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離れていても心は…  作者: オクノ フミ
1/3

1.デジャヴュの彼女

<主な登場人物>

・ベク 〜ボーイズグループ「MaHty」所属(年長組・リーダー) 歌手・作曲・編曲・プロデュース活動も行う

・ジャスミン 〜韓国出身のベクと同い年の世界的なモデル


<本編での会話に関するお約束>

 舞台が韓国ですが、本編での記述はもちろん日本語のみです。

 ただし、設定上は現地言語の韓国語で会話しているものとお考えください。

 メンバーのテオクが、どうやら本気で人を好きになったらしいと気づいた時は、本当に驚いた。本人があまり詳しく語らなかったけど、複雑な家庭環境で育ったせいで、恋愛に対して否定的なことしか言わなかったテオク。それが、こんな風に恋に悩む日が来るなんて…。そりゃ、10年以上も経てば、人も変わるよな、としみじみ思いながら、オレは自分の過去を思い返していた。オレ自身も恋に悩んだ数年前を…。




 その日もオレは、自宅で作業していた。昨日作ったトラックがやっぱり気に入らなくて。試しに違う曲を何曲かサンプリングして繋いでみるものの、これだ!と納得できるものができあがらない。


 「ふぅ…。」


 思わず大きなため息が漏れる。今日はもう止めだ。




 2年一緒に暮らしたジャスミンが出て行って半年になる。元の1人暮らしにもやっと慣れたところだ。彼女には、同じ業界のリョウっていう新しい彼ができたって、共通の友人から聞いた。「ベクも新しい恋しなさいよ。」ってハッパもかけられた。


 でもなぁ、まだそんな気になれないんだよなぁ…。



 ジャスミンは、同い年のモデルで、お互い下積みの頃に知り合った。最初は、まったく恋愛感情抜きの友達、いや、世界は違うけど、上を目指してがんばる言わば同士だった。オレ達のデビューが正式に決まり、都合でメンバーのみんなより一足先に寮を出て一人暮らしを始めた時も、他の仲間と一緒にお祝いしてくれるような、そんな程度の仲だった。


 それが、ある日、ライバルに仕事を寝取られてしょげ返るジャスミンが家に来て慰めている内に、なんとなくそういうことになって、そんな関係になったら、離れられなくなった。時間さえあれば毎日のようにジャスミンは家に来て、話し込んだり、抱き合ったり。いっそのこと一緒に住んだ方が楽だって言って、転がり込んできた。


 ところが、ちょうどその頃から、お互いに仕事がうまく回り出した。


 ジャスミンは、世界的なファッションブランドの国内広告モデルに抜擢され、雑誌やショーに引っ張りだこになった。そしてオレ達もセンセーショナルなデビューを飾って、毎日寝るヒマもない程だった。当然すれ違いの毎日が続き、久々の休みが合うことなんて、奇跡でしかなかった。


 ジャスミンは寂しかったんだと思う。さばけているように見えて、実はとても寂しがり屋で甘えん坊だから。出て行く前の半年で3回浮気して、とうとう4回目に出て行った。


 その時の怒った顔が忘れられない。


 「私より仕事を選んだこと、一生後悔しなさいよ。バカ!」


 もう少し自分に余裕があったら、あんな風に出て行かせずに済んだのか。今でもそんな風に考えてしまう。仕事がうまくいかないこんな夜には、いつもこうだ。どうしたってマイナス思考になる。オレが経験した唯一の本気の恋愛の失敗を未だに引きずってしまうんだ。


 「こんなんじゃ、新しい恋なんかできやしないさ。だって、オレはまだこんなに…。」


 そう口にしてしまって、また落ち込む。…と、玄関のドアがガチャガチャいって開き、誰かが入ってきた気配がした。




 いかにも頭にきている風でドカドカ部屋に入って来たのは、今思い出していたジャスミンその人だった。


 「ちょっと聞いてよ、ベク!私、またジュリにやられたの。秋冬のメイン広告、寝取られたんだから!ジュリもジュリだけど、スポンサーも何考えてるの?最高のクォリティを求めないで、どんな成果が出るっていうのよ?もう絶対あそこのブランドと仕事しないわ!」


 一体何が起こっているのか?と思った。さっきまでオレが思い返していたから、妄想が現実に見えているんだろうか?だとしたら、相当重症だ。病院に行くべき???


 「ちょっと!何ボケっとしてるのよ?アタシに対する慰めの言葉とかない訳?ホントにアンタって、気の利かない男よね。」

 「また、しゃべった…。オレ、ホントに病気だ…。」

 「は?何おかしなこと言ってるの?アンタのどこが病気よ?全然元気そうじゃない。」

 「うわっ?」



 バンっと肩を叩かれて、そこでようやく、オレを不思議そうに見るジャスミンがオレの妄想の産物ではなく、実物なんだとわかった。でも…。


 「なあ、ジャスミン。忘れてるかもしれないけど、おまえ、半年前にここ出て行ったよな?合い鍵、まだ持ってたの?」

 「あっ!」


 今度は、ジャスミンがバツの悪そうな顔をした。


 「ゴメン…。また、仕事を寝取られちゃったから頭に来ちゃって、ベクに言わなきゃ!ってそれしかなくて…。そうだよね。アタシこの家を出て行ったんだった。合い鍵も返さなきゃいけない物だよね。ゴメンナサイ…。」


 すっかりしょげ返ったジャスミン。捨てられた子犬、って言うにはゴージャス過ぎるけど、本当に凹んでいるのが、何だかかわいらしくて、オレはついつい微笑んでしまう。


 「あ、ヒドイ!アタシがこんなに凹んでるの見て笑う訳?」


 今度は、また勝手に怒り出した。…変わってないな。感情の波が激しくて、表情も豊かで、まっすぐな性格の実は優しい子。オレが大好きだった、いや今でも忘れられない大事な女。


 「ちょっと、ニコニコ笑ってないで、何か言いなさいよ!」

 「いや、変わってないなと思ってさ。そうやって、一人で怒ったり、泣いたり、笑ったり…。いつもそうだったからさ。」

 「ベク…。」


 彼女もきっと昔を思い出したんだろう。オレ達に静かな時間が訪れる。でも。


 「ジャスミン、オレはいいけど、きっとおまえの彼氏が知ったら哀しむと思うぜ。自分以外の男を頼って弱味を見せたらさ。こういう時は、彼氏を頼れよ。」

 「ムリ!そんなの絶対ムリ!リョウに弱味なんか見せられない。いつでも、彼の前では強くて明るいジャスミンでいなきゃ。」

 「それ、おかしいだろ?何でも分かち合えるのが、愛し合ってる証拠じゃないか。自分の弱いトコ見せられないなんて、おまえ彼氏のこと本気で信用してないのか?」

 「だって、まだ付き合い出したばかりで、どれだけ寄りかかっても平気なのかわからないんだもん。面倒な女だな、って思われたら、嫌われちゃうじゃない。」

 「だから、そんな信頼できるかどうかどうかわからない男と何で付き合ってるんだよ?」

 「…だって、優しいから。少なくともこれまでは、アタシが会いたい時には会ってくれたから。」

 「それって、おまえのために時間を割いてくれるぐらい、おまえを想ってくれてるってことだろ?だったら、きっと大丈夫だって。」


 すると、ジャスミンは、哀しそうに俯いてポツリと言ったんだ。


 「…だって、仕方ないじゃない。前と同じだ、って思ったら、ベクのことしか思い浮かばなかったんだから。足が勝手にこっちに向いちゃってたの。」


 その姿は、オレ達の最初、この前にもあった寝取られ騒動の時を思い起こさせた。オレは、自然にジャスミンを抱き寄せてた。モデルとしてがんばっているジャスミンは本当に華奢で、強く抱きしめると折れてしまうんじゃないか、といつもちょっぴり不安だったことまで思い出した。


 「ベクはいつもあったかいね。ホントにあったかくて…。」


 そのまま、ジャスミンはオレの腕の中で泣き続けた。本当に前と同じシチュエーションにクラクラとめまいがしそうだ。この後、ジャスミンが…。


 「ねえ、ベク。アタシを抱いて。今だけでいいから。絶対裏切らない人もいるって、それで安心させてよ。」


 デジャヴュだ…。本当にこれは現実か?やっぱり妄想じゃないのか?でも、妄想でも、現実でなくてもいい。オレは今確かにこの腕の中にいる女を抱きたいんだから。


 オレはそのまま彼女を抱き上げ、ベッドにそっと横たえた。オレを見上げるジャスミンの潤んだ瞳にも、泣いただけではない、ちゃんと別の色があったから、オレはそのままジャスミンを抱いた。心に溜まっていた愛の言葉を、何度も何度も囁きながら…。




 翌朝、目が覚めた瞬間、何の違和感もなくいられることが不思議でしょうがなかった。オレの腕の中で甘え切って眠る子猫のようなジャスミン。半年前に失ったはずの日常がそこにあって、それを当たり前に受け止められる自分の、ジャスミンへの想いの深さに今さら呆れた。


 でも、目が覚めたら、ジャスミンをまた送り出さなくてはいけない。今の彼・リョウの元へ。昨夜は弱り切っていたジャスミンが、ちょっとした気の迷いを起こしただけなのだから。そうわかっていても、この温もりを失うのが辛くて。オレは無理やり目を閉じて、さらなる眠りに落ちようとした。






 次話では、思わぬ再会そして同じ夜を過ごしてしまったことで、悩むベクが、あるキッカケで大きく動き出します。


 なお、このお話も3話完結予定です。

 よかったら、またお付き合いください。

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