない。


(埋葬ってどんくらいで済むの? 僕が墓の下にいた三日程度で終わるもん?)


 混乱を極めた徹は、手の甲を口に当て地面を睨みながら思案に耽った。徹が考えこむ時の癖だった。



 彼が地面を睨む一方、女性も遂に徹のことを発見した。顔にわずかな光りが差し、今度は逃すまいと駆け寄った。すぐ横に来るまで徹はそれに気付いていなかった。


 女性は悩める徹の腕をギュッと掴んだ。その口が、とにかく何か言わなくては! と言葉を繕うより先に開いた。


「あの! ……えっと……死にました!!」


 徹の顔から驚きと恐怖が引いて、困惑が広がっていく。自然と愛想笑いをしていた。


「いや、違……くなくて、私のこと見えるんですよね? 私幽霊なんです、助けて下さい。死んじゃったのに、こうして意識があるっていうか、でもこの霊園からは出れなくて、でもあなたは私のこと認識してるみたいだったし、でも声かけたらいなくなって、どこかに消えちゃって、ここには誰も来ないし、それで……それで…………」


 女性は言葉に詰まって泣き出してしまった。徹はそんな取り乱している姿を見てむしろ、なんだか落ち着くことが出来た。


「あの……落ち着いて下さい。えっと……僕も死んでて幽霊なんです」

「え?」


 きょとんした顔で見つめ返され、少しドキッとした。誰かと目を見て話すのは死後初だった。徹は石の地面に手を突っ込んだ。意識すれば物理的障害を突破出来る、幽霊らしい技だ。


「僕は、あなたが幽霊だと思わなかったんです。だから、その……気の迷いであなたに憑りついたりしたら嫌だな、と思って逃げたんです」

 

 女性は涙をぬぐって腕を離し、しっかりと立った。


「じゃあ……仲間ってことですか?」

「まぁ、そういうことかな」


 そう言われて、安堵の表情を浮かべた。


「一人じゃなかった……。あ、申し遅れました! 私、烏谷(からすや)美咲(みさき)と言います」


 美咲はぺこりとお辞儀したので、徹も慌ててお辞儀し返した。


「こ、こっちこそ遅れました、僕は新堂(しんどう)徹です。幽霊同士、よろしくお願いします」


 奇妙な出会いだった。奇跡の出会いだった。色づいた楓とイチョウの葉、青空を映す海。旅立てなかった若人二人の時間が緩やかに進みだした。


新堂「読者の皆様」

烏谷「どうぞ」


新堂&烏谷「よろしくお願いします!」


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