第1話 始まりの町の冒険
私とお兄ちゃんは、家に帰って装備を整える事にした。さっきまでは、農作業に相応しい硬めのズボンと綿でできた服を来ていた。勇者?となったお兄ちゃんは、黒っぽい服を選ぶ。
勇者である以上、多少はカッコ良くしなければ示しがつかないらしい。
「お兄ちゃん、マントは黒でも良いけど、勇者なら青系の方が似合うと思うよ。
後は、道具を出し入れし易いベルトを着けて、木刀を腰に付ける。
真剣は重いから、とりあえず私が預かってるね。
本当にヤバイ場所だと確信してから、私の判断でお兄ちゃんに渡すわ。
今のお兄ちゃんでは、木刀を振り回すのが精一杯だもんね……。
もう少し筋肉を付けようね!」
「ふん、衣装を選んでくれたのには感謝するが、マリアーンは何か勘違いしている。
俺は最強なのだ。すでに最強ならば、特訓する意味もないだろう?
そんな事より、村人を救うのが最優先だとは思わないかね?」
「戦って経験値を積むの? 良いけど、そう都合良くモンスターなんて現れないわよ。
ここは、平和な村だもん。出るとしても、最弱のスライムくらいよ。
それなら、村人で撃退もできるからね。勇者も必要ではないのよ」
私はそう言って、自分の戦闘服を着る。
お兄ちゃんが大好きで、お揃いの衣装を買っていたのだ。
多少は女の子らしいアクセサリーを身に付けてはいるが、色違いなだけだった。
「私は、女の子らしいピンク色のマントに、白っぽいワンピースを着るわ。
後は、お兄ちゃんとお揃いのベルトをして、背中には真剣を、腰には木刀を装備している。
後は、薬草と毒消し草くらいを用意しておくわ!」
「ふっ、マリアーンは自分の身を守る事だけを考えていろ。俺は、最強で無敵だから傷1つ付かない! 木刀でさえ、俺の無敵過ぎる攻撃力を制御するためだけの道具でしかないのさ!」
「そんな、木刀だって扱うのがやっとのはずなのに……。
自信やヤル気が出ても、身体的な強さは大して変わらないんじゃ……」
私は、そう言いかけてやめた。今のお兄ちゃんは、自信に溢れている。
そこを踏まえた上で、彼の身体能力を向上させなければならないのだ。
私にだってプライドはあったが、お兄ちゃんの為に我慢する事にした。
「お兄ちゃん、私に稽古を付けてよ。
お兄ちゃんは最強で死ぬ危険もないかもしれないけど、私は死ぬ危険が高いんだよ?
トロルやスライムくらいなら勝てても、上級レベルのモンスターには勝てない。
毎日お兄ちゃんに稽古をつけてもらって、初めて戦力となれるレベルなんだから……。
だからお兄ちゃん、私と木刀で特訓してよ……。
怪我には気を付けるけど、かなり本気でね」
私の実力は、スライムやトロルを倒せる初級冒険者といったところだろう。
自信満々のお兄ちゃんの実力は分からないが、少なくとも互角には戦えるレベルだろう。
自信を無くさせずに、なんとかギリギリの戦いを演出するしかなかった。
「ふん、最高の剣士が目の前にいるのに、剣の腕を磨かないのは時間の浪費だからな。
良いだろう、マリアーンに稽古を付けてやる。
怪我はさせないように戦うから、安心してかかってこい!」
お兄ちゃんは、得意満々の表情で家から外へ出るように指示をする。
親指を立てて、私に外へ出るようにする仕草がイラっとした。
格好を付けるのは良いが、実力が伴っていなければ、魅力はガタ落ちするのだ。
(私の剣を受け止められるかどうかも不安なんだけど……)
私はそう考えたが、外に出て本気で戦う事にした。
木刀を構えて、一気に懐に飛び込んで斬り付ける。
トロル戦の時とは違う、ブンっという風の音が発生した。
無防備な腕が当たれば、骨折くらいの怪我はするだろう。
しかし、私の心配とは裏腹に、お兄ちゃんは木刀で私の斬撃を防いだ。
木刀の一撃をまともに受ければ折れるが、お兄ちゃんは受け流すようにして防ぐ。
「ふん、こんなもんか……。女の子にしては、腕力も攻撃力も申し分ない。
それなりに本気でかかって来てくれて嬉しいよ。それでこそ、お前を強くする事ができる。
お前の力を受け流して、カウンター攻撃で倒す方法もあるが、それは今はやめておこう。
今は、俺の攻撃を受け切る事だけできれば良い」
お兄ちゃんは、私が攻撃を見切れるようにして攻撃して来た。私は難なくその攻撃を防ぐ。とても軽い。彼の木刀はコンという音を立てて、私の木刀に止められていた。
(弱い……。まあ、戦闘ができるだけでも良かったとしますか。
このまま訓練を続けて、筋力は後々に付けるという事で良しとするか……。
今は、反射神経を養う方が大切かな)
私は攻撃を受けて、反撃の一撃を軽く放った。軽く当たる程度の攻撃、当たっても痛みを感じる程度のダメージだ。勝ったと思った瞬間、私の首筋に硬い物が当たる。
お兄ちゃんが、私に向けて先に攻撃していたようだ。
弱く、痛みもない一撃だが、私の攻撃よりも早く届いていた。
お兄ちゃんの思わぬ反撃により、私は呆気に取られて動きを止める。
弱いと思っていたお兄ちゃんが、私を倒したのだ。
(私は、本気じゃなかった。怪我しないように攻撃した。
攻撃が先に当たったのはまぐれよ……。でも、私と同等の実力がある事は分かったわ。
後は、筋力が付けば問題ないんだけど……)
お兄ちゃんに不意を突かれた感じで負けた。悔しい気持ちはもちろんあるが、それよりも強さが分かって嬉しかった。やはり、妹としては頼れるお兄ちゃんの方が魅力的に映るものだ。多少自信家でも、情け無いよりはずっと良い。
「見直したよ、お兄ちゃん。
攻撃力や筋力はともかく、私の攻撃を受け流せるだけの実力があったんだね。
まさか、弱いとはいえ一撃を入れられるとは……」
「ふん、大切な妹を傷付けまいかと必死だったさ。だが、お前の攻撃力が分かって良かった。訓練次第では、魔王と対峙する戦力になりそうだ。もっともっと特訓して、俺が強くしてやるからな!」
どちらもが、自分の方が実力が上だと思っているので、なかなか回りくどい褒め方になっていた。そして、お互いに弱者を気遣う気持ちからか、相手の言った事には気にしないようにもなっていた。
「じゃあ、そろそろ次の街へ行きましょうか?
今の2人なら、雑魚モンスターくらいは余裕だろうし……」
「マリアーン、モンスターを舐めていると死ぬぜ。
雑魚とはいえ、スライムも自分がどうやって相手を攻撃すれば死ぬかを知っているのだ。
油断はしない方が身のためだぞ!」
お兄ちゃんは、スライムに負けた記憶があるからか、私にそう警告した。
以前のガクブル震えていた情けないお兄ちゃんだったなら、私は「ヘタレは黙ってろ!」と言って蔑んでいただろう。
だが、頼れるお兄ちゃんになっている今は違う。素直にお兄ちゃんの言葉を受け入れる事ができた。可愛い笑顔を見せるように努力して、こう言った。
「うん、分かったよ、お兄ちゃん。
相手がどんなモンスターでも、絶対に油断しないよ」
お兄ちゃんも私の顔を見て笑っていた。お父さんが、お兄ちゃんに戦闘訓練をさせると言った時は、少なからず強いお兄ちゃんを想像していた。私と背中合わせで戦えるような素敵な男性になって欲しいと思っていた。
それがヘタレ過ぎて一時期は挫折したが、今の自信満々のお兄ちゃんならば、私と一緒にモンスターとの死闘を生き残る事ができるのだ。私が自分も強くなろうと決意すると、街の中で悲鳴が聞こえてきた。
「キャー、誰か、助けて!」
「何かしら? 女性が叫んでるみたい……」
私とお兄ちゃんは、声のする方を振り向く。何が起こっているかは分からないが、緊迫した空気である事が読み取れた。一刻も早く助けに行かなければ、叫んでいる女性の命は無いかもしれない。
「マリアーン、状況を確認している時間はない。早く助けに行こう!」
お兄ちゃんは、私の手を握って走り出した。こんな状況で不謹慎だけど、お兄ちゃんがとてもカッコ良く見える。まるで本当の勇者になったような凛々しい表情をしており、妹ながらに惚れてしまった。
(お兄ちゃん、超カッコイイ。胸の奥がキュンってなってる。どうしよう?
私、お兄ちゃん以上の人を見つけないと、恋愛感情が他の人に移らないよ……)
私が顔が赤くなっているのに気付いていた。お兄ちゃんにはバレないように、顔を隠しながら走る。多少転けそうになり、お兄ちゃんに支えられて走れたのだが、この恋愛感情がバレるわけにはいかない。
「マリアーン、緊張しているのかい? 本当の命懸けのバトルは初めてだろうからな。
でも、安心して良いよ。ここは、俺が全て解決してやるからな!」
「ええっ!? あ、うん、超緊張してるよ……。足がガクブルして動けないくらい。
でも、お兄ちゃん1人で大丈夫? 相手は上級モンスターの可能性だってあるんだよ?」
「ふっ、愚問だよ、マリアーン! 俺は最強の勇者なんだ。どんなモンスターであろうとも、相手になる事さえないよ!」
(お兄ちゃん、それ自殺宣言じゃないよね? 今までの実力だけなら、普通にモンスターに瞬殺されるレベルなんだけど……)
私は、お兄ちゃんに引っ張られるように、連れられて事件現場へ向かっている。
お兄ちゃんがやる気になっている以上、今の私には彼を頼るしかない。
彼の事が好き過ぎて、通常時の戦闘ができるかどうかも怪しい状態なのだ。
「いやああああ、助けて……」
「どうしましたか? 可愛いお嬢さん……」
お兄ちゃんは、助けを求めて仰向けに倒れていた女性を抱き起す。
左手で彼女の上半身を起こし、右手を彼女の頰に当てる。
顔を覗き込んで、無事な状態を確認していた。
「はあ、イケメン風の勇者様……。本当に現実にいるんですね……。
私、超感激です!」
女性は、お兄ちゃんの顔を見るなり興奮し始めた。
確かに、緊急時に駆け付けて、金髪のイケメンが顔を覗き込んで来たら惚れるだろう。
女性は、しばらく惚けていたが、ハッと気付いたように、危険な方向を指差した。
どうやらモンスターはスライムのようであり、1匹だけ確認する事ができた。
そこまで恐れるほどのモンスターではないはずだが……。
【マリアーンのモンスター情報】
スライム
1匹ならば大した脅威でもない。体の大半が水分で出来ており、水分を吸収する事で大きくなる。倒すには、直接攻撃をして水分を四散させるか、水分を失わせて消滅させる方法がある。
本来ならば脅威ではないが、一部の例外が存在する。モンスタートレーナーなどの知識を付けた者が操っている場合や、数が大量に発生している場合だ。巨大化して、村一つを壊滅させた事もあるため、油断してはいけない。
危険度 最低ランク(集団化した場合のみ危険)
見た目 透明な逃げ水のように見える。
有効な攻撃 水分を失わせれば良い。
「なるほどな……。村一つを壊滅させるほどの威力はないが、家一軒くらいは軽く破壊できる数がいるようだな。これは、か弱い女性ならば叫びたくもなるか……。
だが、俺の敵にはなり得ないがな……」
お兄ちゃんは、そう言ってスライムの方へ歩いて行った。
私は、何を言っているんだろうか? と思っていたが、スライムの背後を見て納得した。
キラキラと地面が光っているが、アレは全てスライムだった。
「地面を覆い尽くすほどのスライム……。村が崩壊するほどではないが、駆け出しの冒険者では倒せないレベルだ……」
スライムは、重さ1キロ分の水分を吸収する事ができる。そして、ジャンプ力はかなり強く、上空数十メートルまで飛ぶ事が可能だった。雨は、地上に落ちてくるのに水滴となって落ちてくる。
もしも、重さ1キロ分の水滴が落ちて来たら脅威となる。スライムは、その脅威を現実と化したモンスターなのだ。スピード次第によっては、ボラ(1キロくらいの重さの魚)一杯分の氷が降ってくる威力に匹敵する。
小石並みの大きさの氷が降って来るだけで、人間も動物も壊滅的なダメージを受ける。
それが、大砲並みの威力ならば人間に抗う術がない。集団と化したスライムは、まさにその威力を表していた。
「お兄ちゃん、これはヤバイ! 氷の散弾を喰らうくらいの威力だよ。スライムが干からびるまで逃げるのが最善策だよ。無理をすると、本当に死んじゃうんだから……」
私は、お兄ちゃんを止めようとするが、もう遅かった。
ボラ並みの大きさのスライム達が、上空へ飛び上がって鳥の群れのようにお兄ちゃんを襲う。辺り一帯は、豪雨のような水飛沫を飛び散らせていた。
「お兄ちゃん、やだ、いやあああああああ!」
一瞬にして、お兄ちゃんは見えない状態になっていた。スライム達が嵐のように彼の元に降り注ぐ。地面はクレーターを付けて凹み出し、その辺一帯を水浸しにしていた。普通の人間がそこにいた場合、間違いなく死んでいるだろう。
「ほう、軍団スライムか。これは、倒すのにコツがいる。叫び声を聞いてやって来てみれば、珍しい物に出会ったな。昨日は雨が降っていたから、威力もそこそこか……。これは、良い訓練にはなるかもな」
そう言うのは、玄人の冒険者風の叔父さんだった。只者ではないようで、背中に大きな剣を背負っている。白い髪に、鋭い目、体のあちこちに傷を付けている。
私達と同じように女性の叫び声を聞きつけて、ここへ来たようだ。
「お兄ちゃん、死んじゃったの?」
いつまでも収まらないスライムの嵐を受けて、お兄ちゃんの姿は一向に見えなかった。私は、あまりの出来事に放心状態で泣いていた。この嵐を乗り越えられるほど強いわけがないと思っていたのだ。
「うん? よく見なさい! 徐々にだが、スライムの数が減りつつあるぞ。
それに、威力も弱まって来ているようだ。どうやら、軍団スライムの攻略法を知る者がいたらしいな!」
叔父さんは、放心状態になっていた私を支えて、スライムがいる方向を指差していた。確かに、スライムの数は減りつつあり、徐々に水飛沫が少なくなって来た。
煙のような水滴が風を受けて視界が開けると、そこには人影があるのが分かった。
「お兄ちゃん、生きてる!」
「ああ、大した者だ。上空から落ちて来るスライムは脅威だが、攻撃自体は単調だ。
故に、攻略法も容易い。自分が当たるであろうスライムだけを攻撃して四散させれば、スライム自体の攻撃力は限りなくゼロになる。
スライムに含まれている水分を浴びる事にはなるが、打撃によるダメージはあるまい。もちろん、危険な方法でもある。少しでも攻撃を誤れば、弾丸となったスライムの体当たりを受けるのだからな。しかし、この若者は見事だ。
一撃の直撃も受ける事なく、全てのスライムの攻撃を捌き切ってしまった。
まだまだ未熟な域は出ないが、一端の剣士としては合格だ。それに、スライムの嵐に向かって行くという度胸と勇気も大した物だ!」
叔父さんが話している内に、スライムはほぼ全滅していた。地面がグチョグチョになった場所に、お兄ちゃんが一人、びしょ濡れの状態で立っていたのである。
体にはダメージを受けた痕跡は一切なく、ただ水を浴びただけの状態だった。
「お兄ちゃん!」
私は、思わず彼の元に駆け出していた。無事だった事が嬉しくて、思わず体が動いてしまったようだ。お兄ちゃんに抱き付こうとするが、周りに人がいる事を悟り躊躇する。
「お兄ちゃん、びしょ濡れ。早く体を乾かさないと風邪ひくよ!」
私は、持っていたタオルで彼の体を拭き始めた。運動した為か、ほんのりと温かい。
私は、お兄ちゃんの体を拭きながら、興奮を抑えられないでいた。水というのは、人をカッコ良く見せたり、可愛く見せたりする不思議な威力を持っているようだ。
スライムが起き上がってこっちを見ている。仲間に加えて欲しそうだ。
仲間にしてあげますか?
⓵木刀で叩き潰す
⓶肩に乗せる
⓷放置プレイ
あなたの選択は?
⓶と⓷を選ぶと仲間になるぞ。
「もう、仕方ないわね……。危険な因子は処理しておくわ!」
マリアーンの手によって、残っていたスライムも倒された。
攻撃して来ない1匹のみ(最初のスライム)が放置プレイとして仲間になった。