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「終戦からもう二年か、早いものだ」
帝政秋津洲帝都、同、帝軍中央司令部。
帝陸軍所属五島常久大佐は、その堂々たる体躯を重々しい椅子に委ねながら、そんな言葉を吐いた。
「貴様と会うのもそれ程振り、という事か」
「いえ、三年振りであります。我が小隊が壊滅してから、大佐にはお会いしておりません」
「...相も変わらず良い記憶力だ、大尉」
「私は大尉ではありません。唯の一般市民です」
そう答えたのは中肉中背黒髪の、眼鏡を掛けた男。生真面目そうなその風貌は、十中八九インテリ、という印象を人に与えるであろう。
然しながらその服装はボロ布に等しいオーバーコートと、少しばかり上等な浮浪者、といった出で立ちだ。
「今はそうだったな。然しそんな元大尉にだからこそ、頼みたい任務がある」
男は少し嫌そうな顔をすると、
「...了承できるかどうかは分かりませんが、お話だけは」
と付け加えた。
「宜しい。何、貴様程の男であれば簡単な任務。少しばかり、大陸の方に飛んではくれんか」
「大陸、ですか」
「ああ。ある人物の護衛、つまりは要人警護だな。それを頼みたい」
「成程。然し、何故私なのです。この様な特殊任務なら、帝軍の特殊部隊の方が余程動かしやすいかと」
五島は苦笑うと、
「確かにそうだ。だが現状、貴様を使うしか手は無い。諸々の理由によってな。最も、内容は言えんがな。無論金は弾む。どうだ?」
「お引き受けできません」
「...何故だ」
五島は少々語気を荒らげながら、問うた。
「内容が不明瞭過ぎます。今の所私に理解出来たのは、『ある人物の要人警護』という事だけ。対抗勢力、此方の手段、その他様々な情報が不足しています。この状態では、完璧な成果はお約束出来ません。」
そして一度言葉を切ると、
「私が軍人であった頃なら、そのような任務も引き受けた、いや引き受けざるを得なかったでしょうが...」
部屋に、沈黙が流れる。
「...」
「...」
「本当に。本当に、残念だよ。貴様なら間違いなく、この任務を果たしてくれると、そう信じていたのだが…」
先に沈黙を破った五島は徐に立ち上がると、鷹揚に手を叩いた。間髪を入れずに、武装した兵隊が部屋へ雪崩込み、彼のインテリな顔に銃を突き付ける。