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夕日  作者: rio
2/2

お姉ちゃん

窓から夕日が差し込んで部屋の中を真赤に染める。

もしこの世の果てというものがあるのならこんな風に赤く輝いていればいいなと思う。

全てを赤く呑みこむ光。

輪郭が溶けて、一つになって、最後はただの赤になるのだ。



それ以上ヒロさんは何も言わなかったし、私も何も言えなかった。

部屋の中はかなり蒸し暑いかったけど隣に座るヒロさんの体温のほうがさらに熱い。


あの日もこんな夕焼けだった。

お姉ちゃんが死んだ日も。


「ヒロさんが、お姉ちゃんを轢いたの?」


口が勝手に動いていた。

誰か知らない人の声みたいだった。


ヒロさんの体が一瞬ビクッと硬くなって、そして彼はゆっくりと口を開いて胃の中のものを吐き出すように云った。


「そう、俺が轢いた。俺が…彩ちゃんを殺したんだ。」


ヒロさんは爪が食い込んで今にも血が流れてきそうなくらい拳をきつく握っていた。

あんなに大きかったヒロさんがとても小さく見える。

小さく震える肩と血の気が引いたその顔を見ていたら涙が出てきた。

そのまま流れにまかせておいた。


ヒロさんは泣き出した私をチラリと見てからポツリと話し始めた。

今にも泣き出しそうな顔だった。

"太陽みたいな笑顔"はもう二度と見られないかもしれない。


「あの日の夜中、俺は一人であの道を走っていたんだ。

周りに車が一台もいなくてやけにひっそりとしていた。

なんだか気味が悪くていつもより飛ばして走ってた。

街灯もなくて本当に真暗だった。

すると目の前に突然何か現れて…。

俺はあわててブレーキを踏んだけどすぐに何かがぶつかった嫌な音と感触がした。

人を、人間を轢いたんだってすぐに解った。

顔が見えた。

女だった。

その女の顔が、一瞬だけだけど、見えたんだ。

最初は見間違いだと思った。

でも俺があの顔を見間違えるはずがないんだ。」


ついにヒロさんは泣き出した。

お姉ちゃんのお葬式のときのように、声を殺して苦しそうに泣いた。



お姉ちゃんは8月10日の夜中、走ってきた車に飛び込むように自殺した。

お姉ちゃんの死体の発見は朝になってからだった。

轢き逃げされたのだ。



「俺は怖くなった。彩ちゃんを・・・、俺が彩ちゃんを殺したんだって。」ヒロさんは泣きながら続けた。

「しばらくは放心状態だった。

だけど急に、自分は何もしてないって思えてきた。

さっきのは夢だったんだって。本気でそう思った。

俺はすぐにその場から走り出して、家に帰って風呂にも入らずに寝た。

一晩寝て、次の日起きたら何もなかったことになってるんじゃないかって。

だけど朝になって目が覚めてもやっぱりまだ怖かった。

一度、あの場所に行ってみたら彩ちゃんの死体も血の跡も何もなかった。

やっぱりあれは夢だったんだってほっとしたけど、でも何かがまだ不安だった。」



「それで、この部屋に来た?」あたしは口を挟んだ。

再びちらりとヒロさんがこちらを見て、またすぐに下を向いた。



「ああ・・・。彩ちゃんの部屋に行こうと思った。

今すぐ彩ちゃんに会いたかった。

彩ちゃんに会ったら、告白しようと思った。

3年間ずっと好きだったって。」



ヒロさんがウチに来たのはたった1週間前だ。

なのにもっと昔だったような気がする。

「お姉ちゃんは昨夜から帰ってきてません。」とヒロさんに告げたときの青ざめた顔。

一気に血の気が引いていったあの顔と、

「お姉さんが帰ってくるまでこの家で待たせてもらえないか。」と熱心に頼み込んできた姿に、

あたしは単純に ああ、人ってこんなに人に恋できるんだな と感心した。

羨ましいとさえ思った。

誰かにこんなに心配してもらえるお姉ちゃんが羨ましい。

そんな2人がすごく素敵に見えた。



ヒロさんを部屋に招きいれた瞬間、家の電話が鳴った。

お姉ちゃんの死を告げる叔母からの電話だった。



お姉ちゃんは難しい恋をしていた。

相手は会社の上司の人で奥さんも子供もいた。

「不倫でもなんでもいいの。」とお姉ちゃんは悲しそうに笑った。



その人と関係が始まってからお姉ちゃんは朝に帰ってくることが多くなった。

ひどく酔っぱらっていたときもあったし服がぐちゃぐちゃになっているときもあった。

何ヶ月か経った後は泣きながら帰ってくるようになった。

出かけない日は毎日のように電話で言い争っていた。

お姉ちゃんの部屋から聞こえてくる泣き叫ぶような言葉たち。

どこかの昼ドラでしか聞けないだろうと思っていた言葉たち。

「捨てないで!」

「奥さんと別れてくれるって言ったじゃない!」

あたしはただそれを聞いて部屋の隅でじっとしていただけだった。



さらに時間が経つとお姉ちゃんはだんだんと穏やかになっていった。

不思議に思って「なんで?」と聞くと「あたしには素敵な友達が居てくれるから。」とお姉ちゃんは微笑んだ。



そいつ、お姉ちゃんのこと好きだな とあたしは思った。

お姉ちゃんがこんなに静かになるまで根気よく彼女の話を聞いたのだから。



「どんな奴なの?」と尋ねるとお姉ちゃんは楽しそうに答えた。

「図体はでかいけど、優しくて、笑顔が太陽みたいな人よ。」

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