プロローグ
木刀を使い、激しく打ち合う私とお兄ちゃん。私は巧みに攻撃を受け流しながら戦うが、次第に押され始めていた。2人の実力はそれなりに拮抗しているように見える。
「きゃあ!」
カーン、という音と共に、妹の木刀が宙を舞った。それは、軽く回転しながら、地面に刺さる形で動きを止める。妹は尻もちを突き、敗北した事を体で表現していた。
「ははははは、強くなったな、マリアーン。この兄とこれほど長く打ち込めるとは驚いたぞ。さすがは、俺の妹だ! だが、俺にとっては準備運動くらいの運動量だったのだ。さすがに、俺を本気にさせるには、まだまだ実力不足だ! まあ、大半の者が一生かかっても、俺に追い付くことができないのだ。
落ち込む必要はないぞ。では、朝ご飯を食べ終えたら、次の街へ向かおう。休んでいる暇はないぞ、マリアーン!」
私の歳の離れたお兄ちゃんは、そう言って手を差し出し、私を立ち上がらせた。彼の風貌は、金髪のイケメンにして、自信満々の勇者といった感じだ。
だが、お兄ちゃんには、他の者が知らない秘密がある。実力は、最弱のスライムに敗北するほどで、私よりも遥かに下という事だ。それでも、自分が最強の勇者である事を疑わない。本当は、ただの村人のくせに……。
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事の始まりは、こうだった。ここは、絵に描いたような魔王が君臨して、その配下のモンスターが暴れ回っている世界。私の両親も、モンスターの恐怖に怯えて生きて来ていた。私達の王国は、魔王軍に攻撃されて、7つあった都市も4つほどが攻略されてしまった。
残りの3つの都市で抵抗していたが、魔王軍に攻略されるのも時間の問題であった。しかし、魔王軍は、突然撤退して行き、王国は一時的に平和な期間を過ごしていた。攻略された4つの都市からモンスターが逸れて来るが、そこまでの脅威は今の所ない。
「ふう、モンスターが作物を荒らして、私達の生活もままならないわ。こうなったら、ブレイク(お兄ちゃんの名前)をお城の兵士にするしかない。奴は、農家の息子なのに畑仕事もせず、毎日ふらふらと出歩いているだけの無職だ。
キツイ仕事はできないだろうが、兵士になって警備の仕事をしてくれれば、うちの家計も大助かりだ。仕事自体は、立って見張っているのがほとんどだし、収入も安定している。毎日ふらふらと出歩いているくらいなら、警備員としてパトロールさせた方が良いだろう。
作物が上手く収穫できない時でも生活できるし、モンスターに荒らされる生活ともオサラバできるかもしれない。問題は、豆腐メンタルな精神力をなんとかする事なのだが……。
まずは、スライムと戦闘させてみよう!」
こうして、お父さんの提案によって、お兄ちゃんはスライムと戦闘する事になった。
油断さえしなければ、普通の村人でさえ、スライムに負けるはずもない。
木刀を装備させて、最弱のモンスターを倒して自信を付けさせるのが目的だった。
「よし、スライムを倒してみろ!」
妹の私が見ている中、お兄ちゃんの戦闘訓練が始まった。普通は、スライムと対峙しても恐れる者は少ないが、お兄ちゃん(30歳)は別だった。膝がガクガクと震え、立っているのもやっとだ。
「嫌だ、怖い……。勝てるわけがないよ……。俺、スライムに殺されかけた事があるんだ」
そう、彼は4歳の時に、スライムに襲われて生死の境をさまよった事がある。スライムの強さは、凶暴な三毛猫くらいの実力はあり、場合によっては致命傷を負わされる可能性があるのだ。
「お前がスライムに殺されかけた事は知っている。だが、26年前の話だ。今なら、スライムさえも一撃で倒せる男に成長しているはずだ。まずは、戦闘経験を積んで自信を付けるんだ! お前は、スライムなんかには負けない! 木刀を持って、容赦なく叩き潰すんだ!」
お兄ちゃんをそう励ますお父さんだったが、攻撃して来てもいない相手をそこまでボコボコにしようとする彼に、私は恐怖を感じていた。まあ、ツッコミ程度に流しておいた。スライムは、無邪気な顔をしてのんびりしている。お兄ちゃんには殺気がまるで無い。午後の食事を終えて、マッタリとしている時間帯だった様だ。
「お兄ちゃん、襲われたわけじゃ無いから、無理に倒さなくても良いんじゃ……」
「やれ(殺せ)! かつてのトラウマを克服しなければ、ブレイクに未来はない。スライムという凶暴なモンスターを、完膚無きまでに叩き潰すのだ!」
お父さんが、無防備に寝っ転がるスライムに向かって、怖がるお兄ちゃんを使って潰そうとしている事に、私は違和感を覚えていた。
確かに、モンスターを倒さなければいけないのだろうけど、害のないモンスターまで倒していては、子供に悪影響が及ぶだろう。
「お前の方が邪悪なんだよ!」
私は、とりあえずお父さんにツッコミを入れ、持っていた木刀で気絶させた。軽く当てたつもりだったが、意外と威力が強かったらしい。腹を押さえてうずくまり、眠る様に倒れた。
「ひい、お父さんを……」
お父さんを倒した事により、お兄ちゃんの恐怖対象がスライムから私に移った。怯える目をして震えている。これでは、兵士になる事は不可能かと思われる。すると、私の背後からトロルが姿を現した。
【マリアーンのモンスター情報】
トロル
温厚な性格をしているが、幼女を見ると家に連れて帰ろうとする。
連れ去った幼女をどうするかは分かっていないが、監禁して逃げ出さない様にする。
腕力は見た目よりは強くなく、いつも汗をかいている。
危険度 最低ランク(幼女のみ危険)
見た目 小太りで幼女が好き。
有効な攻撃 攻撃されれば逃げ出す。
私はトロルを見て、奴の攻撃が届かない様に逃げる。
腕力で捕まえられなければ、大した脅威ではない。
木刀を持っている私の方が強かった。
「お兄ちゃん、トロルが私を捕まえようとしているわ! コイツなら、容赦なくボコボコにして良いわよ! 兵士になるんでしょう? 頑張って!」
私はトロルに警戒しつつも、お兄ちゃんを頼る事にする。普段は弱くても、妹を守るためなら勇気を出せるはずだ。一撃でも攻撃を与える事ができれば、トロルは逃げ出す事だろう。
「怖いよ……。こんな大きな奴を倒すのは無理だよう……」
お兄ちゃんは、捨てられた子犬の様に震えていた。さすがに、戦闘訓練を積まない事には、モンスター1匹を倒すのも大変らしい。とりあえずお兄ちゃんが奮い起つ様にピンチを装う。
「キャアア、私がトロルに捕まっちゃったよ! 怖いよ、助けて、お兄ちゃん!」
「ハアハア、キミ、可愛いね。一緒にお風呂に入らない? 背中の真ん中を洗って欲しいんだ。オイラは紳士なモンスターだから大丈夫だよ。何にもしないから、オイラの家に来てくれよ。美味しいケーキやお菓子もあるんだよ」
私はトロルに腕を掴まれ、どこかへ連れて行かれそうになっていた。近くによると5度ほど気温が上がって、存在がウザく感じる。スライムの時には抱かなかった恐怖が、私の中に生まれていた。
「お兄ちゃん、コイツ、本当にヤバイかもしれない。早めに倒して! 木刀で叩くだけで良いから!」
「おいおい、オイラは紳士的でナイスミドルな男だぜ。キミが怖がる様な事は何もしないよ。ただ、一緒に遊び相手になって欲しいだけさ。子供の頃から、遊び相手がいない孤独な青春を過ごしていたんだ……。ちょっとだけ、ちょっとだけだから……。女の子の友達なんて、初めてできたんだよ!」
トロルは、渾身の力で私を巣穴へ持ち帰ろうとする。さすがに、モンスターだけの事はある。私1人の腕力だけでは、振りほどく事もできない。
「くう、こんな奴、木刀で一撃なんだけど……」
私の目的は、お父さんの成し遂げる事のできなかったお兄ちゃんに自信を付けさせて、立派なお城の兵士にさせる事だ。その為に、お兄ちゃんにトロルを倒させようとして、弱いフリをしている。
「お兄ちゃん、勇気を出して戦って! 絶対に勝てる相手なんだから……」
「いてててて……」
私は、トロルの頰を軽くつねって抵抗しつつ、お兄ちゃんを見る。少しは戦闘する意欲を見せて欲しいと思っていたが、相変わらず怯えたままだった。
5分ほどトロルと戯れて、お兄ちゃんが本気になるのを待っていたが、意気地のないお兄ちゃんとキモいトロルによって、次第に私の我慢が限界に達した。一瞬、トロルへの反撃をやめて、木刀をしっかり握る。
「お、やっと大人しくなったな。そうそう、大人しくしているキミが一番可愛いよ。このまま、オイラの家にお持ち帰りしてあげるからね」
「ウザいんだよ! 私に触るんじゃねえ!」
私は、持っている木刀でトロルに一撃を加える。トロルのアゴを突き、ボクサーのアッパー並みのダメージを与える。奴は電気が走った様に痺れた感を出して、その場に倒れ込んだ。
「次は、お兄ちゃんの番ね。可愛い妹が、トロルに攫われそうになっているのに、震えて見ているだけなんて……。少しは戦ってくれるなら、怒りも無かったんだけど……」
「ひゃああ、可愛いっ!?」
私は怒りに身を任せて、お兄ちゃんに強力な一撃を加える。これが恐怖となり、お兄ちゃんは一生私には逆らえない体となっただろう。お父さんには悪いけど、お兄ちゃんは私と一緒に農家となるのだ。
「お兄ちゃんに戦闘は無理だよ……。私が農業のスキルを持っているから、2人で細々と暮らして行こう。
その内、お兄ちゃんの嫁さんもできると思うから……」
この時、最悪の場合は、私がお兄ちゃんを養って行こうと心に決めた。モンスターと戦闘ができない以上、村人として生活しても生きて行くのは難しい。それでも、お兄ちゃんを愛して保護してあげたいのだ。
「おお、マリアーン、見事な剣技だ。息子のブレイクではなく、お前を兵士としてお城に紹介しよう。王様に気に入られて、玉の輿が狙えるかもしれない!」
お父さんは、トロルを倒した私を見て、起き上がって興奮する。どうやらダメージは少なく、数秒間気絶させただけだったらしい。私は、その気になっているお父さんに反対意見を述べる。
「その案は却下します! 今の王様に息子はいなく、1人の若いお姫様がいるだけです。私がお城に嫁ぐという事は、王様と結婚しないといけません。
王様は、60歳くらいの叔父さんです。8歳の私が政略結婚として嫁ぐのは悲劇でしかありません。それならば、お兄ちゃんと2人で農家をやっていきます」
「くっ、お前くらいの歳ならば、ナイスミドルな男性に心惹かれる年頃だと思うのだが……。52歳差は、ダメか? 数年で亡くなる可能性もあるぞ」
「ダメです! 上司と部下が恋愛感情になるのは、30歳くらいの頼れる男性と、18歳くらいの女性くらいです。8歳の私では、同い歳の男の子を好きになる傾向があります。可能性があるならば、20歳程度の差です。
私は、お兄ちゃんと一緒に生きていきたいと思います。もしもお父さんが政略結婚を狙っているなら、私と同い歳くらいの百姓の息子あたりとお見合いさせてください。お兄ちゃんが自立できると分かったら、お嫁に行かせてらいます」
「おおう、具体的かつ、現実的なお願いだ。我が娘ながら、何という分析能力だ。その上、剣の腕も強い。惜しいな、お前が男だったら良かったのだが……」
「変更できない物を妄想するほど、発想力は豊かではありません。お兄ちゃんがお姫様と結婚すれば、もっと多くの土地が獲得できる可能性もありましたが、兵士になれない以上、その機会もありませんね。さあ、さっさと農業に戻りましょう! まずは、畑を耕さないと……」
私は、お兄ちゃんを心配して、無意識に眼を覚ますところを眺めていた。私の一撃を頭に受け、脳震盪を起こしていたようだが、数分ほどで立ち上がれるようになった。
「お兄ちゃん、モンスターは私が倒してあげる。信頼できるお嫁さんができるまで、私が養ってあげるわ! だから、農作業に力を入れて頑張りましょう!」
私は、できる妻のようにお兄ちゃんの怪我の手当てをして、恐怖心を取り払ってあげようとしていた。だが、お兄ちゃんはこの時、すでにおかしくなっていたのだ。
「マリアーン、俺の事は構わない。それよりも、トロルに攫われそうになって怖く無かったか? 何もできない無力な俺ですまなかった。だが、安心しろ! 俺が倒れている時に分かった。実は、俺は伝説の勇者だったのだ。この魔王に支配された恐ろしい世界を救えるのは、俺しかいない!」
「お兄ちゃん、大丈夫? 頭を打って、記憶喪失になっちゃったとか……。早くヘタレでクズな自分を思い出して!」
「マリアーン、それは誰の事だ? 俺は、勇敢でカッコイイ男だ。これから魔王討伐に向かう!」
お兄ちゃんは、木刀を片手に持って、冒険の旅に出発しようとする。さっきまで、スライムやトロルといったクソ雑魚モンスターにも怯えていたにも関わらず、今度は魔王討伐などとほざいている。
「無理だよ、お兄ちゃん。一旦、家に帰って冷静に考えよう。自分がどれだけ無謀な挑戦をしようとしてるか分かってる?」
「俺は至って真面目で本気だ。最強の男なのだぞ。魔王軍が攻めて来ても、チート能力で瞬殺してしまうほどの実力だ。むしろ、敵がいなくて困るくらいの実力者なんだよ」
「さっきまで怖くて震えていたじゃん! 実力的には、木刀を持つのもやっとの筋力なんだよ。雑魚モンスターはともかく、一般のモンスターと対峙したら終わるレベルだよ!」
「はっはっは、勇者は絶対に死なない。マリアーンは勉強不足だな。だが、お前の意見も当てはまる部分がある。最強の勇者ならば、最強の勇者に相応しい装備を整えなくては……。一旦、家に帰り、伝説の武器などを装備しようじゃないか。きっと、俺にしか装備できないオシャレな防具が見つかるはずだぞ。さあ、走って帰ろうじゃないか!」
「だから、それ思い込みだってば……、むぐ……」
お兄ちゃんが勇者なんてあり得ないんだから……、と言おうとしたらお父さんに口を塞がれた。どうやら私が真実を指摘する事を阻止したらしい。
「ふん、さすがは、俺の訓練だ。ブレイクが本気になってくれた。計画通りの展開だ。このまま兵士になってもらおう! 勇者になれば、お姫様と結婚できる可能性も出て来る。そうすれば、働かずして生活して行くことも可能だ」
「お兄ちゃんに思い込ませたまま、戦士にさせるの? 実力不足でモンスターに殺されるのが落ちよ。雑魚モンスターには勝てても、ハッタリだけでは上級モンスターには通用しない!」
「だから分析能力に長けたマリアーンちゃんの助けが必要なんじゃないか。1年ほどお兄ちゃんと旅を続ければ、実力も付くし、本人が自覚して己の実力も分かるようになるだろう。俺が、昨日買った鉄の剣を、お前に装備させてやる。お兄ちゃんの体力では重くて歩けんが、お前ならば大丈夫だろう。その剣を使い熟せるようになったら、お兄ちゃんは一人前の兵士だ!」
「うわ、本当に大丈夫かな……」
こうして、自分が最強と思って疑わないお兄ちゃんと、私の冒険が始まった。今のお兄ちゃんは、どのような行動をするか予想するできない。私が彼を上手くコントロールできなければ、一瞬で殺されてしまうかもしれないのだ。
トロルが起き上がってこっちを見ている。
仲間になりたそうだ。
仲間にしてあげますか?
⓵木刀で殴る
⓶真剣で切る
⓷冷たい目で蔑む
あなたの選択は?
⓷を選ぶと仲間に加わってくるぞ。
「あんたは寝てろ、出て来んじゃねよ!
キャラが多くなって、動き辛くなるだろうが……」
マリアーンは、⓵を選んで、再び気絶させた。