一話
春の麗らかな日差しの中で、黒髪黒目の少女、エンはその光を身体中に浴びて力一杯背伸びをした。
「エン、お前はどこにいても人一倍目立つな」
金に輝く長髪、見るものすべてを魅了する青い瞳を持った王子の中の王子、リンフィスが話しかけてくる。
「殿下、見ていらしたんですか!は、恥ずかしい」
顔を赤くしてうつむくエンを見て、王子のとなりに立つ人影が補足をいれた。
「エン、殿下は女性の恥ずかしい姿を見て興奮される趣味はないから安心していいよ」
「え?ああ、女性には興味がないって以前言っておられましたものね。それならばザイランド様の恥ずかしい姿を見て興奮されるのですか?」
ザイランドと呼ばれた男は重々しくうなずいて、
「そうです。殿下は夜な夜な私を練習相手にして興奮なさっておいでで…」
「適当なことをいうな!この馬鹿者!」
顔を王子らしからぬ状態にまで歪め、唾を飛ばして否定する王子。
「え?嘘なんですか?」
「いいえ、私はエン殿に嘘は何一つ申しておりませんよ」
にっこりと微笑むザイランドに、まあ、と頬を赤らめて手で押さえるエン。
「お前、この、アホ騎士がっ!」
リンフィスの手から素早く抜き放たれた剣がザイランドを襲う。
「おっと、殿下。ご乱心ですか?」
「うるさい!お前がすべての元凶だと今確信した!大人しく散れ!」
抜き身の剣をひょいひょいと軽くかわして、ザイランドがするりとリンフィスの懐へと潜り込む。
「ぐはっ」
「やれやれ、困った王子さまだ」
芝居がかったように首を振り、エンへとウィンクをしてリンフィスを肩に担いで寮へと戻っていくザイランド。
「お仕置きされちゃうのかしら?」
その様子を見送りながら一人妄想を始めるエン。
彼女は腐っていた。俗に言うフジョシデアル。
昨晩の一幕
「エン、お前は美しいな」
声に深みをもたせて前に立つ友人に声をかけるリンフィス。
「嫌ですわ、殿下ったら。そのような言葉、他の女性にもかけておられるのでしょう?」
妙にしなやかな動きをしながら恥じらってみせるザイランド。
「いや、お前だけだ」
真剣な顔をして近寄り、手を取るリンフィス。
「まあ、殿下」
嬉しそうに見下げるザイランド。
「エン」
二人は見つめあい、
「殿下、鼻毛が出ております」
「何っ?!」
慌てて鏡を取り出すリンフィス。出ていない。
「嘘です。相変わらずナルシストですね」
ベッドに腰かけてアクビをするザイランド。
「き、貴様!いい感じにいってたではないか!何故邪魔をする!」
ザイランドの服をつかんで怒鳴るリンフィス。
「いや、だってあんたよりがたいのいい俺をエン殿に見立てて会話の練習って。あんた目え見えてます?それに女の子一人くらい自分で口説いて見せてくださいよ」
「できたらやっている!できないから貴様に頼んでいるのだろうが!」
「あーあー、そう興奮しないで。練習なら人形かなんかでいいじゃないですか。なんたって男二人で眠いの我慢してまでこんなアホらしいことしなきゃいかんのですか」
「アホだと!貴様今主君をアホと言ったのか!」
激昂したリンフィスが力を強めて服が破け、ボタンが弾け飛ぶ。
「殿下!何事ですか!」
叫び声を聞いて兵士が飛び込んでくる。
「え、あええと。お取り込み中失礼いたしました」
そそくさと逃げるように出ていく兵士。
「なんだったんだ?」
「よかったですね、殿下。誤解が深まりましたよ」
「誤解?なんのことだ」
「あれですよ、あなたがよりによって公爵家の夜会で宣言された、あれ」
はじめての夜会で緊張した彼は、恐ろしい一言を放った。
「『私は女性には興味がない!』でしたっけ」
「勝手に改変するな!…正確には『すりよってくる女性には興味が持てない』だ」
あのときの凍りついた夜会の様子は今でも夢に見る。それからぱったりと今まで自分の回りに貴族女性は近づかなくなった。むしろ遠巻きにされている。継承権も剥奪された。
「それで、誤解?」
「現状をよくご覧になってください」
ベッドに座るザイランドの服を引き裂いている自分。
「ああああああああ!」
女性貴族が寄ってこなくなったかわりに、男性貴族からの夜会への誘いは急増した。