突然始まった恋
恋なんて、知らない。
そんな主人公。
隣の席の人は、運命の人なのか?
私、中島雪香は、苦難の受験を乗り越え、晴れてここ、青丘高等学校に入学した。
突然だけど、世の中には高校デビューなんてものもあるらしい。
簡単に言えば、高校生になって色々とはっちゃけること。
ただ、私にはそのようなことがない。
例えば、服装・頭髪関係。
二年ほど伸ばしている髪は黒のまま。
制服もきっちり着る。もちろんスカートも短くない。
少し幼めの顔もノーメイク。
つまり、高校生らしくはない。
高校生らしいことは何一つしていないと言っても過言ではない。
アルバイトもしていない。
総じて言えば、いわゆる「校則違反」と言われるものは何一つしていない。
「まぁ、それは当たり前だよねー」
私は大して気にしない。
それで不便なわけではないし、周りに合わせる必要もない。
それに、中学生の時から、内面は変わったはずだから。
それだけで、今は満足。
ただ、友人曰く私にはそれら以外にも高校生らしくないところがあるらしい。
それは…………色恋沙汰とも縁遠いこと。
つまり、好きな人はいない、告白されたこともない。
私はそれで何不自由なく暮らしてる。
でも、友達は彼氏がどうの、先輩がどうの、と恋愛の話に花を咲かせるもんだから、若干置いてけぼり感を食らっている。
正直、私には一生関係ない話だと思う。
「雪も彼氏作りなよ」
ある日突然、みーちゃんこと、坂口美由にそんなことを言われた。
少し明るめのロングヘアーを後ろで緩く束ね、肩口に流している。
顔立ちもキリッとしたクール系の美人。少々きつい印象を受けるが、話してみたら面白い子だった。
その少々きつい性格が、一部の男子生徒から大好評らしい。
今、大分穏やかに表現したが、要するに変態……M……これ以上は怒られそうだからやめておくとして。
ところで、彼氏を、とは言っても私は一部例外を除いて男子と話すことは苦手。
別に人見知りというわけではない。
断じて。
断じて。
大事なことなので二回思ってみた。
現に女子とは普通にコミュニケーションを取ってる。
多分、イメージの問題だと思う。
小学生の時は普通に話せていた。
私自身、理由は分かり切ってるから、引け目とかそういうのはないけど。
「せっかく結城くんの隣なんだから、もったいないって!」
このやたら元気なのは栗原絵美。
私は普通に絵美ちゃんと呼んでいる。
マロンブラウンのショートボブ。目がクリクリしていて、背が若干低め。
中学生によく間違われるのだとか。
本人はそれを気にしているから、地雷を踏むといけない。
「そうそう、羨ましい限り~」
「ゆうちゃんっ……あんまりくっつかないで……あ、暑い……」
やたらスキンシップが激しいのは笹原悠里。通称ゆうちゃん。
黒いセミロングの髪を緩く巻いている。
右目の下にある泣きぼくろがチャームポイント。
みんなの中では割と化粧っ気の強い子。
だが、チャームポイントは隠さずに学校へ来る。
そして、語尾は伸ばしていくスタイル。
「くじ運いいよね。雪ってば一番乗りでくじ引いたのに見事に隣の席ゲットしちゃってさ。かなり強運っぽい 」
「~っぽい(たまに『?』が付く) 」が口癖のふわふわ小悪魔……もとい月島あゆ。
あーちゃん。
彼女の一人称がなんと「あーちゃん」。だからそう呼んでいる。
明るい髪を巻き、耳の下できゅっと二つに結んでいる。
世間一般に「ぶりっ子」と言われている類の人間だけど、その圧倒的ドーリーフェイスと、出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでる抜群のスタイルで男を悩殺しまくっているとかいないとか。
「残り物には福がある、なんて嘘だったんだね……」
みんなの中で恐らく一番大人しく、常識人なのが川本真希、真希ちゃん。
クラスの中でも天使だ、と言われている。
黒いロングヘアーを後ろで三つ編みにして、制服は着崩さない。
ついこの前まで眼鏡だったけど、コンタクトに変えてから隠れファンも多いという。
うん、確かにコンタクトの方が可愛い。
抱き枕にしてもいいくらい。
…………コホン。
友達は各々かなりはしゃいでいる様子。
私としては、何がどうして羨ましいのか謎だったけど、言われるがまま自分の横の席にそっと視線を移す。
大人しそうな人が静かに読書をしている。
横顔だけでも、顔立ちが整っていることが分かる。
髪は自然な黒。長すぎることもない。
制服のシワもなく、姿勢も良い。
どことなく育ちの良さを感じる。
暗いとか地味といった印象を受けるわけではないけど、何となく気軽に話しかけるのが憚られる雰囲気を纏っていた。
ただ、みんなの物言いから、一目置かれていることは明らかなようだ。
「話しかけなって~」
「いや、無理無理。何となく話しかけにくいし、邪魔しちゃ悪いって」
「ほらほらっ!雪ちゃん、早く早く!ハリーアップ!時間は待ってくれないよ!善は急げ!時は金なり!英語でいうと『タイムイズマネー』!」
ハイテンションで少しませたことを言う絵美ちゃん。
でも、これもあまり言われていい気はしないらしい。
まぁ、私も言われたら嫌だけど。
「ほら、ここは潔く、だよ~」
「ちょっと、押さないでって……わっ……」
いきなり背中を押されてバランスを崩してしまった。
視線の先には机の角。
ぶつかることは分かっていたが、避けようとしても絶対に間に合わない。
せめてもの思いで衝撃に備えて身を固くし、目をつぶった。
…………。
………………。
しかし、いつまでたっても来るはずの衝撃は来ない。
その代わりと言えばあれだが、頭上から声が降ってきた。
高くも低くもない、落ち着いた声。
「間に合ってよかったです」
その声の主は言うまでもなく、先程まで読書に集中していたはずの隣の席の人、つまりは結城くんだった。
驚くことに、結城くんは片腕で重たいであろう私の上半身を支えている。
その細い体のどこにそんな力があるのか、と不思議に思う。
人は見た目によらない、というのはこういうことを言うのかもしれない。
そこまで考えて、私は、はっと我に帰り、慌てて身を引く。
いつまで図々しく体重をかけるつもりだ。
失礼極まりない。
「ご、ごめんなさい……本当にごめんなさい……」
私は今謝った。
確かに謝った。
ごめんなさい、と言った。
なのに結城くんはくすくすと笑い出した。
どう考えても、この場にはふさわしくない反応。
私は怪訝な顔をしたが、結城くんは、違いますよ、と否定した。
「謝るなんて面白い方だなぁ、と思っただけです」
謝るのが、面白い……?
一体何を言い出すんだこの人は。
「だって、迷惑かけたし、その……読書の邪魔しちゃったし」
「こういう時は、ありがとう、でいいんです」
結城くんは、恩を売るつもりはないですよ、と付け加えてからまたふわりと笑った。
一般的に考えて、同級生に敬語を使うなんて絶対おかしいはずなのに、結城くんなら違和感を感じない。
言動一つひとつも、高校一年生とは思えないほど大人びている。
私が子どもっぽいだけという説が有力。
それにしても、つくづく不思議な人だ。
「うん……ありがとう」
「どういたしまして」
私が高校生になって初めて話した男子が結城くんだった。
ちょっと変わってるけど、優しいクラスメイト。
この時私は、ただそれだけだと思っていた。
「ただいまー」
「雪香、おかえり」
いつものように家に帰るといつものようにお母さん、中島美香子が出迎えてくれた。
読者様もお察しの通り、私の「雪香」という名前は、大好きなお母さんから一文字もらっている。
それで、生まれた時に普通の新生児より肌が白く、体重も平均より若干軽かったので、雪みたい、と思ったらしい。
「雪香、高校生にになって半年くらいだけど、大丈夫そうね」
「うん、あんまり男子と話してないから」
そう言うと、お母さんは少し心配そうな顔をした。
「ダメよ、せっかくの高校生活なんだから、一花咲かせないと」
「……お母さんも友達と同じこと言うんだね」
どれだけ心配されているんだ、私は。
そしてどれだけ過保護なんだ、お母さんは。
お母さん、逆に悲しくなってきたよ、私。
確かに、周りにはちらほらカップルはできているけど。
「でも、今日は話したよ」
「へぇ、どんな子? 」
お母さんは買い物袋を漁りながらも、私の話に耳を傾ける。
二つの物事を同時進行でこなすということがどうも私は苦手。
絶対にどっちかが疎かになる。
どうして私はこうも不器用なんだ!
「ちょっとね、変わった人なんだ。同級生の私に敬語で話して、高校一年生って言ったらもうちょっとはしゃぐっていうか、騒ぐはずなのにすごく落ち着いてて」
「いい子みたいね」
もちろん結城くんに対して悪い感情はない。
むしろ好印象、といったところだろうか。
躓きそうになった、話したことのない私を助けてくれるくらい心優しい人。
「母さんさ、前、雪香に武道習わせたの後悔してる、って言ったじゃない? 」
「うん」
今は辞めてしまったけど、中学卒業まで武道|(主に柔道)を習っていた。
大会とまではいかなかったものの、柔道の授業においてはクラスメイトから尊敬の眼差しを受けていた。
そして、年に一度の武道大会の常連メンバーだった。
柔道を辞めたことを後悔なんてしていない。
むしろ清々しいくらい。
高校生になった私は、新しい自分。
それを心に刻むために辞めた。
「でもね、弱い立場の人、大切な人を守るためならいいと思う。あ、手加減はしてね? 」
「大切な、人? 」
その言葉に即座に返答ができない。
「大切な人」のその線引きはどこにあるのだろうか。
友達はもちろん大切だけど、お母さんが言っているのはそういうことではないと思う。
例えば、好きな人、とか。
「まだ高校一年生なんだから、先の話だよ」
「そんなこと言ってたらいつまで経っても前に進まないわよ? 少しくらい高校生らしいことしなさいよ」
「う……だってさぁ……」
口では反論してみるものの、実際お母さんの言う通りなわけで、いつまでも足踏みだけではいけない。
それは重々承知。
でも、昔を思い出すと、腰が引ける。
「寄り道して帰ってくるとかね。別に、連絡さえしてくれればちょっと帰るのが遅くなってもいいんだから」
「う、うん」
お母さんがそう考えているのは気がつかなかった。
晩御飯を作ってくれているわけだから、ちゃんと夕飯までには帰ってこなければいけないものだと考えていた。
世の中の高校生って違うのかな?
「花の高校生なんだから、もっと楽しみなさい」
「うん……そうだね」
確かに、せっかく環境が変わったのだから、それを活かさない手はない。
もっと多くの人と話しして、友達になって。
うん、彼氏は別にいてもいなくてもいいけど。
「さ、夕飯にしましょうか。今日は麻婆豆腐だからね」
「えっ、麻婆豆腐!やった!」
「あ、雪香、帰ってたんだ。おかえり」
「お兄ちゃん、今日はバイト休み? 」
「いや、昼間だけ行ってきた」
「お疲れ様」
「まぁ、お互いに、だな」
私が発した「麻婆豆腐!」の叫びを聞きつけたかのようなタイミングで二階から足取り軽くやってきたのはお兄ちゃんの中島翔太。
現在市内の美大に通っている。ちなみに二年生。
今は特に課題は出されていないようだけど、忙しくなるとバイトのシフトもキャンセルして部屋に篭りがちになる。
だから、こうやって話せる時に話しておかないと、兄妹の仲が決裂してしまう可能性があるのではないか、と私は思う。
ちなみに、お兄ちゃんの専攻はグラフィックデザインだけど、基本的に美術に関しては非常に優れた才能の持ち主で、どのジャンルも、技術は並の人より格段に上。
その中でたまたまお兄ちゃんのお気に召したのがグラフィックデザインというわけ。
お兄ちゃんが、高校を卒業する年に書いてくれた私の似顔絵|(だが肖像画クオリティである)は今でも部屋に飾ってある。
自分の顔を見るのは少々恥ずかしいけど、お兄ちゃんがせっかく美人に描いてくれた似顔絵なのだ。
しまいこんでしまうのも勿体無い。
「ねぇねぇ、今日、クラスの男子と話せたんだよ!褒めて褒めて!」
「雪香、進歩したね」
「お兄ちゃん、なでなでして!」
「えー」
私はいつも撫でて、とお願いすると、お兄ちゃんは若干渋る。
別に私のことが嫌いなのではなく、そろそろ兄離れして欲しいのだとか。
「兄離れしたほうがいいよ? 」
言葉にもされた。
やばいやばい、泣くのは流石にどうよ?
これでも結構ショックなのだ。
「しょぼーん」
「口で言うな。……まったく……」
口ではそう言いながらも、仕方ない、といった様子で頭を撫でてくれる。
その少しだけ荒っぽい手つきが私は好き。
「えへへ……」
「ほら、さっさと着替えてこい」
「うんっ」
超上機嫌で自室に行き、着替えながら、明日のことを考えていた。
ゆうちゃんでも誘ってどこかに行こうか。
この前のことがあってから、結城くんとは挨拶程度に言葉を交わすようになった。
あとは、「次の科目なんだったっけ? 」みたいな日常会話だったり。
それを見たであろう友達に私は冷やかされるのだけど。
挨拶だけだから普通のことだと思うのは私の見当違いなのか。
解せぬ。
「中島さん」
「え? 」
放課後、当番になっていた外の掃除をようやく終え、ルンルン気分で廊下を歩いていた時、急に結城くんの手が伸びてきて、そっと私の髪に触れた。
突然のことで思わず身を固くしてしまったが、その感覚も一瞬だった。
そして私の髪に触れていた結城くんの手には小さい緑色の何かが乗っている。
…………葉っぱ、だろうか。
虫とかじゃなくて本当に良かった。
「付いていましたよ」
「え、は、恥ずかしい……」
葉っぱつけてルンルン気分とか本当に恥ずかしい!
まるで幼稚園児|(※ここは幼稚園ではありません。高校です)。
「中庭の掃除だったんですね。お疲れ様です」
「う、うん」
「では、また明日」
そう言って結城くんは昇降口に向かって歩いて行った。
それを見送った後、恥ずかしさが込み上げてきて、顔が熱を帯びていくのが分かった。
この恥ずかしさは、髪に葉っぱを付けていた恥ずかしさか、それとも……。
私はそれを誤魔化すようにパタパタと廊下を走り、荷物を持って帰路に着いた。
先生に「廊下を走るな」と言われたけど、私はそれどころではなかった。
外に出ると、九月だというのに太陽の光がジリジリと肌を焼く。
今の私は、外の気温も相まって、溶けそうだった。
次の日、いつものように教室に入ると嬉しそうな友達が集まってきた。
何だか楽しそうな、幸せそうな顔をしている。
「な、何……? 」
「何、じゃない!結城のことに決まってるでしょ」
「なかなかいい感じっぽい? 」
「ひょっとしたらこのまま……」
「付き合っちゃうのかな!? 」
「本当に~? 」
「ちょ、ちょっと待った!」
周りから一気に捲し立てられて頭の中が混乱してきた。
思考を整理する。
確かに、結城くんとは話をするようになった。
でも、それはクラスメイトだからこその会話であって。
昨日も私の髪に付いた葉っぱを気にしてくれた。
それもクラスメイトのうちの一人だからであって。
だけど、友達が言っているのは恐らくそういうことではなくて。
もっとこう……何か行き過ぎているような。
「えっと……みんな、もしかして、私がその、結城くんのこと好き、っていう前提で話してない? 」
周りに聞こえないように声を潜めてそっと言った。
そう、静かな声で。
結城くんに聞こえたら大変なことになるかもしれない。
それなのに、友達はそんな私の心配をよそに話し始めた。
割と大声で。
私の配慮が水の泡。
「え、違うっぽい? 」
あーちゃん、その通りです。
「てっきり好きなんだと思ってたけど」
みーちゃんは不正解。
「むしろあれで好きじゃない、だったら笑うよ!? 」
絵美ちゃん、笑わないで、お願い。
「本当のところは~? 」
ゆうちゃん、暑い。
「分かんないよ」
「……自分のこと、だよ? 」
真希ちゃんの言う通りなんだけど、分からないものは分からない。
「好き、っていう気持ちが分かんない」
私のその発言に友達は黙ってしまった。
今まで、誰かを好きになったことなんてない。
だから、どういう気持ちを「好き」というのかも知らないまま今まで生きてきた。
教えてほしいとは思うけど、多分教えてもらったところで何にも意味はない。
自分で気づかないといけないものだと思う。
「あ~雪はそういう子だったね~」
「そうだよ……はぁ……」
設定を追加するようだけど、友達の中でゆうちゃんは小学校からずっと一緒。
いわゆる腐れ縁。
だから、私の小学時代も中学時代も知っている。
「じゃぁ、私が教える~」
「う、うん」
あまりゆうちゃんから恋愛の話を聞いたことはなかった。
だから、新鮮な気持ち。
でも、そんな自分が不甲斐ない。
そういうのはみんな自分で気づいていくのかな。
「好きっていうのは、ライクとラブがあってね~」
いや、ゆうちゃん、さすがにそれは私でも分かる…………とツッコミたいのは我慢して、次の言葉を待つ。
「ラブじゃないと彼氏としてはダメなわけよ~」
「その、ライクとラブはどう見極めるの? 」
「つまり、キスされてもいいかダメか~」
「へ? 」
「やっぱりそうよね」
みーちゃんも話に乗ってきた。
普通なら、誰でもそう思うのかな。
「あと、抱きしめられていいかダメか。これも大事!」
絵美ちゃんまでも話に参加してくる。
つまり、友達同士では普通しないことをしてもいいか、ダメか?
ということは、その人のことを大切に想うかどうか?
「それと、抱か……」
ちょっと待った。
話がぶっ飛びすぎ。
今日のあーちゃんはいつもの三割増で暴走気味。
あーちゃんの危険な発言をかき消すようにチャイムが鳴り、ホームルーム開始となった。
ようやく井戸端会議のような何かは終わり、私は短く息を吐いた。
隣の結城くんはよほど面白い本なのか、読書に熱中していら。
「キス……」
「中島さん、何か言いましたか? 」
「な……何でもないよ、うん」
読書に集中してたんじゃないの!?
何で口先しか動いてなかった私の言葉が聞き取れるの!?
結城くんは不思議そうな顔をしていたが、それも束の間、読書に戻っていた。
言えない。
結城くんのこと考えてたとか絶対言えない。
でも、どうして思考回路が最終的に結城くんに繋がるのだろう。
結城くんに抱きしめられる、キスをされる、抱か……はとりあえず置いといて。
よくよく考えれば断る理由がない。
いや、一つだけあると言えばある。
結城くんのことを全然知らないから、ということ。
裏を返せば、それだけ。
これってつまり、私は、結城くんのことが好き、ということ?
それとも、考えすぎ?
何だか頬が熱くなってきた。後で顔を洗いに行こう。
やって来た、待ちに待った昼休み。
というのも、午前中に体育があったためにエネルギーが足りない。
購買に走る生徒、机を合わせてランチボックスを広げる生徒、はたまた床で円を作る生徒。
いたっていつも通りの風景。
私たちを除いては。
「で、本当のところは好きなんでしょ? 」
「午前中だって、結城くんのことばっかり見てたっぽい 」
「これで好きじゃない、はありえないよね~」
こんな風に質問攻めだった。
私自身、そうなのかなぁ、くらいの意識だから、まだまだ確信には程遠い。
でも、周りがそう言うならそうなのかなぁ、と思う。
「好きなんでしょ? 」
「でしょでしょ!? 」
「どうなの~? 」
「う、うん……好き、なのかも」
「雪香ちゃん……かも、って……」
私の中では憶測でしかない。
みんなは「好き」という感情がどんなものなのかを知っている。
でも、私は?
朝に「好き」という感情がどういうものかを知ったばかり。
そんな意識で本当に好きだとか分かる?
答えは、ノー。
一人一人「好き」の基準は違うと思う。
でも、私にはその基準すら分からない。
「まだるっこしいよ、雪ちゃん!」
「はっきりしなさい」
「え? え? 」
「一緒にいたいのかいたくないのか、どっち~? 」
「ほら!どっち!? 」
誰と一緒に、を言わずに聞いてくれたゆうちゃんには感謝しなければいけない。
それで、一緒にいたいのかいたくないのか。
「それは……一緒にいたいよ。一緒にいたいに決まってる」
「なら、決定ね」
「おめでとう~」
「ま、まだ相思相愛と決まったわけじゃ……」
「ん~それは確かに分かんないっぽい 」
そう。
結城くんが私のことを好きだという確信はない。
おまけに根拠もない。
ただ、よく話す隣の席の人、という認識かもしれないわけで。
それはそれで私が悲しい。
「しかし、雪って案外惚れやすいのね」
「割とイチコロだったね!」
「え? そう……かな」
「雪香ちゃん、もしかして……無自覚? 」
真希ちゃんにまで言われてしまった。
解せぬ。
「でもほら、初恋、だよ? 」
「それもそうか!」
「私よりはマシっぽい? 」
私もそう思います。
激しく同意します。
あーちゃんほど色々な意味で経験値の多い女子はいないだろう。いるのであれば是非とも会ってみたいところ。
「じゃぁ、あとは実るだけだね~」
「ゆうちゃん、暑いって……あ、私の卵焼き取らないでよ……」
そう。
ゆうちゃんは頻繁に私のお弁当の中身を持っていく。卵焼き、タコさんウインナー、ミニハンバーグ……と。
「まぁまぁ、味玉あげるから許して~」
「……許す」
私はゆうちゃん家の味玉にめっぽう弱い。
これを差し出されたら、おかずを持って行かれたくらい許してしまう。
だって、美味しい。
美味しいのが悪い。
美味しいから仕方ない。
味が卵全体に染み渡っていて、でも塩辛いとかそういうこともない。
私も味玉は作れるけど、どうしてもここまでうまくいかない。
今度教えてもらおうかな。
中学生の時はよく料理を教わったり、夕飯をご馳走になったりしたものだ。
……………………。
「中学生、か」
「雪香ちゃん? 」
「中学生がどうかした!?」
「真希ちゃん、絵美ちゃん……」
「何なのよ」
心配そうな顔を向けてくる友人たち。
私は、大丈夫だから。
間違いに、気づいたから大丈夫。
「何でも、ないよ……」
「あーちゃん、気になるっぽい 」
気になる様子だったけど、私は無理やり笑って見せた。
「……」
ゆうちゃんだけは、静かに私を見ていた。
まるで私が考えていることが分かっているように、宥めてくれるような優しい顔をしていた。
やっと恋愛らしきことを主人公は知りましたね。
これからはどんどん話が進んでいく予定なので、乞うご期待(?)です。
ちなみに、この二人の話がひと段落したら、周りの人たちの恋愛模様を書いてきます。