一話改
風花舞い散る幻想的な景色の中で、エンは歓声を上げながらその身体中で喜びをあらわにし、くるくると一緒に踊る姿はさながら雪の精のように清らかだ。
「エン、お前はどこにいても人一倍目立つな」
金に輝く長髪、見るものすべてを魅了する青い瞳を持った王子の中の王子、リンフィスがそんなエンにたいして眩しそうに目を細めながら話しかける。
「殿下、見ていらっしゃったんですか!は、恥ずかしい」
照れたようにチャームポイントである牙を隠してうつむくエンを見て、王子の隣に立つ大柄な人影が補足をいれた。
「エン、殿下は女性の恥ずかしい姿を見て興奮される趣味はないから安心していいよ」
「え?ああ、女性には興味がないって以前言っておられましたものね。それならばザイランド様の恥ずかしい姿を見て興奮されるのですか?」
ザイランドと呼ばれた騎士の正装をした男は重々しくうなずいて、
「そうです。殿下は夜な夜な私を練習相手にして興奮なさっておいでで…」
と言ったところで、リンフィスから容赦の無い一撃がザイランドへと繰り出される。
「適当なことをいうな!この馬鹿者!」
顔を王子らしからぬ状態にまで歪め、唾を飛ばして否定する王子。
「え?嘘なんですか?」
可愛らしくも首をこくりと傾げて見つめてくるエンに、ザイランドはにっこりと笑って告げる。
「いいえ、私はエン殿に嘘は何一つ申しておりませんよ」
断言したザイランドに、まあ、と頬を赤らめて手で押さえるエン。
「お前、この、アホ騎士がっ!」
リンフィスの手から素早く抜き放たれた剣がザイランドを襲う。
「おっと、殿下。白昼堂々ご乱心ですか?」
軽くかわしてみせたザイランドは、微笑みはそのままに自分の剣を抜く様子も見せない。
「うるさい!お前がすべての元凶だと今確信した!大人しく散れ!」
抜き身の剣をひょいひょいとかわして、ザイランドがするりとリンフィスの懐へと潜り込む。
「ぐはっ」
腹部に入れられたザイランドの一撃に、あっさりと意識を失うリンフィス。
「やれやれ、困った王子さまだ」
芝居がかったように首を振り、エンへとウィンクをしてリンフィスを肩に担ぎ寮へと戻っていくザイランド。
「お仕置きされちゃうのかしら?」
その様子を見送りながら一人妄想を始めるエンに、鈴の音のような声がかけられる。
「エン姉様。お稽古事の時間です。先生が呼んでらっしゃいましたよ?」
声をかけてきたのは双子の姉妹であるエンの片割れ、リョウだ。エンは今の光景を妹に語って聞かせながら、手を繋いで女子寮へと戻っていった。
その前夜、リンフィスは自らの簡素な部屋でとある練習をしていた。
「エン、お前は美しいな」
声に深みをもたせ、顔にはできる限り優しい微笑みを張り付けて、前に立つ友人に声をかけるリンフィス。
「嫌ですわ、殿下ったら。そのような言葉、他の女性にもかけておられるのでしょう?」
妙にしなやかな動きをしながらうつむき、恥じらってみせるザイランド。
「いや、お前だけだ」
真剣な顔をして近寄り、そっと手を取る。
「まあ、殿下」
その手をギリリと握り、嬉しそうに見下げるザイランド。
「エン」
二人は見つめあって、自然と惹かれるように近づいて、
「殿下、鼻毛が出ております」
「何っ?!」
鼻を押さえ慌てて鏡を取り出すリンフィス。出ていない。いつも通りの母譲りの柔和な顔立ちの男がこちらを見つめ返してくる。
「嘘です。相変わらずナルシストですね」
右のベッドに腰かけて、ふわあと欠伸をするザイランド。その目はすでに閉じかかっている。
「き、貴様!いい感じにいってたではないか!何故邪魔をする!」
リンフィスは鏡を自分のベッドに放り出し、ザイランドの服をつかんで怒鳴る。
「いや、だってあんたよりがたいのいい俺をエン殿に見立てて会話の練習って。あんた目え見えてます?それに女の子一人くらい自分で口説いて見せてくださいよ」
「できたらやっている!できないから貴様に頼んでいるのだろうが!」
「あーあー、そう興奮しないで。練習なら人形かなんかでいいじゃないですか。なんたって男二人で眠いの我慢してまでこんなアホらしいことしなきゃいかんのですか」
「アホだと!貴様今主君をアホと言ったのか!」
激昂したリンフィスが力を強めて服が破け、ボタンが弾け飛ぶ。
「殿下!何事ですか!」
叫び声を聞いて兵士が飛び込んでくる。
「え、あええと。お取り込み中失礼いたしました」
そそくさと逃げるように出ていく兵士。
「なんだったんだ?」
不思議な動きをしてみせた兵士に、怪訝な顔をする。
「よかったですね、殿下。誤解が深まりましたよ」
光の消えた目をして、ザイランドが儚げに笑う。
「誤解?なんのことだ」
「あれですよ、あなたがよりによって公爵家の夜会で宣言された、あれ」
はじめての夜会で緊張した彼は、恐ろしい一言を放った。
「『私は女性には興味がない!』でしたっけ」
「勝手に改変するな!…正確には『すりよってくる女性には興味が持てない』だ」
あのときの凍りついた夜会の様子は今でも夢に見る。それからぱったりと今まで自分の回りに貴族女性は近づかなくなった。むしろ遠巻きにされている。
心配した母は次々に女性をあてがってきたが、逆効果にしかならず、リンフィスはますます女性不信に陥った。のみならず、追い討ちをかけるかのように身体にも不具合が出て継承権は剥奪された。
「それで、誤解?」
「現状をよくご覧になってください」
ベッドに座るザイランドの服を引き裂いている自分。
「ああああああああ!」
リンフィスは後悔のにじむ悲鳴をあげた。
継承権が剥奪されて、騎士のザイランドと気楽な学園生活が始まったことには実は不満はない。だが、王族ではなくなった弊害がある。
女性貴族が寄ってこなくなったかわりに、男性貴族からの夜会への誘いは急増した。




