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新 二話

 女子寮の一角、二人部屋の一室に、エンとリョウの姿があった。部屋は女性らしい淡い桜色のカーテンと、薄いブルーの涼やかなベッドカバーがかけられている。


「ねえ、リョウ。やっぱり殿下とザイランド様ってそういったご関係なのかしら?」


 全く同じ顔をしているはずだが、性格の違いからか二人が間違われることはまずない。趣味も当然のように違っていた。


「エン姉様。私はあなたと同じ趣味は持っていませんから、相談されても困ります」


 そっけない妹に唇を尖らせて、プイッと横を向いてしまうエン。


「姉様。子供みたいですよ?」


「いいの。まだ子供だもの」


「たしかにそうなんですけれどね」


 エンもリョウも、田舎の村人であった普通の獣人族の娘たちだ。


「私たちが特別だからこのアジサイ学園に招かれたって言ってるけれど、そんなことより自由な冒険者になりたかったわ」


「またそんな夢物語を」


 二人は特殊な能力を持っていた。その力を買われてたまたま地方を訪れていたこの学園の園長にスカウトされて、親の薦めで通うことになったのだ。


「夢でもいいじゃない。可能性だけならどんな人にも与えられているはずだわ」


「まあ、そうですね」


 学園での生活に不自由はないが、それでもときたま窮屈に感じることはリョウにもある。


「あ、そうだ、リョウ。ベラムスお姉さまからお茶会に誘われているのだけれど、あなたも誘ってきてほしいんですって」


 ベラムスはこの学園の理事の一人娘だ。断れば学園生活に支障が出るのは間違いない。


「わかりました。ベラムス様はマフィンがお好きでしたよね?」


「ええ。二人でつくって持っていきましょう」


「いえ、私が姉様のお稽古事の合間に作っておきますよ」


「本当?ありがとう」


「いえいえ」


 料理のセンスが飛び抜けている姉に作らせるのを回避させて、リョウは招待という名の呼び出しに向けて準備を進めた。









「でんか、でんか」


「なんだ?」


「呼んでみただけです」


「ぶっとばすぞ!」


 子供じみた真似をしてきた騎士に本気で怒りを露にしたリンフィスは、持っていたボウルを投げつけた。


「おっと。中身がこぼれたらもったいないですよ」


 器用にそれを受け止めたザイランドは、くるくるとそれを指の先で回して見せる。


「返せ」


「まあ、返すのはいいんですけど。なんだって臣下に降格されたとはいえ、お菓子作りなんぞやっておられるんです?」


 リンフィスは真っ白なエプロンをつけて、ボウルでメレンゲを泡立てていた。


「なんでって。エンがお菓子好きだってきいたから、つくってプレゼントしようと思ってな」


「手作りのお菓子を男からもらって女性が喜びますかねえ」


 ボウルを返し、冷蔵庫から作り置きされたゼリーを取り出して食べ始める。


「あ、それまだ仕上がってないぞ。ちょっと待て」


 リンフィスが生クリームの入った絞り袋をもってきて、ザイランドが食べているゼリーにのせる。


「…殿下。それでいいんですか?」


「なにがだ?」


 凝り性であるこの男は、自分が納得するものが出来上がるまで手を抜かない。最上級のものを食べてきたであろう自分の舌を満足させるものができるまで。


「いえ。パティシエになるのもいいかもしれませんね。将来を見据えて」


「何をいっているんだ。私は国のために尽くすつもりでいる。信頼のおける臣下は兄上にも必要なはずだしな」


 もっともらしいことを言ってはいるが、今の姿では説得力などなかった。


「ところで、何を作っていらっしゃるんです?」


 ボウルを顎で示して、次に食べられるだろう試作品の名前を聞いた。


「軽く食べられるものをと思ってな。メレンゲクッキーだ。単調な味だとつまらないから、あちこちから色々取り寄せてみたんだが…」


 嬉々として語り始めるリンフィスを前に、食べ終えてごちそうさまと言ったザイランドがいい放つ。


「あんた馬鹿だろ」


 手に持ったクリームをぶしゃっと潰して、つかみかかってくるリンフィス。


「貴様。馬鹿とはなんだ主君に向かって!」


「ちょっと、やめてくださいこのバカ力殿下。やめろって、うわっ」


 床の生クリームに足を滑らせ、ザイランドがひっくり返る。その上に服の一部が引っ掛かったメレンゲのはいったボウルが落ちてきた。


「ご無事ですか、殿下」


 騎士として殿下に怪我をさせる訳にもいかなかったので、衝撃が背中に来ていた。


「ああ、すまん」


「すごい音がしましたけど、何事ですか、って。申し訳ありませんでしたああっ!」


 様子をうかがいに来た兵士が慌てて逃げていく。その様子をみながら首をかしげるリンフィス。


「なんだ、あいつ」


「まあ、無理もないんじゃないですかね」


 自嘲ぎみに笑ったザイランドは客観的に見た場合の様子を把握した。


 床に倒れた自分に、メレンゲを上半身にかぶった殿下が腰の辺りにまたがっている。なにか特殊な性癖があると思われたに違いない。


「もうやだ」


 さめざめと泣き始める己の騎士に、殿下はザッハトルテを作ることを約束させられたのであった。






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