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「かつては多くの精霊(ひと)たちの通った廊下(みち)。しかし、今は暗闇(くらやみ)と崩れた壁が、我々探検隊の()く手を(はば)んでいる。ここは図書館の奥にできた(めい)(きゅう)。まさに知識の迷宮とでもいうべき巨大な地下迷宮(ダンジョン)だ。はたして我々の前に、救いの(こう)(みょう)()すのであろうか?」

「あの〜、いちいち(じっ)(きょう)しながら撮影(さつえい)しなくても……」

 前を歩くナヴィアに向かって、ミリィが小さな声でツッコミんだ。

 ミリィたちが歩いているのは、書庫と書庫をつなぐ古くて長い渡り廊下だ。今は使われていないため、廊下の灯りは消されている。光源はミリィの持つランタンと、ナヴィアのヘルメットに付いた照明だけだ。

 その明かりが照らし出すのは、壁を(おお)(かく)すように積まれた本だ。その本の壁が、あちこちで崩れて床に散らばっている。廊下にはよどんだ空気が満たされ、ホコリとカビの混じった不快な(にお)いを(ただよ)わせていた。

「我々は洞窟(どうくつ)のごとく、長く暗い廊下を進んできた。その我々の目に、ようやく外からの光が見えてきた」

 不意に廊下が途切(とぎ)れ、出口からまぶしい光が()し込んでくる。その光に誘われるように、ミリィとランティがナヴィアを追い越して飛び出していった。

「うっわぁ〜……。ここって、本当に図書館の中なんですか?」

 突然、ミリィの目に高原のような景色が飛び込んできた。

 切り立った崖の上に、いくつもの小高い丘や草原がある。それらの()(はだ)は茶色く、草地の中には(しげ)みが点在していた。

 背景となる空は青く、白い雲が静かに流れている。まるで外のような光景だ。ただ青空の中にうっすらと見える天井が、ここが室内であることを教えている。

「古くなった書架が(くさ)り落ちて、草原のような地形を作っている。ここは古第三紀斬新世(ざんしんせい)チャット期の書庫……って、いつの時代だ? 本を養分にして(はん)(しょく)する草木には、はたしてどれほどの知識を吸収して……。あ、まさか知能を得てチャットをしてるんじゃ……」

「知識の吸収も、チャットもしないと思いますけど……」

 カメラを持って一人で実況するナヴィアに、ミリィが軽くツッコミを入れる。

 ちなみに古第三紀(略)は、二四〇〇万年ぐらい昔の時代だ。

「あああ〜っ。いきなり我々探検隊の足許(あしもと)が崩れた〜〜〜〜〜っ!」

 何の(まえ)()れもなく、ナヴィアの足場が崩れて深い穴が現れた。

「なんと、草原の下には深い谷が(かく)されていた〜っ!」

 古い本と一緒に落ちるナヴィアが、実況を続けながら谷底へと消えていく。

「ナヴィアさ〜ん。大丈夫ですか〜?」

 穴の上から身を乗り出して、ミリィが下に向かって呼びかけた。

 崖のように見えるのは、石化した書架だ。間は深い谷のようになり、下は真っ暗で何も見えない。この草原は倒れた書架が谷を覆い、そこに本が積もった上にできていた。どうやら草原の下には、無数の谷が隠れているらしい。

 その崖に落ちないように、ミリィは霊力で軽く身体(からだ)を浮かせていた。

「探検隊を(おそ)った悲劇。これは単なる事故ではなく、古代人が我々のような侵入者相手に仕掛けたワナではなかろうか?」

 透明(とうめい)な二枚(ばね)を大きく広げて、ナヴィアが暗い谷底から戻ってきた。しかもカメラを構えて、しっかりと実況を続けている。

 そのナヴィアがあきれるミリィたちを()りながら、草原とは谷を挟んだ反対側の(がけ)(みち)に降り立った。そこはかつて書架から張り出した足場だったのだろう。そこに本が地層のように積もっている。見た目は怖い場所だが、そこなら草原のように下に隠れた空洞(くうどう)はないと考えたのだろう。

 ところが、

 ──カラカラカラ……

 着地したナヴィアの近くに細かな破片が落ちてきた。

 それに気づいたナヴィアが、何事かとカメラを上に向ける。そこに、

 ──ドゴゴゴゴォ〜〜〜〜〜……

 轟音(ごうおん)を立てて書架の崖が崩れてきた。上空で広がる(つち)(けむり)の中から、無数の破片が降り(そそ)いでくる。

「ぬゎんとぉ〜っ。またしても崩落だ〜っ。やはりこれは古代人のワナか〜っ?」

 実況を続けるナヴィアに、破片と土煙が覆いかぶさるように迫ってきた。

 そしてミリィたちの近くにも土煙が迫ってくる。

「危ないっ!」

 ミリィが咄嗟(とっさ)にランティを抱えて丸まった。

 すでに撮影を続けるナヴィアは、土煙に呑まれて見えなくなっている。

 ──ずずずずぅ〜ん……

 周囲に激しい爆風が広がった。それと一緒に襲ってきた土ぼこりに視界を(うば)われ、その中で無数の小石がミリィの身体をたたいてくる。

「けほ……」

 やがて轟音が鳴りやみ、土ぼこりが晴れて視界が戻ってきた。

 ミリィの服には(ちり)が積もっている。その塵を霊力で(はら)いながら、ミリィは恐る恐る崩れた崖の方に目を向けた。

「ナヴィアさん……は……?」

 飛び込んできた光景に、ミリィは自分の目を疑った。

 そこにあったのは、小石だらけの丘だ。先ほどまであった崖は跡形(あとかた)もなく、深い谷もすっかり埋まっていた。ここも時間が()てば草原になるだろう。

 その丘の地面から、何かがボコッと出てきた。

「あああ〜っ。カメラが壊れた〜〜〜〜〜!」

 出てきたのは頭に大きなタンコブを作ったナヴィアだった。そのナヴィアの持つカメラは、見事に折れ曲がっている。だが。

「あ、記録カードは無事だわ。じゃあ……」

 (ふた)を開けると、中の記録カードには問題はなかった。それがわかるとナヴィアが泣きやみ、すぐに別のカメラを用意する。

「なんということだ。探検隊の前で崖が崩れ落ち、すっかり消え失せてしまった〜!」

 ナヴィアの立ち直りは早かった。カメラをまだ土ぼこりの舞う丘へ向け、実況を再開する。

 そんなナヴィアをあきれた顔で見るミリィの肩を、ランティがたたいてきた。

「ミリィしゃん。コケが生えてゆお」

 そう言って、ランティが地面を指差した。

「ホントだ。(くさ)った本を栄養にしてるのね」

 茶色い地面をよく見ると、それは変色した紙が細かくなったものだった。その地面から無数の本が顔を出している。その中から本の姿を残した一冊を、そうっと拾い上げて開いてみた。

「すっかり、ボロボロだね」

 本の表面は劣化して粉を吹いていた。開いたページも触れると()げ落ち、塵のように舞い散っていく。

「中は(すみ)みたいだね」

「こっちは石になってゆお」

 古い本は、すっかり変質していた。石化して(かた)くなったもの。ゆっくりとした炭化現象──サイレント・ボーンで黒く変色したもの。他にも土に(かえ)ったものや、宝石のように(けっ)(しょう)化して輝いているものもある。

「『かのやうに、れいちゃうりの……』って、何て書かぇてゆのかなあ?」

「あ、ランティの方は、まだ読めるね」

 ランティがどうにか判別できる文字をたどたどしく読む。それを(のぞ)き込んだミリィが、

「『このように(れい)(ちょう)生物の進化をやり直すため、原始霊長類の絶滅(ぜつめつ)計画が実行された』って書かれてるわ。文字も言葉も今の(よう)()(かい)語族に似てるわね」

 と、古文書ともいうべき化石化した本に興味を()きつけられた。

「ミリィしゃん。読めゆの?」

「なんとかね。影姫の修行で六八言語も教え込まれたから、そのおかげかな?」

「うわやましいお。あたちも読みたいお」

 そんな言葉を交わした二人が、読書に()き込まれていく。その二人に装置を向けて、

「これも古代人の(のろ)いか? 本を開いた隊員二名が、石のように動かなくなった〜っ!」

 ナヴィアがそんな実況をしていた。

 

「うっうっうっ。恐かったよぉ〜。暗かったよぉ〜。心細かったよぉ〜……」

 空色のドレス姿の女の子──ユメミが、目から涙をボロボロと(こぼ)しながら、長い廊下から出てきた。そのユメミの目が、

「うっうっうっ。やぁっと追いついたわぁ」

 追いかけていたミリィを見つけた。そのミリィはナヴィアのあとについて丘を越えるところだ。

「今度こそ離されないわぁ!」

 ドレスの(そで)でグッと涙を(ぬぐ)ったユメミが、逃がすまいと一直線に駆ける。ところが、

 ──ズボッ!

「うわぁ〜っ!」

 突然、ユメミの足許が崩れ、右足がそこにできた穴にハマった。

「誰よぉ。こんなところに落とし穴なんか掘ったのはぁ?」

 (いか)りをぶちまけながら、ユメミが右足を抜く。その穴の中を見て、

「ひゃ、ひゃぁぁぁぁぁ〜…………」

 ユメミが腰を抜かして後退(あとずさ)った。

 ユメミが見たのは、底なしの深い穴だった。一見すると平らな地面だが、そこは先ほどまで谷だった場所だ。崩れた書架の崖に覆われ、谷が見えなくなっていたのである。

 その穴へ周囲から、パラパラと本の残骸(ざんがい)が落ちていく。

 まだ飛行術を使えないユメミは、重力には完全に(さか)らえない。そのため、

「こ、恐いよぉ〜。腰が抜けたよぉ〜……」

 すっかり足がすくんでしまい、ズルズルと地面を()いながら追いかけるハメになった。

 

「我々が目的地の目前まで来た時、突然夜になってしまった。図書館の開館時間が終わったため、照明が落とされたのだ。我々探検隊は今日の前進をあきらめ、テントを張ってここでキャンプすることにした。しかし、ここで問題が発生した。誰も食料を持っていなかったのだ。(とうげ)の茶店はどこだ〜っ?」

 お腹をキュルルと鳴らしながら、ナヴィアがカメラを手に熱く実況している。熱く語るのは空腹を誤魔化すためだろう。

「お腹、ペコペコらお〜」

「軽い気持ちで来たのは大失敗だったわね。蔵書三〇兆冊以上でしょ。ムチャクチャ書庫が広いって、先に気づくべきだったわ」

 ランティとミリィも、空腹を我慢しながらテントの横で動かないでいた。

 テントの横にある木の枝に、霊力で光るランタンがぶら下がっている。霊力をたっぷりと(そそ)ぎ込んだため明かりは十分だ。その明かりの下で、ミリィは足許から掘り出した本をめくって時間を潰している。

 その時、

 ──ピコピコピコ……

 どこかで通信の呼び出し音が鳴り出した。続いて、

『ランティ。もう寝る時間よ。どこで遊んでいるのかしら?』

 空中に映像が投じられ、そこにイツミの顔が現れた。映像の()(どころ)はランティの服──左の二の腕のあたりだ。イツミはランティの服に小型端末を仕込み、それで連絡できるようにしていたのだ。

「イツミ師匠(せんせい)?」

『あら、ミリィも一緒なの?』

 通信画面に映るイツミが、驚いた表情を見せた。

 そのイツミに向かって、ランティが笑顔で手を振っている。

『ミリィ。今、どこにいるのかしら?』

「学園の中央図書館です。えっと……、今は(ぎょう)新世(しんせい)とかいう時代の……」

『中央図書館? ああ、それでなのね!』

 ミリィの答えを聞いて、イツミが何もかも(さと)ったような表情を浮かべた。

『図書館の奥なら通常空間の地図には出ないはずよね。それは思いつかなかったわ』

 そんなことを言いながら、イツミが画面の向こうで何かを操作している。そのイツミの前に、立体地図が現れた。その様子が、ミリィに映像として伝わってくる。

『ホントに奥まで行ってるのね』

 イツミは通信端末を発信器代わりにして、ランティを探していたのだ。そのイツミが、

『ところでミリィ。食事はどうしたの?』

 と、思い出したように尋ねてきた。

「それが、何も持ってこなくて」

『でしょうね』

 映像の向こうで、イツミがクスッと(ほほ)()む。

『今から送るわ。ランティの分と、ミリィにはいつもの醱酵羊乳(ライト・ケフィア)を温めてあげるわね』

「……どうやって送るんですか?」

『空間転送術よ。亜空間に送るのは初めてだから、うまく送れるか自信がないけどね』

 ミリィにそう答えて、イツミが立ち上がった。と同時に通信画面が消える。

 ちなみに空間転送術は、離れた場所に物を送り込む霊術だ。もっとも、送れる量や距離は術者の能力に左右され、けして無制限ではない。

 

 そのミリィたちがテントを張った場所から少し離れた(しげ)みの(かげ)で、

「うっうっうっ。暗いよぉ〜。恐いよぉ〜。ひもじいよぉ〜……」

 うずくまったユメミが()(えつ)を漏らしていた。暗闇(くらやみ)は怖いけど、ミリィたちに見つからないように、茂みに身を隠していたのだ。

 ──ぼうぅ……

 そのユメミの上に、淡いピンクに輝く球が現れた。

 その球が地面を照らすのに気づいたユメミが、何事かと静かに顔を上げる。

 光の球の中には、二本の小ビンとマグカップ、それと()(にゅう)ビンが入っている。それがトレイの載っているのだ。

 ──ぱちんっ

 突然、光の球が割れた。中にあったものが、ユメミに向かって落ちてくる。

「どわぁっちぃ〜〜〜〜〜っ!」

 ユメミがマグカップの中身を、まともにかぶってしまった。

 悲鳴を上げるユメミが、茂みから飛び出して地面を転がる。

「熱いぃ! 熱いぃ! 熱いぃ〜っ」

「ゆえみお姉ちゃん?」

「ウガイアのお姫さまが、どうして……?」

 ランティとミリィが、驚いた目で七転八倒するユメミを見ている。

 だが、すぐに我に返ったミリィが、治癒霊術(ヒーリング)を発動させた。

「何しに来たの?」

 ミリィは応急手当てに続いて、ユメミの汚れた服に(せん)浄術(じょうじゅつ)をかけていた。

 それにユメミが突っ伏したまま、

「そんなのぉ、あんたには関係ないよぉ」

 と、不貞(ふて)(くさ)れた態度で答える。その時、

『ミリィ。無事に届いたかしら?』

 またイツミから通信が来た。そのイツミが、

『あら? ユメミも一緒だったの?』

 そこにユメミを見つけて、驚いた顔をしている。

「おおお〜っ。ここに転がっている酒ビンは、庶民(しょみん)にとって(たか)()の花、天元界(てんげんかい)産の超高級ワイン『貴腐(きふ)(じん)』ではないか〜〜〜〜〜っ!」

 そこにナヴィアの実況が聞こえてきた。ナヴィアはユメミの隠れていた茂みに入り、そこで拾った小ビンを(にぎ)りしめている。

「隣にあるのは、天上界産の米酒(べいしゅ)暖米(のんべえ)』だ〜っ。これは天からの(めぐ)みか、悪魔の誘惑(ゆうわく)か、それとも空腹による幻覚(げんかく)なのか? それにしても(しぶ)いっ。なんとも渋い選択だ〜っ!」

『どうやら転送は失敗だったみたいね。すぐにやり直すわ』

 ナヴィアの実況を聞いて、イツミが転送の失敗を確認した。そのイツミが通信画面の中でゴソゴソと動いている。

「わお。来たお!」

 ランティの近くに、光の球が現れた。その中にあるトレイに載って、哺乳ビンとマグカップ、それと今度は広口のカップが送られてきている。

 そのトレイが光に包まれたまま、ミリィの手にスッポリと収まった。

『今度は無事に届いたみたいね。じゃあね』

 結果を確かめると、イツミはさっさと通信を切ってしまった。一方でミリィは、

「すごい。イツミ師匠(せんせい)って、こんなことができるんだ……」

 持ったトレイに目を落として、(いた)く感心していた。

 そのミリィにカメラを向けるナヴィアが、

「突然、探検隊の前に現れた球体。それが適度に温められた食事を運んできた」

 と、熱く実況を続ける。そのナヴィアの手には、拾った二本の酒ビンが握られていた。

「あ、そのお酒、ナヴィアさんの分だそうですよ」

「……えっ?」

 ミリィの一言で、ナヴィアの実況が止まった。

 飲み物に()えられた簡単なメモ。そこにはミリィに温めた醱酵羊乳(ライト・ケフィア)、ユメミにはミルクポタージュ、そしてナヴィアにはお酒を送った(むね)が書かれている。

 茫然(ぼうぜん)とした顔をするナヴィアが、ビンを持った手で自分を指差している。そのナヴィアに、ミリィは無言でうなずき返した。

 ちなみに送られてきた飲み物は、どれも精霊にとっての栄養源だ。地上生物の(しょく)()のように、精霊にとってはお酒が主要な栄養源である。と言っても、それは成人に限った話だし、お茶やジュース、(とう)(にゅう)などを好む精霊たちもいる。

 そして未成年者のうちは、多くの精霊がミルクを中心に飲んでいる。

「んぐ、んぐ、んぐ……」

 さっそく哺乳ビンを(くわ)えたランティが、宙に浮きながらミルクを飲み始めた。

 飲む時のクセなのか、ふよふよと後ろに漂っていく。

「うをぉぉぉ〜っ。この濃厚な(あま)()(ほう)(じゅん)な香り。これはこの世の物とは思えないほど(ごく)(じょう)の味わいではないか〜っ!」

「実況はいいですから、静かに食事してください!」

 味わいを熱弁するナヴィアに向かって、ミリィが大きな声でツッコんだ。

 そのミリィの飲み物は、羊乳酒(ケフィア)になる前の醱酵羊乳(ライト・ケフィア)。乳酸飲料のような甘酸っぱい飲み物だ。

 そのミリィに背中を向けて、ユメミは静かにミルクポタージュを飲んでいた。

 

 

「やっと着きましたね」

 書庫の残骸(ざんがい)が、小山のように盛り上がっている。その(とうげ)を登り切ったミリィが、その先に発掘現場を見つけた。

「我々探検隊の前に、ついに目的地が姿を現した。長い道のりであった。危険な道のりであった。だが、我々の苦労は、ようやく(むく)われる時がきたのだ」

 相変わらず熱く実況をするナヴィアが、カメラを発掘現場に向けた。

 発掘現場の周りには、ミリィの背丈ほどもある石板が積まれている。その間で、若い学者が小さな石片を丹念(たんねん)に調べていた。

「何か掘ってゆお!」

 真っ先にランティが、現場に向かって飛び出していった。そのランティを追いかけて、

「大昔の本って、何が書かれてるのかな?」

 と、ミリィも古文書への興味から、気持ちを(はや)らせている。

「おやおや。これは可愛い見学者じゃな」

 発掘隊の隊長と(おぼ)しき老学者が、そう言って麦わら帽子を後ろにずらした。

 老学者の髪は、すっかり白くなっている。だが、発掘作業で(きた)えられたのか、(かっ)(しょく)(はだ)は筋肉でガッシリと引き締まっていた。

「すみません。ここが発掘の現場ですか?」

「おう、そうじゃよ。発掘に興味があるのかな? それとも、本にかな?」

 駆け寄ってくるミリィに、老学者がそんな質問を返してきた。

「本にですよ。大昔の本に何が書かれているのか、読んでみたくて来ちゃいました!」

「お〜っ。来ちゃったお〜!」

 ミリィと一緒になって、ランティもはしゃぐような恰好(かっこう)で返事をする。

「発掘した本って、どこにあるんですか?」

 老学者の前で急停止して、ミリィが元気に尋ねた。そのミリィに目を向けて、

「これじゃよ。読み応えがあるぞ」

 老学者が、大きな石板をポンポンとたたいた。

「お、大きい……ですね……」

「恐竜サイズじゃからな。大きいものじゃと、二メートル近くもあるぞ。しかも石化してるからのう。重くて読むのは大変じゃ」

 筋骨(きんこつ)隆々(りゅうりゅう)とした助手が、本の表紙を力を込めて(めく)った。それがズシンと音を立てて、ようやく最初のページが現れる。

「あたしには……無理だわ……」

 その光景に、ミリィの思考が止まった。

「小さな本なら、こっちにあるわよ。これ、全部大昔の半導体素子(シリコン・チップ)だけどね」

 別の学者が、手持ちの機械で小さな素子(チップ)を分析している。その作業を見ながら、

「…………はあ……」

 ミリィは頭の中が、徐々に真っ白になる感覚を味わっていた。

「これぞ古代の神秘。(ゆう)(きゅう)の歴史の奥には、我々の常識を(くつがえ)(なぞ)が詰まっているのだ」

 一方でナヴィアは、(しょう)()りもなく発掘現場を実況している。そして、ユメミは疲れた顔で、

「あたしぃ、何しに来たのかなぁ……」

 積まれた石板の上に座り込んでいた。

「そう言えば、おぬしら。変な方向からやってきたのう。まさか、書庫を順番にまわってきたのか?」

「さあ……? あたしは、あの司書さんに案内されて来ただけですけど……」

 老学者の質問が理解できず、ミリィは案内したナヴィアを指差した。そのナヴィアが、自分を指差すミリィに「なんだろう」と近づいてくる。

「ここに来るまで、どのくらいの時間がかかったかのう?」

「ほぼ丸一日……ですけど……」

「丸一日……じゃと?」

 ミリィの答えを聞いた老学者の視線が、空中を(およ)ぐように動いた。

 それでチラッとナヴィアを見た老学者が、次に、

「あそこに出入り口が見えるじゃろう。発掘のために大廊下からつなげた、特設通路じゃ。あそこを通れば、図書館の出口まで歩いても二〇分じゃぞ」

 ということを教えてくれた。

 老学者の教えた出入り口の奥から、明るい光が()れてくる。大廊下というのは、多くの書庫をつなぐ大通りのようなものだ。

 それを知ったミリィが、カメラを持ったナヴィアに(うら)めしそうな視線を向ける。

「見学者のために、特設通路のことは正面口横の掲示板に()っておいたハズじゃが……」

「ナヴィアさ〜ん!」

「あ、あ、あ、あれぇ〜…………」

 ミリィの訴えに、ナヴィアが困った顔で頭の後ろをポリポリと()いた。

 そんなミリィたちを一瞥(いちべつ)したユメミが、立ち上がってドレスの汚れをたたく。そして、

「ふん。あたしは先に帰るわぁ」

 という(にく)まれ口を残して、発掘の続く書庫から出ていってしまった。

 一方、発掘現場に残ったミリィたちは、

「ああ〜っ! この本、風使いの操作手引きだわ! すごい、こんな動かし方があったんだぁ〜……」

「をぉ〜っ。変な(ろー)(ぶちゅ)が、いっぱいいゆお」

 それぞれ興味のある本を見つけて、真剣に読みふけっていた。どちらの本も新聞紙を折りたたんだぐらいの大きさだ。

 そのミリィたちの様子を、

「おいおい。お(じょう)ちゃんたちみたいな子が古い本をスラスラと読んだら、言語学者たちの仕事がなくなるじゃないか」

 老学者があきれた表情で見ていた。

 

 

 さて、発掘現場の見学から戻った翌日。

「どうしたのかな? ミリィ、急に風の扱いがうまくなったように思わない?」

「同感ですわ。でも、見たことのない風の使い方ですわね。誰に教わったのかしら?」

 風使いの修行をするミリィを、仲好しグループの女の子たちが驚いた顔で見ていた。

 同じ頃、ユメミは図書資料室にこもって、相変わらず猛勉強を続けている。

 

 そして、中央図書館の古い(へい)()書庫では、

「我々探検隊の行く手を、またも壁が(はば)んでくる。奥地に旅立ってから、すでに三日の時が流れていた。いつの間にか隊員は、わたし一人……。あ〜ん、出口はどこよ〜っ?」

 ミリィたちを案内したナヴィアが、帰り道から()れて迷子になっていた。

 

 

【イツミのエンマ帳】

 図書館で見つけた風使いの術は、とてもミリィに適っていたみたいね。でも、あの時代の風使いって、巨大龍族じゃなかったかしら?

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