表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

(1/2)

 妖精界の王都──西の都。その郊外に、広大な樹海(じゅかい)ですら(しき)()の一部として()み込んだ巨大な総合精霊修行場──王立学園がある。そこでは大勢(おおぜい)の若者たちが、()(らい)(もく)(ひょう)に向かって日々厳しい修行をしている。

 この物語は、そんな若者たちの日常から切り取った、ほんのひとコマの記録である。

 

 

『こんなことぉ、(ゆる)せないわぁ〜っ!』

 樹海の都寄りの場所に、切り(ひら)かれた一角がある。そこは気象精霊を目指す若者たちの(つど)う修行場──校舎や寄宿舎の並ぶ区画だ。

 その建物の一つから、怒気(どき)の混じった声が聞こえてきた。庭でおしゃべりしていた女の子たちが、何事かと声のあった方向に顔を向けている。

「なぁんでミリィの選べる教科が、あたしよりも多いのよぉ?」

 声の()(どころ)は、修行場の()(はん)が使う事務所からだ。

 事務所に置かれた大きな机。そこに一二歳ぐらいに見える少女──イツミ・ハマリヤド・アマテルが座っている。

 幼く見えるが、イツミはこの修行場で(きょう)(べん)()()(はん)。見た目の年齢(ねんれい)とは違い、御歳(おんとし)三五〇〇有余歳の大精霊である。

 とはいえ見た目はあどけない顔立ちの少女だ。大きなイスに座っている……というより、乗っていると表現した方が適切なように思える。そのためイツミは大精霊としての()(げん)よりも、可愛いという形容の方が似合う精霊であった。

 そのイツミが軽く肩をすくめて、相手の女の子──ユメミ・スヒチミに、

「あのね、ユメミ。この前、みんなに基礎学力試験を受けてもらったでしょ。選べる教科は、その結果から割り出したものよ」

 と事情を伝える。

 そのユメミは、だいたい七歳ぐらいの年恰好(としかっこう)をした女の子だ。今日は春の空のような明るい色のドレスを着ている。だが、ユメミの放つ雰囲気が、ドレスの色をくすませていた。

「要するにミリィの方が、成績が良かったぁ〜ってことなのぉ?」

 そのユメミが机に両手を突いて、すさまじい形相でイツミを(にら)む。グッと身を乗り出し、徹底的に喰ってかかる気だ。

「簡単に言えば、そうなるわね」

 対するイツミは、あくまでも平静だった。

「学習の進み具合には個人差が出るわ。定期的な基礎学力試験は、その差を確かめるものよ。それを赦すとか赦さないとか……」

「だぁってぇ〜……」

 イツミの言葉にユメミが(くちびる)(とが)らせた。

「何よりも()(やみ)に受ける教科を増やしたら、一番困るのは本人よ。十分に理解しないまま上の課程に進んだら、なおさら消化不良を起こすわ。そうならないように、試験の結果から次に学べる教科を(しぼ)るのよ。重要なのは試験の成績じゃなくて、今後の内容でしょ」

「ゔゔゔぅ〜……」

 ユメミがうなりながら、(くや)しそうな顔でイツミを睨んだ。頭ではイツミの言葉を理解できる。でも、気持ちが納得(なっとく)できないのだ。

「必須科目、選択科目とも、基本は教材を使った自習式よ。でも、受講式を選ぶ場合は、早めに受ける科目を申し出てね。事前に手続きや時間割の調整が必要だから……」

「ゔゔゔゔゔぅ〜……」

 イツミが説明する間も、ユメミはずっとうなっていた。

 全員を同じ進度(ペース)で教育する。教える側にとっては楽だが、これほど(おろ)かな教え方はない。学習の理解度は一人一人違う。それを無視すると、学習能力の高い者は学習意欲を()がれて学習放棄(ドロップ・アウト)し、逆に低い者は理解が追いつかずに落ち(こぼ)れる。中でも優秀な者からやる気を奪うのは最悪の教育方法だ。しかも、その方法で一番成績が伸びるのは、実は平均よりもちょっと下の能力を持った者たちである。

 そこでイツミは各自の自主性に任せて、必要な教材を与える方法を()っている。もちろん、希望者には講義を手配するし、ゼミや研究会に参加させることもある。

 ただし、これは優秀な者の能力を、徹底的に伸ばすことに特化にした方法だ。その他大勢の者たちにとっては、()(こく)とも言える方法である。

 もっとも学園に入学できた時点で、それなりに優秀だと保証されているのだが……。

「……で、他にご用件は?」

 うなるユメミに、イツミがそう尋ねて微笑んだ。その表情に、ユメミの(ほお)が引き()る。

「あああ〜っ。もぉいいわぁ〜っ!」

 ついにユメミが(かん)(しゃく)を起こした。イツミに背中を向けて、(いか)りに身を任せたまま部屋から出ていく。その様子を目で追いながら、

「そんなにミリィのことが、気になるのかしらね?」

 イツミは優しそうな表情を浮かべた。

 

「はぉ〜……。立ち入り禁止らお……」

 (ろう)()にプカプカと浮かんだ赤ちゃんが、茫然(ぼうぜん)とドアを見詰めていた。

 赤ちゃんが見ているのは、修行場にある図書資料室のドアだ。

 そこには『絶対に立入禁止! 特にミリィ! ユメミより警告』と書かれた紙が()られている。

「ゆえみお姉ちゃん。何してゆのかな?」

 困った表情で、赤ちゃんが首を傾げた。

「あれ、ランティ? そこで何をしてるの?」

 その赤ちゃん──ランティ・アマテルに、誰かが声をかけてきた。ランティは、この修行場の師範──イツミの娘だ。

「ああ、ミリィしゃん!」

 振り返ったランティが、にこっと微笑んだ。

 声をかけてきたのは、神道(しんとう)巫女(みこ)風の恰好(かっこう)をした女の子──ミリィ・ヤクモだ。見た目は七〜八歳ぐらい。二冊の本を()(わき)(かか)えて、不思議そうな目でランティを見ている。

「中に入えないお!」

 そう答えて、ランティがドアを指差した。

「ん? 貼り紙?」

 顔をドアに向けたミリィが、そこにある貼り紙を見つけた。そこに書かれた文面に、しばしミリィの目が釘づけになる。

「な、なによ? これぇ〜!」

 思わずミリィの口から、そんな声が()いて出た。それに部屋の中から、

『うるさぁ〜いっ。ここは図書室だよぉ!』

 と、女の子の怒鳴り声が返ってくる。その声の主がドアを()(あら)く開け、廊下にいるミリィを(けわ)しい表情で睨んできた。

「ゆえみお姉ちゃんの方が、うゆさいお!」

 ランティが両耳をふさいで、怒鳴った女の子──ユメミに文句を言う。

 それにユメミが、

「あゔぅ……。そぉだねぇ〜……」

 と素直に言って、手で口を押さえた。

「ちょっと、これはどういう意味なの?」

 ミリィが貼り紙を指差して、詰問口調で問いただす。そのミリィに()(べつ)するような目を向けたユメミが、

「書いた通ぉりよぉ」

 と、(こわ)()を落として答えた。

「あたしは、何のつもりかって聞いてるの」

「あんたに勉強させないために決まってるじゃないのぉ」

 理由を問うミリィに、ユメミが臆面(おくめん)もなく理不尽なことを言ってのける。

「何のために?」

「あんたの成績がぁ、あたしよりも『上』なのが(しゃく)(さわ)るからよぉ」

 不愉(ふゆ)(かい)そうに問い詰めるミリィに、ユメミが()(れん)()(きわ)まりない答えを返した。

「バカバカしい。借りたい本を見つけたら、すぐに退散(たいさん)してあげるわ」

 高慢(こうまん)ちきな態度のユメミに、ミリィが吐き捨てるように言った。

「どいて。風使いの指南書が欲しいのよ」

「入るなって言ったでしょぉ!」

 部屋に入ろうとするミリィを、ユメミが両手を広げて通せんぼする。

「どうしてよ? 自分に()った操作手引きを探すだけなのに……」

「そんなことぉ、あたしの知ったことじゃないわぁ」

 強い口調で聞くミリィに、ユメミが鼻息を(あら)くして突っかかった。

「あっそ。それじゃあ代わりに、これを元の棚に返しといて」

 そう言って、ミリィが持っていた二冊の本をユメミに押しつけた。ユメミはその本に手を伸ばして、(だま)って受け取ってしまう。

「仕方ないから、指南書は(そと)の図書館で探すわ」

 これ見よがしにユメミに手を振って、ミリィがまわれ右をした。その言葉に、

「……あぁ……」

 ユメミが口を半分開いた状態で固まる。

「図書館って、外にもあゆの?」

 ランティが興味深そうに瞳を輝かせた。

「いっぱいあるわよ。他の修行場にもあるし、街にだっていろんな図書館があるわ」

「行ってみたいお〜!」

 話を聞いたランティが、連れていって欲しいとばかりにミリィの腕をつかむ。

「いっぱい本のあゆとこが、いいお〜」

「じゃあ、学園の中央図書館ね。行ったことはないけど、すっごい数の本があるそうよ」

 廊下を歩きながら、ミリィがそんな話をランティに伝えた。それを聞いたランティが、

「うお〜。そえはしゅごいお〜!」

 と、すっかり気持ちを(はや)らせている。

「……ちょ、ちょっとぉ〜……」

 取り残されたユメミが、図書資料室の前で茫然(ぼうぜん)とたたずんでいた。そのユメミの視線が、誰もいなくなった廊下から渡された本に落ちる。

「なぁ〜んで、あたしが本を返さなくちゃぁいけないのよぉ!」

 手を振り上げて、本をたたきつけようとした。だが、その動きを止めて、

「こぉしちゃぁいられないわぁ!」

 と、ドアの貼り紙を()がして部屋から駆け出していく。

 それで誰もいなくなった図書資料室に(せい)(じゃく)が戻った。

 入り口の横にある司書カウンターに、二冊の本が置かれている。その本には『戻しといて』と書かれたメモが、しおりのように(はさ)まれていた。

 

 

 樹海を(まる)く切り(ひら)いて、大きな広場が作られている。その中央に岩肌(いわはだ)のような壁を持った大きな建物が、山のようにそびえていた。

「ここって、岩山じゃなかったんだ……」

 中央図書館に着いたミリィが、建物の大きさに圧倒(あっとう)されていた。

 この建物はミリィのいる修行場だけでなく、王都からもよく見える。だが、その外観(がいかん)から、ミリィはずっと岩山だと思っていたのだ。

「あお〜。れっかいお〜……」

 ミリィの横に浮いて、ランティも見上げていた。その建物の巨大さに、

「さすが精霊世界で、蔵書(ぞうしょ)量一、二を(あらそ)う図書館だね……」

 ミリィはそんなことを納得する。

「ねえ、ミリィしゃん。早く中に入ゆお」

 ランティが催促(さいそく)するように、ミリィの(そで)を引っ張った。その建物の正面玄関(げんかん)では、飛んできた精霊たちが引っ切りなしに出入りしている。

「中の方が……広い?」

 建物に一歩入ったミリィが、そう言って立ち止まった。

 遠くまで延々と続く(しょ)()。それが天に向かってもずっと続いている。その光景に、またもミリィは圧倒された。

「あら、()(わい)来館者(らいかんしゃ)さんね。(はじ)めて?」

 入り口で固まっているミリィたちに、誰かが声をかけてきた。先に(こぶ)の付いた(しょっ)(かく)透明(とうめい)な二枚(ばね)が印象的な、スモークブルーの制服を着た図書館の司書だ。

「あ、はい。初めてです。えっと……」

 司書にそう答えかけて、ミリィが言葉を詰まらせる。そこにランティが、

「あそこに雲が掛かってゆお」

 と言って、上を指差した。

 そこへ目を向けると、奥にある書架の上の方に雲が出ている。

 それを見た司書が、ポケットから小さな通信機を取り出した。そして、

「司書本部? ()(かい)文学書架一二〇階付近に雨雲発生。大至急、気象班を出動させて。急がないと本が湿気(しけ)ってダメになるわ!」

 と、落ち着いた口調で本部に不具(ふぐ)(あい)を伝える。

「気象班?」

(くう)調(ちょう)を管理してる気象精霊たちよ」

 意外そうな顔をするミリィに、司書がそう答えながら通信機を仕舞う。

「本を快適に保管するために、常時二〇〇人の気象精霊たちが、交替(こうたい)で管理しているの」

「へぇ〜。すごいですね……」

「あなた、気象精霊に興味があるの?」

 ポツンとつぶやくミリィに、司書が(ほほ)()みながら聞いてきた。

「あたし、気象精霊の修行をしてるんです」

「なるほど。タマゴさんだったのね。今日は気象関係の本を探しにきたのかしら?」

「はい。風使いの霊術指南書を探しにきました。あたしの霊力属性に適った本が、どうも修行場には置いてないみたいで……」

「あら、修行場でも関連図書は(ほう)()にそろえているハズだけどねぇ。それで見つからないってことは、あなたの能力は相当(けっ)(しゅつ)してるのね」

「そんなことは……ないと……。あの〜、本、ありますかね?」

 (ほお)()めてうつむきながら、ミリィが本の有無を尋ねる。

「大丈夫。この図書館には管理できてるだけでも三〇兆冊の本があるわ。探せばきっと見つかるハズよ」

「さ、三〇兆ぉ冊ぅ〜?」

 司書の口にした蔵書量を聞いて、ミリィが()(とん)(きょう)な声を出した。

「何十億年も続く精霊世界の、古今東西から集めた本を(おさ)めてるんですもの。最低でも、そのくらいの数になるでしょう」

「それは、そうですけど……」

 目を見開いて、ミリィがゴクンと唾を飲む。

「でも正直言うと、蔵書の数は誰にもわからないわ。蔵めた本が多すぎるからね。この開架書架から亜空間に向かって、いくつもの書庫が造られているの。三〇兆というのは、あくまで管理ができている分だけ。通路や入り口を置き場に困った本や(くず)れた本にふさがれて、存在を忘れられた部屋もあるのよ」

「ほ、本当にそんな部屋があるんですか?」

 ミリィが司書の話を信じられないのか、(うわ)()(づか)いで聞き返した。

「ウソだと思ったら、自分の目で確かめてみる? 今、ずっと奥地に見つかった書庫で、大学の研究者たちが発掘(はっくつ)をしてるわ」

「は、発掘って……」

 図書館に似つかわしくない単語に、ミリィの思考が半分停止する。

「はっくちゅってなんら?」

「厚く積もった本の中から、必要な本を掘り出すことよ。今調査してるのは、たしか(はく)()紀後期のシャンパーニュ期の書庫だったかしら」

「……い、いつの時代……ですか?」

 ランティの疑問に答える司書に、ミリィがツッコむように尋ねた。

 ちなみに書庫の本が蔵められた時代は、約八千万年前である。

「おもしぉしょうらね。行ってみたいお」

「あたしも昔の本を見てみたいわ。ひょっとしたら探してるモノが、昔の本の中から出てくるかもしれないし……」

 司書の話に、二人は興味を()かれた。ミリィの心の中で、『忘れられた太古の()(じゅつ)』という()(わく)的な単語(ことば)(ふく)らんでくる。

「行ってみたい?」

「もちろん、行きたいです!」

 司書に元気な答えを返して、ミリィが胸の前で拳を握り締めた。

「では、わたし──ナヴィア・フィアマンテが、あなたたちを案内してあげるわ!」

 そう言うと、いきなり司書が着ている服をバッと脱いだ。その服の下から、制服と同じ色の探検服が(あらわ)れる。

「あの……。その恰好(かっこう)は……?」

「探検隊の服に、決まってるじゃないの」

 あきれた顔で聞いてくるミリィに、司書──ナヴィアが手首を上下に動かしながら答えた。

「実はわたしも、現場まで行ってみたかったのよ〜。だけど、仕事があるから勝手には行けないでしょ。まあ、今回は利用者を案内するんだから、問題ないってことで……」

「つまり、あたしたちはダシですか……」

 本音を()らしたナヴィアに、ミリィが抑えた口調でツッコむ。その言葉は耳に届いてないのか、ナヴィアが手早く出発の準備を済ませた。

「あの〜、何を持ってるんですか?」

「行くからには、記録するのが(すじ)でしょう」

 ナヴィアが左手に小型カメラを構えて、ミリィの問いかけに答えた。頭にかぶった探検用のヘルメットには、ヘッドマイクと霊力で光るランタンが付いている。

「さあ、案内するわ。でも、古い本だからね。文字や言語も古いことは覚悟してよ!」

 そう元気に言ったナヴィアが、ミリィにも霊力で光るランタンを渡してきた。それをミリィが受け取ると、さっさと図書館の奥へ歩いていく。

「なんか、(しゃく)(ぜん)としないなあ〜」

「探検らお! 探検らお! 探検らお〜」

 先に進むナヴィアのあとを、まったく対照的な反応をする二人がついていった。

 そして、更にその後ろを、

「わざわざ司書に案内させるなんてぇ。きっと特別な本を探すのねぇ!」

 と言いながら、空色のドレスを着た女の子がコソコソと追いかけていく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ