第14話 お兄ちゃんVSマリアーン
リリアンの夜這いを退け、なんとか無事に朝を迎えた。目は覚めているが、頭はボーッとしている。水で顔を洗い、頭を冴えさせようとすると、先客がいる。お兄ちゃんとリリアンが話し始めていた。リリアンは、私に夜這いをしている割には元気だなと思う。
「あなた、明らかに怪しい奴よ? マリアーンちゃん、夜中に真剣を真剣に抱いて寝ていたわ。どう見ても、妾もあなたも警戒しているみたい。特に、あなたには敵対心さえ抱いているでしょうね。ジャクソンを殺しかけたのは不味かったわ。まあ、あなたからしたら、ハーレムである状況を守りたかったというのが理由でしょうけど……」
「マリアーンに警戒されてしまったか……。妹というのは難しいな……。大人の女として接するのもダメだし、子供というには魅力的過ぎる。お前やアレクサのようにオッパイはないが、それでも抱きしめて放したくない衝動に駆られる。
俺がギリギリの状況まで追い詰められるとはな……。衝動に駆られて、彼女を傷付けてでも欲しいと感じる反面、拒絶された時の顔を思い浮かべてゾッとしてしまう。妹でなければ、どんな手を使ってでも俺の妻にしていたのにな。
彼女と血の繋がりがないと判断できるまでは、触れる事も、抱きしめる事も、愛撫する事さえできないのだ。俺のその破壊的な衝動を、お前やリリアンで抑えていたのだが、彼女には誤解されてしまったな。
ジャクソンも、危険な奴であった。その為に、俺が己の手を汚してでも殺しておく必要があったんだ。結果、マリアーンの貞操は守れたが、俺が彼女に嫌われてしまったようだ。ふっ、最も欲しくて近くにいる女が、最も手に入らなくて遠い存在だとはな……」
私は、彼らの話を盗み聞きして、再びお兄ちゃんへの恋心が燃え上がった。お兄ちゃんは、チャランポランな奴ではない。私の為に苦しんで、その反動で他の女性にちょっかいを出していただけなのだ。私は、胸が熱くなるのを感じた。
(でも、ジャクソンを殺しかけたのは、許せないよ。いくら邪魔だからといって、リリアンさんがいなかったら死んでいたんだよ? 私を守る為なら、いくらでも方法があった。彼と別行動を取るだけでも良かったじゃない。そうすれば、物言わぬゴーレムにはならなかったわ)
私は、2人が私のいる方角に来る事を感じて、急いで自分の部屋へ戻ろうとする。すると、近くにあった雑貨を倒してしまった。鍋やらやかんなどが積み上げられており、倒れたらそれなりの音が響く。
「きゃあ!」
クワーン、クワーン、クワンという大きな音が廊下中に響いていた。しまったと思い、私は足音など気にせず、一気に部屋の中へすっ飛んでいった。それでも、タオルを床に落とすというヘマをして、彼らに聞き耳を立てていたのがバレていた。
「クンクン、この匂いは、マリアーンか……。どうやら、話を聞かれていたらしいな……」
「あんたは犬かよ! タオルの名前を見て確認を取りなさい。その、変態みたいじゃない……」
「俺は、女の子の匂いと味は全て覚えている。名前を確認するよりも、匂いを嗅いだほうが確実だし、断然早い!」
「ごめん、変態だったわね。相当重度の……」
私は部屋に戻り、真剣を握りしめて、お兄ちゃんと戦う覚悟をした。彼の実力は、おそらくただのハッタリだ。スライムを倒せるくらいには強いが、ジャクソンは不意打ちをしなければ勝てなかったのだろう。実力的には、私と同じか少し上くらいに感じていた。
「マリアーンちゃん、ご飯ができたわよ!」
リリアンは、手料理もできるらしい。私の為に、朝食を作ってくれた。レズでなければ、理想的なお姉さんだ。それだけに、レズなのが悔やまれる。マトモであれば、私の方から引っ付いていくくらいに頼れるのに、夜の事が思い出されて、素直に喜んで近付くことができないでいた。
「手と顔、体は洗った? まだというなら、妾が一緒に入って手伝ってあげるけど?」
「いえ、結構です。すでに、全て終わらせました。さあ、朝ご飯にしましょう。もうお腹ぺこぺこですよ!」
「ふふ、可愛い。妾の愛妻料理をたーんと召し上がれ♡」
料理は5人分用意されていた。お兄ちゃんの分も、アレクサの分も準備されている。ゴーレムと化したジャクソンも、機械的に食物を口へ運んでいた。咀嚼を数回均等にしては、飲み込むという動作を繰り返している。ゴーレム化しているといえども、食物を取って体力を回復しなければ、いずれは死んでしまうのだ。私は、リリアンに質問してみた。
「ジャクソンさん、今どういう状態なんですか?」
「ん? 死にかけのお爺さんが気になるの? 妾よりも?」
「ええ、お兄ちゃんが殺してしまったようなものなので、妹の私としては凄く気になります。彼が普通に意識のある状態になるまでは、気が気でなりません。いつぐらいに意識が良くなるんですか? 怪我の具合とかも知りたいです」
「怪我の具合ね……。まず、強制的に命令を聞く薬でムリやり血を止めて、応急処置を施したわ。これで、後は体力回復を待つだけなんだけど、薬自体が切れるのは一年後くらいかな? 一応、命令はなんでも聞くから、ご主人様が命令してくれれば、意識は自体は戻るんだけど……」
リリアンはそう言って、チラッとお兄ちゃんの方を見る。つまりお兄ちゃんの指示でなら、ジャクソンを元に戻す事も可能だ。しかし、お兄ちゃんはジャクソンにムーンウォークをさせたりして遊んでいた。最強の剣士の為に、ある程度までのパフォーマンスはできていた。
「なんで、お兄ちゃんの言う事には従うの? 私の言う事には全然聞かないのに……」
「それは、俺が最強だからだ! 『ゾンビの秘薬』は、上位のレベルの者にできている。だから、リリアンには従うが、お前の命令には従わないのだ。はっはっはっは、残念んだったな。マリアーンもパシリの奴隷が欲しかっただろうに……」
お兄ちゃんは、ムカつく顔でそう言った。その顔を見ただけで、とりあえずブン殴りたくなる。私は、木刀に手をかけていた。リリアンは、私のその行動に気付いていた。わずかな動きだが、探偵の目は誤魔化せなかったようだ。
「まあ、ジャクソンを倒したのがブレイクだからね。彼の中では、ブレイク、妾、アレクサ、自分、マリアーンという順番で命令を聞くように設定されている。自分でそう選んだのか、それともだれかに吹き込まれたか……。いずれにしても、あなたのお兄ちゃんをなんとかしない限り、彼に自由はないわね」
「なら、私がお兄ちゃんを倒して、ジャクソンさんを解放させる。今のお兄ちゃんは気に入らない。私の事が好きなのかもしれないけど、ジャクソンさんを傷付けたのはやり過ぎだよ。私が、その自慢の鼻をへし折ってあげる!」
「ふーん、さすがは、兄妹と言ったところかしら? 負けん気の強さはそっくりのようね。まあ、妾も同意見よ。お兄ちゃんには、ボコボコになって貰わないと……」
リリアンは不敵な笑みで私達を見つめていた。今までお兄ちゃんに弄ばれていたのだ。彼女がお兄ちゃんを不快に思っていても不思議はない。妹である私の手で、復讐をするつもりのようだ。
「場所を変えましょうか? 『エルフィン』の王宮ならば、戦闘をするのに有利な場所よ。どうせなら、死闘に相応しい場所で戦い合ってくださいな。まあ、マリアーンちゃんが怪我をした場合は、妾が付きっ切りで看病してあげるわ。ふっふっふ、楽しみね♡」
リリアンの狙いは、どちらか一方が傷付く事だった。お兄ちゃんがボコボコになっても彼女が喜ぶ展開だし、私が怪我をしたら襲われてしまう。ジャクソンを賭けた戦いだったはずが、私にとっても危険な戦いに変化していた。
「ちょっと……、止めません? 平和裏に話し合いで……」
「はい、もう決まりですよ。審判は、妾が公平を持って取り仕切ってあげるわ」
中断しようとする私の意見を退け、リリアンが主導権を取っていた。今さら、戦闘を放棄する事もできない。戦闘を放棄した場合、どのようなペナルティーが発生するかも分からなかった。リリアンの前で戦闘放棄は、返って危険だ。
「くう、お手柔らかにお願いするわね、お兄ちゃん……」
「マリアーン、俺もお前が最近、俺を見下しているように感じていた。どうせ今も思っているのだろう、俺とお前が同等程度の実力を持っているとな……。まずは、その考えが間違いである事を身を持って知ってもらおう。だが、安心しろ。お前の体はあまり傷が付かないように手加減してやる。俺の実力の一部を見て、俺に惚れ直すが良い!」
お兄ちゃんは、木刀を手に持って素振りをする。私もお兄ちゃん自身を殺す気はない。木刀同士による戦闘が始まろうとしていた。ジャクソンは身動き一つしないが、私が勝って解放されるのを待っているようだった。
「待ってってね、ジャクソンさん。私が、絶対にお兄ちゃんの束縛から解放してあげるからね」
私はそう言って、自分の士気を高めていた。スライムを倒した時のお兄ちゃんは確かに強かった。私も油断をすれば、負けてしまう可能性が高い。それでも、腕力では私が上だという確信がある。お父さんとお母さんと一緒に農作物を育てているという自負があった。
ジャクソンが捨てられた子猫の目で私を見つめている。
抱きしめますか?
⓵やっぱりジジイは無理と拒否する。
⓶天使の慈愛で乗り越える。
⓷放置プレイ。
私は、⓶を選択しようとしたが、結局⓵になった。
彼の吐く息が臭く、100年の恋も破壊される。
ごめん、ジャクソン。
無事に意識を取り戻したら、美味しい料理を食べさせてあげるからね。




