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・出会い 前編

 初めて彼女と出会ったのは墓地だった。ピューっと寒い風が落ち葉を巻き上げる秋半ば。穏やかで変化のない、その出会いがあるまでは時が止まった場所だった。


◆ ◆ ◆

 

 山の斜面に作られた瑞祥(ずいしょう)墓地。煌めく太平洋を臨み、森は四季折々に色づく。その点では魅力的だが、如何せんアクセスが悪すぎた。最寄駅からバスで二時間、更に徒歩で四時間。必然、遺族が先祖に会いに来ることは稀だった。軽く見回せば、無秩序に荒れた墓がいくつも見つかる。(とおる)はそんなお墓を見つけてはため息をついた。


「管理人くらい来いよ……」


 幸い、目の前のお墓は綺麗に手入れされている。このお墓の主が生前好きだった花――ノースポール――が供えられていた。白いキク科、弔いも兼ねている。


 次に徹は水を汲むべく井戸へ向かった。光る海を横目に、(俗に言う独り占めだな)と心の中で呟いた。――のだが。井戸へ行く途中、赤と黒のチェック柄のワンピースを着た女性が目に入った。女性は一人、お墓の前にしゃがみ込み、墓石を見つめる横顔に感情は見受けられない。


(いつの間に……。若そうだな。僕よりも年下かもしれない。高校生くらいかも)


 そんなことを思いながら、歩調を緩めることなく横を通り過ぎた。珍しいとは言え、お墓に人がいること自体は至って自然なことだ。じろじろ眺めるわけにはいかない。

 徹は小さな物置から取り出した桶に井戸の水を一杯に入れ両手に提げると、さっきのノースポールを供えたお墓に運んだ。墓石の横に桶を置いて、両手を握って開いて、ため息を漏らす。


「ぁ~、こんなに水汲む必要全くなかったな。僕ってやつは」


 とは言え、入れたものは仕方ない。捨てるのも何か癪だし、ひとまず墓石と土台を濡らして水受けに水を入れ、なんやかんやと使い切った。


「ふぅ。潤ったな」


 ささやかな満足感を感じながら桶を物置に戻して帰る途中、またさっきの女性が目についた。長い黒髪から覗く横顔は相変わらず無表情だった。今日は晴れているがそれでも秋半ば、流石に寒くないのだろうかと徹は心配になった。しかしすぐ思い直す。


(いけない。女子高生は冬もスカートを履く超生物。スラックスを着た女生徒は学年で三人しかいなかったじゃないか。きっと大丈夫だ。こんな場所まで来て感傷に浸ってる女の邪魔はすまい)


と、女性の頬で一筋の光が反射したのが見えた。


(まぁ、お墓ってそういう所だよね)と一般論――持論――を持ち出し、通り過ぎようとした。が、徹の意思に反し、女性がすすり泣く後ろで足は止まっていた。


――……僕ってやつは。


 自分に出来ることが本当に何も無いことは重々承知していた。事情を知ろうが知るまいが、知り合いだろうが赤の他人だろうが、そんなことは関係ない。


 僕の声は届かない、届いても価値はない。


 二重の虚しさ。それでも足を止めたのはなぜだろう。何を求めているのだろう。


 その間も眺めていると、不意に女性は振り向いた。髪の隙間から覗く少し赤くなった目と自分の視線が合った気がして、ドキッとした。


(僕と目が合うわけないだろ、馬鹿なこと思うな徹)


 自分のお墓に還ろうと、視線を道に向けた。歩き出そうとすると、女性がこう、言葉を発した。


「あの、すいません……」


 徹はビクッと肩を震わせ、立ち止まった。(声を、かけたのか?)でも、聞き間違いだろうと思いなおして歩き出した背中に、もう一度()()()()()()()


「待って下さい!」


 徹は堪らず振り返った。

(真っ直ぐ僕を見てる! そんなこと、でも)

 視線の熱に凍り付いた歯車を溶かされ、ぎこちなく徹の口が動き出した。


「……ぁ……僕に、話しかけた……の?」

「そう……です」


「僕が見えてるの?」

「……しっかりと」


 徹の顔に驚きか恐れか、生涯一度もしなかったであろう顔がありありと浮かんだのだった。



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