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ばらばらと大粒の水滴が降ってくる。
あ、やばい。これはくる。
屋根のあるところへ急ぐ。その間にも大粒の水滴は容赦なく降り注ぐ。服にも荷物にも私自身にも。
あぁ、濡れて困るものあったっけ?
あの書類は…ジッパー付きのファイルに入れてるから大丈夫。
スマホは、今握りしめてる。一応ポケットに入れとくか。
革の財布だけど、一応巾着に入れてるから大丈夫だと思う。
さっき買った新刊、ビニール袋に入れてもらって良かった。
バッグに折り畳み傘があるけど、今取り出して開いてってやってるよりは走った方がいいはず。
って、そういえばバッグは帆布だけど防水じゃないから濡らしたくはないなぁ…
もやもや考えながらも吹き抜けのエントランスに逃げ込んだ。
ほっと息を吐いたけれど、あっという間に風も雨も強まって雨風を凌ぐ壁のない吹きっさらしのこの場所では強風に煽られた細かな雨粒に晒される。
あぁもう!
建物内に逃げ込む。
同じように逃げ込んだ人達が数人。
「これは辛いですねー。」
目が合った人が話しかけてくる。
「本当に急に来ましたもんね。」
「そうそう、さっきまで降ってませんでしたよね?」
「はい、ホントに一瞬でしたよね。」
台風接近。そろそろ帰ろうかと思っていた所に舞い込んだ天候の急変。
ちょっとした非日常、逃れた安堵と少しの高揚で、口が軽くなる。
はしゃいで走り回る子供の声、友人と話しながらなおざりに窘める母親らしき人の声、慌てて駆け込んでくる人達の足音、ザアザアと地面に叩きつけられる雨音、バタバタとどこかで何かが強風に煽られている音。
外を眺めていると、まだまだ雨風が収まる気配のない中、傘をさしてバスへと向かい飛び出す人影。
「え、今?」
「ええぇぇー、今は無いですよねー…」
「いやいやいや、今は無理でしょお~…」
一人が飛び出すと、更に何人かが続く。
「えぇ、無茶するなぁ~」
「もうちょっと待てばいいのに…」
もはや独り言なのか、お互いに話しかけてるのか分からないテンションで、それでも何故か言葉は途切れず。
「ばあちゃん達せっかちすぎんだろ…」
「確かに。ああいうのが転んだり怪我したりして救急要請とかしちゃうんでしょうねぇ。」
「あー、分かる。」
「落ち着いてから行けばなんてことないのに。」
「そうだよねー。まーでも、残り時間が少ないって思えば、仕方ないのかもねぇw」
「まぁそうですねぇw」
「ま、命大事にって思うだけだけどね。」
「命大事にwwww」
「そ、命大事に。」
微笑みあって、くすくすと笑い合う。そのま会話は途切れ。
しばらくすると、雨風は弱まり小雨程度に落ち着く。
「そろそろ大丈夫かな。」
「そうですね。」
「じゃ、お気をつけて。」
「はい、ありがとうございます。お互いに。」
挨拶を交わして。小走りで駆けていく後ろ姿をしばし見送り、私もバスに向かって歩き出す。大雨の中飛び出して、強い風で傘が折れたらしい人を見かけるが、何もすることは出来ずに追い越す。
「命大事に。」
「安易な行動で周りに迷惑かけないように。」
「救助とかに駆り出される身になってみろ。」
独り言を呟きながらバスに乗り込み、家路に着く。
物語やドラマなら、台風から逃れて出会った二人の間に何かが起こるんだろうけど、現実は何にも起こらない。ま、そんなもんよねとか独りごちながら。