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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

SUCCESSOR 光栄ある闘士

ゴメン。さっきウィキで調べたら、カルパスってロシアの燻製ソーセージだった。


現在は地獄編まで。完結編まで書きます。

一万字越えました。意味ないですね(一月二十二日、現在)


登場人物


カルパス

最強の遺伝子を受け継ぐ男。父親は伝説のボクサー、チョリソー。


ポッピー・ノンアルコール

カルパスの父チョリソーの盟友にして、カルパスの後見人であり専属コーチ。


ニコライ・ボルシチ

もう一人の最強の遺伝子を受け継ぐ男。ロシアから来た天才ボクサー。

父親はロシアの英雄、アンドレイ・ボルシチ。


アンドレイ・ボルシチ

かつてのロシアの英雄。今は息子ニコライの専属コーチ。

試合中にチョリソーを殺し、次の試合でポッピーに負ける。


嘉手納ユリカ

カルパスのガールフレンド。沖縄で知り合った。


マヨネーズ天使

ニコライに雇われた凄腕の超能力者。


バーベキュー

地獄の刑務所の所長。


アンチェイン・マイハート

キューバ出身のラッパー。とにかく体を良く鍛えているので強い。


スレッジ・ハンマー 

宇宙最強の生物と呼ばれる男。コミュ力も高い。

 ドゴガガガガガガッッ!!!

 

 コーナーに追い詰めてからの猛ラッシュ!!

 比類なき威力かつ機械のように正確無比、さらにこれでもかというくらい素早いパンチの連打だった。

 だが敵の優れた面はパワーとスキルだけではなかった。

 対戦相手を計算づくめでコーナーに追いやり、フットワークを封じるという冷徹さも持っている。


 正直、このままではやばい。


 「ピロシキ!マトリョーショカ!」


 俺の対戦相手ニコライ・ボルシチの実父でありコーチでもあるアンドレイ・ボルシチがロシア語で「逃がすな。徹底的に追い詰めろ」と叫んでいる。

 アンドレイは旧ソビエト連邦を代表するボクサーで俺の父親であるチョリソーを倒した相手である。


 今日の対戦カードは「因縁の対決」らしいが、父チョリソーと母マーマレードは正式に結婚していたわけではないので俺は私生児あつかいだった。

 記憶に残る父の面影は世間一般で知られる「陽気な王者」チョリソーではない。

 いつも敗北の影に怯え、家族にも気を許さない怒ってばかりの情けない男の姿だったのかもしれない。


 「カルパス!大自然の中で行った特訓を思い出せ!とりあえず熊に遭遇した時は死んだふりだ!」


 コーチの声を聞いて、俺は己に与えられた役割を思い出す。

 俺は何の為にリングの上に立っているんだ?親父の仇を討つ為か。


 違うだろ!

 

 俺は勝つ為にここにいるんだ。


 俺は身をかがませて、突っ込んできたニコライの股下をくぐり抜ける。


 そうだ。


 俺がチョリソーのバトルスタイルに囚われる必要はない。


 俺はカルパスなんだから。


 俺は華麗なスウェーでピンチを回避する。ニコライのやつは驚きのまま何も出来ない。

 ニコライ・ボルシチは科学トレーニングの粋を凝らしたパーフェクトボクサーと名乗ってはいるが、ヤツの流儀そのものは自分から攻め込むよりも相手の動きに応じて迎撃することを主軸としたクラシックスタイルだった。


 「ビーフ!ストロガノフ!」


 ニコライは悔しそうにロシア語で「運のいい奴め」と言っていた。

 不意をつく万雷の如き歓声。今のハイレベルな攻防劇ににわかボクシングマニアたちが遅れて気がついたのだろうか。実にノリの悪い連中だ。

 俺はリング中央にまで戻り、フィフティー・フィフティーの状況を作り出す。

 父チョリソーならば愛嬌のあるスマイルで敵を挑発したところだろうが俺は彼ではない。


 俺の活躍に満足できなかったコーチは舌打ちする。

 果たしてその理由は俺の詰めの甘さか、打ち合わせ通りに行動アクションしない俺の不真面目さが原因か。御託はいいだろう?

 この戦いに勝ってアンタと俺の正しさを証明してやる。だがコーチは大げさなジェスチャーで「逃げろ。足を使え。大自然のトレーニングを思い出せ」と怒鳴るばかりだった。

 ひどく冷めた表情のニコライが俺と対峙していた。試合前の飢えた獣のようなイメージは消え去り、最新テクノロジーを搭載した機械(PC-9801のこと)のようにこちらの様子を窺っている。

 今さら分析しているのか、俺を。


 「イゴール、イゴール。ニコライ、イゴールボブチャンチン」


 ニコライの父親アンドレイは人を食ったような笑顔を浮かべる。

 おそらくロシア語で「落ち着け。相手は格下だ。愛する息子よ、お前の敵ではない」とでも言っているのだろう。ニコライもまたムカつく笑顔で俺を見下していた。なんて嫌な親子なんだ。


 「モスコミュール。ウォッカ!」


 ニコライの挑発的なロシア語を聞いて、コーチがキレてしまった。

 俺たちは師弟そろって切れやすい性格なのかもしれない。


 「ニコライのヤツめ。何が『お前の動きは見切った。俺に勝てる相手では無かった』だ。ロシア語だからって俺たちがわからないとでも思っているのか!おい、カルパス。遠慮することはないぞ。次にヤツが動いたら一発かましてやれ!」


 獲物が罠にかかった。

 かつてカルパスのコーチであるポッピー・ノンアルコールに敗北した経験があるアンドレイはこの時に勝利を確信する。

 ボルシチ親子の目的はチョリソーの息子であるカルパスを倒すことだけではない。カルパスの師匠であるポッピーを打倒することでもあったのだ。

 アンドレイにとって最後の復帰戦において勝利を飾り、かつてのライバルの息子を後継者として育て一流のボクサーに仕立て上げたポッピーの存在は常に目障りなものであった。

 ポッピーとの戦いの後にアンドレイは妻に見限られ、祖国における地位、名誉、自分の居場所を全て失うことになったのだ。たとえポッピーとカルパスを倒したとしても全てを取り戻すことなど出来ないことは承知している。だが、心血を注いで育てた自分の息子と共にここから伝説を作り上げることは可能なのだ。


 「ワックスかける!ワックス拭き取る!」


 カルパスは強烈なワン・ツーでニコライをけん制した。負けじとニコライもコンビネーションの間に割り込むようなフックでカルパスの動きを封じ込める。

 下手をすれば肋骨を破壊しかねない強烈なブローである。コンビネーションを中断して一旦距離を取るのが定石というものだろう。しかし、カルパスは止まらない。カウンター覚悟でさらにストレートをニコライに打ち込んだ。ニコライは咄嗟に上半身を左に揺さぶり回避を試みる。

 決断は正しかったが、反応はわずかに遅れてしまった。白いニコライの額を伝う血。ニコライの様子が一転した。反則すれすれの瞼を狙った左右のカットブローがカルパスを襲う。それまでの非人間的な機械じみたボクシングから獣じみたファイトスタイルに変わったのだ。

 これぞ千載一遇の好機。

 だがカルパスは深追いをせずに素早いバックステップでニコライの術中から離れていくのであった。


 「コサックダンス!テトリス!ボンブリス!」


 いつまで経っても優位な状況を作り出せないニコライはロシア語で「いい加減ダウンしな。アメリカ野郎」と言った。


 「いいぞ、カルパス。大自然を相手にした特訓がようやく生かされてきたようだな。そのままぶっ倒しちまえ!」


 興奮のあまりポッピーは「シュッ、シュッ」とシャドーを繰り出しながらカルパスを応援する。実際のボクシングの試合でトレーナーやコーチこんなことをしたら減点の対象になるので要注意だ。没収試合になったケースもある。

 ポッピーの姿にカルパスは沖縄での修行の日々を思い出す。そう地元の子供たちが遊んでいた電電太鼓。あの動きをボクシングに活かすことは出来ないものか、と考えついた必殺ブローがあったのだ。

 冷静な機械だったニコライならば通用しないが、今のニコライならば絶対に通用するはず。意を決したカルパスは両腕をダラリと垂らして、ノーガード戦法に切り替えた。


 「ポチョムキン?サンクトペテルブルグ!?・・・チャイコフスキー!!!」 

 (和訳:一体それは何のジョークだ、アメリカ人ッ!今さら命乞いをするつもりか!!)


 ニコライは困惑していた。これから壮絶な打ち合いが始まることを予想していたのにも関わらず、カルパスは試合放棄とも受け取れるノーガード戦法に転じたのだ。所詮は享楽と怠惰にふけるアメリカ人に真のファイトを期待した俺の見込み違いだったというのか。この戦いはボルシチ・ファミリーとポッピー、カルパス師弟の誇りを賭けた神聖なる戦いではなかったのか。ニコライは人生の大半をこの時の為に費やしていたと言っても過言ではないというのに。


 殺す。


 一点の曇り無き殺意が全身を支配する。

 左右への揺さぶりを最小限に抑えたピーカープー・スタイル。

 防御という考えは既に無い。

 出てくれば撃つのみだ。


 その姿は現役時代のアンドレイ・ボルシチの姿を彷彿させた。


 「ハラショー!スパシーバ!!ダスビダーニャッッ!!!!」


 怒りと失望がニコライを本気を出させた。そこには激情に身を任せながらもボクシングの王道はしっかりと押さえた極めて理想的なボクサーがいた。

 カルパスは依然として「いつでも打ってこいよ」と言わんばかりのノーガード戦法のままだった。余裕綽々といった態度のカルパスだったが、その脳裏には勝利へのヴィジョンが存在した。


 俺はアンドレイに劣る。

 それは天性のものであり今さらの努力で埋められるものではない。

 

 だが、これはボクシングだ。アンドレイのフライ級かそれ以上のストレートが容赦なくカルパスの顔面左側を襲った。ブロック、パリィ、スウェーといった真っ当な防衛手段では対応することは出来ないだろう。


 だが、これはボクシングだ。ボクシングは気まぐれな喧嘩とは違う。


 鋼のように強かに、雲のように軽やかにカルパスは目を閉じたままアンドレイのストレートを回避する。


 「クレムリン…?」


 馬鹿な。ヒットした感触が無い。


 それはまるで雲か煙のようにカルパスは避けてみせたのだ。その衝撃はニコライが普段は滅多に使わないロシア語で呻いてしまうほどのものだった。


 「キャビア!キャビア!ニコライッ!!キャビアァァァーーーッ!!」


 息子の危機を悟り、アンドレイは必死に叫んだ。カルパスはニヤリと笑う。そして強烈な左フックがニコライのテンプルに襲いかかる。ニコライのガードは間に合わない。辛うじて腕を上げて直接的な被弾を凌いだだけに止まる。ニコライはダメージからすぐに回復し、再びガードを上げて距離を取る。


 速攻だ。奴の方が深手を負っているのだから。こちらの体力を削り、ポイントを稼ぎにくるはず。


 自戒の意味を込めて、マウスピースを力いっぱい噛み締めた。

 だが、当のカルパスはノーガード戦法のままだった。


 「うちなんちゅー、うちなんちゅー。なんくるないさー」


 彼の心は今、沖縄のサトウキビ畑の光景が広がっていた。その中心には純朴な乙女が電電太鼓を握っている。彼女の名前は嘉手納ユリカ、カルパスが沖縄で知り合った女性だ。宿命のライバル、ニコライ・ボルシチとの出会いにより心を乱されて混乱の極みに会ったカルパスの心を救ってくれた命の恩人でもある。

 ユリカは電電太鼓をくるくると回しながら、カルパスに微笑みかける。

 彼女は幼い兄弟たちが喧嘩をしているとこうして太鼓を叩いてから、それでも止めない時はしこたまぶん殴っているらしい。それ以来ユリカの兄弟たちは電電太鼓を見せると反射的に震えが止まらなくなるそうだ。


 「どれほどの強風にも折れずに負けない柳の木。今の俺はそれだ。ニコライ、お前の技は見切った。降参するなら今のうちだぜ?」


 ニコライは再び、ラッシュを仕掛けた。

 俺が親父と死ぬ気でトレーニングしていた時にこの野郎はジャパンで女と遊んでいやがったのか。

 当然の怒りだった。

 しかしニコライの怒りがカルパスに届くことは無かった。

 彼の繰り出すパンチは全て何も無かったかのように回避され、倍返しのカウンターになって全てニコライに返ってくるのだ。


 「フョォォォードル!エメリヤーエンコォォォーーーッッ!!!」

 (和訳:ふざけんなコノヤロー!)


 またニコライのパンチが避けられた。カルパスは目を瞑ったままだというのに。一見すればそれはよたよたの千鳥足の如き代物、到底ボクシングの技術ではない。ニコライは動作の合間を狙ってジャブを繰り出す。

 だが、駄目だった。

 カルパスはまるで全てを見透かすかのように刻むようなジャブをかいくぐって来るのだ。

 そして雷撃のようなショートアッパーがニコライを襲う。

 追撃は無い。ここは距離を取ってカルパスとのポイント差が縮まらないように、と考えた矢先だった。

 ニコライの間近にカルパスの顔が見えた。両腕を上げて顔面への攻撃に備える。しかし、カルパスが狙ってきたのは腹筋!ボディ!

 当然のように間に合わない。筋肉が引き裂かれ、骨が軋み、内臓が破裂しそうなほどのダメージを受ける。


 「違うぞ、ニコライ。今の俺は電電太鼓だ。電電太鼓はいつだって風のように自由気ままに鳴っているんだ」

 そこには相変わらず腕をブラブラさせながらノーガード戦法のまま微笑むカルパスの姿があった。

 忘れやしない、あの日々を。沖縄のサトウキビ畑で手に手を取り合ってミミガーダンスを踊るユリカとカルパス。ミミガーとは豚の耳を燻製にして切った食べ物。カルパスとミミガー、燻製同士で相性がいいかもしれない。ユリカの瞳にはカルパスが、カルパスの瞳の中にはユリカの姿があった。


 「カルパス。私のイラブー(おきなわ言葉で愛しい人、という意味)」


 「ユリカ、もう君しか見えない」


 そして二人は月夜の晩に白いお城みたいなラブホテルに入って行った。

ラブホテルの中にはユデダコのように全身を赤くしたニコライの姿があった。


 これはまさか!カルパスがユリカに二股をかけられていたというのか。

 しかも相手は俺の対戦相手であるニコライ・ボルシチ!!


「違うよ。お前がまたわけのわからない回想に逃げ込むから追いかけてきたんだよ」


 ニコライの隣にはマヨネーズでお馴染みのちょっとかわいい裸のボクちゃんが立っていた。

 ちなみに股間には何もついていない。


 大切なことだから、もう一度言う。大事なことは二回、言う。

 股間には何もついていなかった。


「サンキュー、ベリーマッチョ。ミスタ・マヨネーズ、希望通りに中国製のト○レフを用意しておいた。番号は削ってあるから存分にぶっ放すといい」


 マヨネーズ坊やは手渡された黒いガンをカチャカチャやりながら、満足そうに笑った。

 そして、ウィンクしながら銃口をニコライに向ける。

 突然のことにギョッとするニコライ。ニコライの驚いた顔を見て満足したマヨネーズ坊やは文字通りのエンジェルスマイルを浮かべながらセーフティをかけた後に銃口を下げた。


「ジョークだよ。ロシアの坊や。大丈夫、よほどのことが無い限り撃ったりはしないさ」


マヨネーズ坊やは引き金に中指をかけたまま、器用にも銃を回転させる。

そして今度は獣じみたスマイルに向ける。


「味の素のマヨネーズを買ったりしない限りはなあ?」


再び、銃口はニコライの額に向けられた。


「ちょ……ッッ!!待ってくれ!!ミスタ・マヨネーズ!!!」


ドドドン!ドン!!ドドン!!

マヨネーズ坊やの逆鱗に触れたニコライとカルパスはその場で射殺された。


 「カルパスーッ!」


 ユリカは泣きながら蜂の巣にされたカルパスに近寄った。


 一体どうしてこんなことに。私たちは出会いそいて愛し合っただけだというのに。


 マヨネーズ坊やはカルパスの死体とチューをするユリカを見ないようにしながらラブホテルを出て行った。彼はこういった湿っぽい場面に不慣れだった。


 「フッ、やれやれだぜ」


 マヨネーズ坊やは夜の那覇市に消えて行った。


 「カルパス。ごめんな。俺があんな男を連れてきたばかりに」


 「そう言うなよ、ニコライ。誰にだって間違いはあるさ」


 死んだカルパスとニコライは地獄にいた。二人とも善人というわけではないので仕方ないといえば仕方ないことだったのかもしれない。

 意気投合したカルパスとニコライは地獄の鬼の監視を逃れながら、地獄を脱出することを計画する。

 二人には地上に戻り、ボクシングの試合の続きをするという目的があったからだ。


 「俺はファイトマネーで親父に入れ歯を作ってやろうと思っているんだ」


 はにかみながらニコライは父アンドレイが黒パンの食べ過ぎで歯を痛めてしまったことを打ち明けてくれた。あまりにも切実な告白にカルパスも涙を流した。

 実はこのところ恩師ポッピーの調子が良くない。いろいろ衝突することもあるが今のカルパスにとってポッピーは無くてはならない人物だったのだ。


 「俺もママやポッピーにいろいろ恩返しをしてやりたいと思っている。なあ、ニコライ。もしこの先全部うまくいって地上に帰ることが出来たら試合の結果とか関係無しに俺たち友達んこになろうぜ」


 「ああ。ソ連とかアメリカとかは親父たちの世代のしがらみにすぎないからな」


 カルパスとニコライはひしと抱き合った。

 そんな二人の前に一際大きな鬼が現れる。このブロックの責任者バーベキューだった。

 バーベキューはさぼっている二人を見つけると金棒でぶん殴った。

 カルパスとニコライはぐちゃぐちゃの肉塊になってしまった。


「何を怠けていやがる。罪人どもが」


 上半身は頭から角の生えた人間、下半身は虎。

 このおそろしい姿をした男こそがカルパスとニコライが囚われている地獄のアスリート専用の地区のボス、バーベキューだった。

 バーベキューは外見同様に凶暴な性格で一日に百人は地獄の亡者たちを撲殺していた。

 しかし、地獄に囚われている者たちは死人なので肉体をどれほど破壊されてもすぐに元通りになってしまうのである。カルパスとニコライも同様にぐちゃぐちゃの肉塊から人間の姿に再生する。


 「無抵抗の囚人を殴って楽しいか?絶対王者さんよ」


 カルパスは念入りに殴られた左目のあたりを撫でながら、バーベキューに文句を言った。

 バーベキューは地面に唾を吐く。

 カルパスの危機を察したニコライは二人の間に割って入ろうとした。

 しかし、次にバーベキューの口から告げられた言葉は意外なものだった。


 「今度、地獄のお偉いさんの前でお前たちに死闘を演じてもらう」


 バーベキューは二人に背を向ける。

 カルパスとニコライをこの場で始末することは容易いことだ。

 しかし、バーベキューとて地獄の小役人にすぎない。上司から受けた命令を速やかに実行しなければ無能の烙印を押される。それは即ちバーベキュー自身が罪人の身分に落とされる可能性でもあった。

 定年するころには地獄のわりと良い階層で一戸建ての家を買ってそこに住みたい。

 だが、ここで上役の不興を買って「バーベキュー=無能」のような図式が出来上がってしまえば全て水の泡になってしまうのだ。

 明るい老後を思えば、カルパスとニコライの反抗など取るに足らないものにすぎない。

 バーベキューはいかにも小役人らしい心境で自分を納得させる。どうせ一度地獄に落ちたものが地上に帰ることなどできはしないのだから。


 「せいぜい自慢の殴りっこで満足させてやるんだな」


 くっくっく、と嫌味な捨て台詞を残してバーベキューは事務所に帰って行った。


 「あの野郎っ!調子に乗りやがって!」


 カルパスは拳を固く握りしめた。

 俺への侮辱は許さない。それよりも許せなかったのはボクシングを無頼同士の殴り合いのように語るバーベキューの言い草だった。誰かあいつをパンチボールにでも転生させてくれないだろうか。

 ニコライは怒りに震えるカルパスの肩にそっと手を触れた。

 断じて同情ではない。言うなれば共感シンパシィだった。

 アスリートたちの競技への想いは国境を越えるのだ。


 「カルパス。試合の日まで連絡を取るのは止めよう。試合の日まで労働に励みながらとーれにんぐを続けるんだ。そして、あいつらにボクサーの凄さを素晴らしさを見せつけてやるんだ」


 そのニコライの言葉を聞いてカルパスは号泣した。

 出会った頃は冷徹な機械みたいな男だとばかり思っていたが、こうして拳と言葉を交わしてみれば血の通った熱い男だということを思い知る。


 「ああ。あの評論家気取りの頭でっかちどもに本物のボクシングを教えてやろう」


 カルパスとニコライは再び、ひしと抱き合った。

 白人も黒人も、どうしてこう何かがあった時に○○みたいに抱き合うのか。

 東洋人の作者にはわからなかった。


それから三日後。

 たかだか三日と思われる方もおられるだろうが、男子三日合わざれば刮目すべしという成句として正しいかどうかあやふやな言葉がある。

 三日と言えば時間にして七十二時間、これほどの時間があればきっと何か大それたことも可能だろう。

 とにかくカルパスは山で非科学的な猛トレーニングをニコライは川で科学者たちに囲まれながらトレーニングをした。


 三日目の朝。

 ロードワークの仕上げに山の頂上に登ったカルパスは叫ぶ。


 「ニコライいイイイイイイッッ!!!」


 三日後の朝。

 見るからに危険そうな赤い液体を腕に注射した後、科学者たちの目の前で重さ一千トンのバーベルを持ち上げるニコライ。目は血走り、鼻からは血がドバドバ出ている。

 そして、例の如く対戦相手の名前を叫ぶ。


 「カルパアアアアアアアスッッ!!!!」


 そして舞台は地獄の刑務所に移る。

赤コーナーからガウン姿で現れるカルパス。その表情は顔がフードの奥に隠されている為に伺い知ることは出来ないが、射るような視線は青コーナーに佇む宿敵に向けられている。

 青コーナーには既にアップを終えたニコライ・ボルシチの姿があった。数日前に肩を組んで仲良くしていた二人とは思えぬ緊迫した雰囲気に包まれている。


 「あれがチョリソーの息子とアンドレイの息子か。バーベキュー、お前にしてはなかなか気の利いた趣向ではないか」


 地獄の刑務所に作られた特設リングの観客席中央に位置するVIP席には全身筋肉のカタマリのような褐色の肌を持つ巨漢がいた。

 この男の名前はアンチェイン・マイハート、言わずと知れた地獄の実力者である。

 アンチェインはカクテルグラスを満たす金色の液体、ドラゴンの睾丸から作った特別な栄養ドリンクを飲みながらリングで向かい合う二人のファイターを品定めする。

 良い(グッド)。実に良い(グッドアスホール)。

 死人でなければ自分が戦ってみたいと思うほどのファイターたちであった。


 「流石はミスタ・マイハート!素晴らしい慧眼で御座います!」


 揉み手をしながらアンチェインの機嫌を取ろうとするバーベキュー。

 しかし、そんなバーベキューを背後からにゅっと伸びた腕が掴み、折り畳んでバレーボールくらいの大きさにしてしまった。こんなことが出来る男は地獄広しといえどあの男しかいない。


 「よう。アンチェイン。何か楽しそうなことをやっているな」(CV:大○明夫)


 野太く超カッコイイ声だったのでアンチェインが振り返るとそこには黒いTシャツとズボンの男が立っていた。上半身の筋肉の量が下半身を異様な比率で上回っているのでやたらとバランスが悪いのが印象的だった。


 「クックック。ギリギリだぞ。ハンマー」


 バリバリバリッ!

 アンチェインが力むと彼が着用していた黒いタキシードが破裂した。その中からはパシフィックリムに出てくるロボットみたいなフォルムのよく鍛えられたマッチョな肉体が現れる。

 アンチェインはブリーフの中から葉巻を取り出し、咥えた。


 「この愛煙家に厳しいご時世によくやるな、アンチェイン」


 「ッッ!!!???」


  ハンマーと呼ばれた男の鋭い指摘に動揺したアンチェインはすぐにブリーフの中に葉巻を戻した。世の中どんなところに落とし穴があるかはわからない。


スパカーンッ!ニコライの強烈なアッパーカットがカルパスを吹き飛ばした。

 否。カルパスは刹那の見切りでニコライの必殺ブローが回避不可能であることを理解すると同時に自分から後方に吹き飛んだのだ。


 「スリッピング・アウェーというやつか。たしかお前の父親の得意技だったな」


 カルパスの父チョリソーの全盛期には使い手が少なかった為に、このディフェンステクニックの名手であったチョリソーは強烈なパンチを見舞われてもすぐに起き上がってきたので不死身の男と呼ばれていた。


 「親父の技を使うのは不本意でな。お前こそボルシチ一家の伝家の宝刀、パンチ・クロス・パンチを上手く使いこなしているじゃないか?」


 カルパスがニコライのアッパーカットに合わせて放ったボディフックはガードとシフトによって威力を封殺されていた。

 相手の反撃を封じながら、詰めチェスのように着実に相手を端へと追い詰める。

 希代の処刑人、アンドレイ・ボルシチの得意技である。


 「甘いな、アメリカ人。敗北を糧に、俺たちは常に進化し続ける。それがロシアンボクシングだ」


 ニコライは上から下へと大ぶりなストレートを打ってきた。そのモーションはボクシングというよりもベースボールのピッチャーのそれだった。

 ガードすれば腕ごと持って行かれる。

 己の窮地を察したカルパスは回避主体のノーガード戦法に切り替えた。


「震えるぞ、マイソウル。燃え尽きるほど、バーンアウト。これが今の俺の全力だ。受けろ、必殺の電電太鼓パンチ!」


 カルパスの心の中で電電太鼓が打ち鳴らされる。

 でんでんでんでんでんっ!左右のフックがスマッシュがアットランダムにニコライに向かって襲い掛かった。ニコライはガードを上げてこれに対処した。

 

「こんなものシベリアのアバランチに比べれば全然効かないぜ!」


 ニコライの出した「電電太鼓殺法」攻略の糸口とは「相手が疲れるまでガードし続ける」という単純なものだった。これは闇雲に打ち続けるラッシュではない。カルパスの繰り出す一発一発がそもそも必殺の威力を秘めた確たる技なのだ。

 ニコライは筋肉を締め上げ、肉体の硬度そのものを底上げする。ニコライの肉体は文字通りの鋼鉄の肉体と化していた。

 耐えろ。こんなラッシュが長く続けられるわけがない。

 注意深く見ろ。カルパスの苦しそうな表情を。


 「ボディががら空きだぜッ!」


 カルパスの喧嘩流ボディブローがニコライに突き刺さった。ニコライは苦痛のあまり表情を歪ませる。

 だが反撃の機会には程遠い。もっとだ。もっと前に出て来い、カルパス。

 カルパスは無我夢中でボディブローの連打を繰り返した。

 気がついている。この一見無手勝流と蔑まれてもおかしくはない「電電太鼓パンチ」が実にアーティフィシャルな要素を備えた技巧スキルであることをニコライ・ボルシチは見抜いているのだ。スタミナは既に限界に近い。


 ならば押し切るまでだ!!!!

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