1. 橋と桜
この話は中学の卒業式が終わって、僕が高校に入学する日にちから始まる。
中学の卒業式は僕が遠くの土地に行ってしまうことから数人の仲の良い友達と肩を寄せ合いながらちょっぴり涙を流した。
「また会おうな」その少数の友達と僕はそう約束をした。それから僕の親のゴツイ感じの車で遠方の祖父母の田舎へと引っ越した。
そして今日、高校の入学式だ。
涼やかな風というかもう結構な暑さの風が吹いていて、桜はもう満開で咲いていたのを僕はここに来るまでの車内で見ていたのを覚えている。
「今日から学校だね、お兄ちゃん」妹の良子が歯磨きをしながら口をモゴモゴさせて洗面所で僕にそう言った。
「お前は中学二年生だよな、新しい学校で緊張してるのか?」僕も良子と同じように歯磨きをしなが言った。
「少しわね」そう言うと良子は歯ブラシを蛇口のお湯ですすぐとプラスティックの幼児アニメのキャラクターが描かれたカップで口をゆすいで顔をタオルで拭いてしまうと洗面所から去っていった。「お兄ちゃんはどうなの?」去り際にそう言うのが聞こえた。
学校へ向かう道を歩きながら僕は妹に緊張しているのかと聞いていたことを思い浮かべていた。本当は妹の良子よりも僕のほうが緊張していた。
それはもうバクバクと心臓が。
そのせいで僕は歩き方がぎこちなくなり、怪しげな踊りを披露しているのではないか、とキョドキョドと辺りを見回してしまった。
ちょうど川を渡る小さな橋の辺りを僕は歩いており、その橋の向こう側にはそれはそれは立派な満開の花を咲かせる桜の木があった。
その下に長い髪をした女性が佇んでいた。
その女性は僕の方を見ており、思わず僕は顔を赤らめてしまう。
僕は下の橋の地面のほうを見ながらゆっくりと橋を渡ってしまう。橋は四、五人が横に広がれる石畳で縦にゆるやかな曲線を描き橋の両端の柵には漆黒の頑丈そうな手すりがついていた。
僕は渡り終えるともう一度女性のいた桜の方を見てみた。
「おはようございます。私と同じ高校の人だよね?もしかして一年生?」とその女は言った。
「おはよう。多分同じ学校だと思うよ、この近くのだよね?」
「うん、そう。私、海原美鈴。あなたは?」
「僕は寺崎洋一。海原さんはそこで何してるんだ?待ち合わせか?」
「海原さんはね、桜を見ていたの、ほらこの桜とても立派じゃない?」
「それは立派だけど学校には行かないの?」
「そうね、あなたと一緒に行くことにするわ」
「わかった、一緒に行こう」
海原美鈴は僕の隣に来て一緒に学校へと歩いていく。
「僕さ、東京から越してきたんだ」
「へぇー、このど田舎に。なんで?」
「僕の両親がさというか父さんが会社やめちゃってじいちゃんとばあちゃんの農家で働くって言ってさ、それで。時々お盆なんかには帰ってきてたんだけどね」
「それじゃあ、私達もしかしてお盆の間だけ会ってたかもしれないわね」
「それはないだろう」
「あら、寺崎くんはそういうのに胸をくすぐられない?」
「ちょっとはな」
「ふーん、ちょっとか。この田舎のこともうちょっと詳しく教えてあげようか。帰り予定ある?」
「予定はないよ。詳しく教えてくれ」
「オッケー、了解」